「もっと政治に怒れ」という圧、「革命モデル」について

心が苦しいのは社会のせいなのだから、心を癒してはいけない。原因である社会を変えなければいけない。 こんな言い方がある。例えば不眠症は、社会に原因があるかどうかわからない。「すべて社会のせいだ」というところに無理がある。それでもこの説は、一方ではかなり支持されている。 このようなある種の姿勢をよく見かけないだろうか?世の中に悪いことがあるなら、すべては社会制度や政治のせい。こういう方向に持っていく姿勢だ。「社会制度や政治のせい」は結局、「政府のせい」ということになるだろう。 そしてそれは「その問題の解決方法は、人々がワーッと怒りで立ち上がって悪い政府を倒すことだ」という見方とセットになっている。(選挙で倒すのもその一部である)。これは民衆の革命が、世界で割とよく起きていて、先進国でもそれが叫ばれていた時期(70年代まで?)に定着した考え方だろうから、「革命モデル」と呼んでおく。「問題はすべて政府のせいであり、解決はすべて政府を倒すこと」という姿勢と言えばいいか。(このネーミングは大雑把なものだけども)。 こうすることによって解決できる問題があるので、自分も随分こうした方向も提唱してきたし、実践もしてきた。けれども「これのみ」と考えすぎることの弊害も見てきた。 「道は革命モデルだけ」と考えてしまうと、問題の原因を政治・政府以外のところに置く人、そもそも関心を持たない人は邪魔になる。 政治について意見を言わない、と芸能人やミュージシャンが批判されているのをよく見る。よからぬこと言った…

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「レッテル貼り」を見逃さない

前回に続き、「大して悪くもない人を叩きたい時に使われる手口」シリーズの第2回。今回はレッテル貼りについて。 例えば90年代にはたくさんの人がこういう被害にあったが、いくつかの共通点をあげて、「誰々はオウムとまったく同じだ」とそこそこうまく言えば、いきなりその誰々さんは怪しい人、危ない人に思えててくる。宅間守、加藤智大、宮崎勤なんかの名前も、同じように使われるだろう。 「誰々は〇〇主義者(〇〇イスト)だ」などもよく使われるパターンだ。ここで言う「〇〇」はとてもイメージが悪いもので、その集団の「敵」であることもよくある。「ナチス」や「ネオリベ」なんかはよく使われる。ここで言うレッテル貼りとは、こうした悪者のレッテルを貼ることだ。日常的に、SNSなんかでもとてもよく見かける。 何かよからぬことをして話題になった人について、経歴や家庭環境など、いくつかの点をピックアップして、いい加減に「こういう人だ」とまとめてしまうことがよくある。レッテル貼りは、そのさらに手を抜いたやり方だと言っていい。 ただし、オウムみたいな人、ナチスみたいな人なんかめったにいるわけがない。それなのに、わりとあっさりと受け入れられてしまうのはなぜだろう?自分の考えはこうだ。人はいつでも、他の人物のことを(アーチストでも何でも)「簡単にわかりたい」と思っている。けれどもひとりの人には、いくつもの側面があって複雑で、そうそう簡単にはわからない。最後までわからないかもしれない。だからこそ、その人をあっさりとわかった気になれるもの…

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8月の居場所は「デスカフェ」をやってみた

不適応者の居場所8月は、死について語る集まり「デスカフェ」をオンラインでやった。参加者は12人。 はじめは、肉親など身近な人の死の話から。そしてだんだん死そのものをどう受け止めるか、怖いか、空しいか。そして自分が死にたい話など。 自分も頭のなかが忙しいので、メモが取りづらくて正確ではないのだが、大体以下のような意見が出た。(ニュアンスが違っていたら申し訳ない) ●父親が死んだ時は、ずっと嫌いだったのに美化をした。が、しばらくして元に戻った。●許せない人が死んでも、やはり許せない。●他人の死は、その人との関係の総まとめ。●子供のころから若いうちに死ぬと思っていたので、長く生きるとなった時に面倒に思った。●生きているのが好きなので、永遠に生きていたい。死にあらがっているのがいい。●子どもができたら、むしろ自分はもう死んでもいいという気になった。●ずっと死にたいと思っている。●死ぬことより生きることのほうが怖い。●仕事が大変すぎたが、視野が狭くなってやめられない状態になり、その時に死のうとした。 以下は完全に自分の感想。 今回は、話を聞いていて涙が出そうになるところもあった。死の話そのものも「とにかく生きることだよ!」みたいな熱血な空気のなかでは難しいのだが、特に「死にたい」と言い出すことは困難。否定されるのだから、それも当然だ。社会全体でも学校のような場所を筆頭に、そういう空気のなかにずっといたのだなと思う。どちらが健全なのか、わかったものではない。また、「生きるのは楽しい」という人でも…

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8月の居場所はZoomで「デスカフェ」やりませんか?

8月はまたしても、オンラインで居場所やりたいです。残念ながら。そして今月は、、、「デスカフェ」をやってみませんか? デス・カフェとは、「死」について気軽に語り合う場のこと。スイスから世界中に広まって、今話題になってます。これも今まで、「死」について考えるのを忌まわしいことのように、愚かにも避けてきた反動。我々がいつか必ず死ぬことについてでもいいし、死後どうなるのか、あるいは自殺についてでもいいし。もっと具体的に、自分が死ぬ時、死んだあと、お金もないし、あと取りもいないし、どうするの? 延命治療は受けるか受けないかなんて方向もあり得ます。 日時:8月29日(日)16時から2時間?やること:Zoomでデスカフェ(テーマについてゆるく討論)。              ZoomのURLは同じですが、やること:デスカフェ(死について気軽に話し合う)。 参加できる人:一度は居場所に参加したことのある方。まだURLを知らない場合は、Twitterなどで鶴見まで。その際には、いつごろ・どこでの居場所に参加したか、その時に自己紹介で使われた名前や話された内容、容姿など、確認できる情報を教えてください(憶えている範囲で可)。最近のZoomでは、参加時のパスワードなどの入力が必要になったので、それらを知らない方も、参加希望の場合はご連絡を(Twitterのメッセージのグループみたいなのに入っていただきます。何もしていないグループです。意図せず外れていた方は言ってください) 注意:参加者への攻撃やハラスメ…

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「この悪事が起きたのは○○のせいだ!」と人が叫ぶ時、よく見ておこう

ある悪い出来事Aが起きた時に、「なぜそれが起きたのだろう」と誰もが考える。Bのせいだ、いやCのせいだと。 悪いことをした人の「属性」にバッシングが向かうことが特に多い。心の病気だった、育ちが貧しかった・よかった、などの属性を持っていると、「✕✕病のせいだ!」などと、△△の専門家だったりすると「△△なんかダメだ!」と叫ばれたりする。 例えばオウム事件が起きた時も、ありとあらゆる原因が叫ばれて糾弾された。宗教、ヨガなんかも致命的な痛手を受けた。 けれども、それ、十分に検証されて言われているだろうか?「それあんまり関係なくない?」ということがあまりにも多くないか? AとBの関係は、結果と原因、つまり「因果関係」という。「Aが起きたのはBのせいだ」などと考えることを「推論」という。 自然科学ではこの推論の正確さが命なので、どこまでも厳密にやる。けれども、SNSで社会的なことを言うレベルなら、「Bのせいだー!」と誰かが大声を上げれば、あまりにもあっさりと受け入れられてしまう。(「印象に焼きつく」ような結びつけ方であることのほうが大事)。 まだ世の中は、この「因果関係の推論」の正しさには、それほど注目していないのだ。だからこそ、狙い目になってしまっている。 この因果関係の推論は、考える本人の期待に左右されやすいと言われている。人は「こうあってほしい」と思う方向で推論するということだ。その正しさを立証する材料を集める段階でも、期待に沿うように集めてしまう。沿わないものは切り捨てたり…

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7月のオンライン居場所の報告

7月の居場所は、オンラインでゆる哲学カフェをやった。参加者は11人。テーマは「いじめ」。メモを取っている心の余裕はなかったので、ちょっと違うところもあるかもしれないが、このような意見が出た。 ●他人に関心を持ちすぎると危ない。●自分がいじめられないために、いじめをすることもある。●人を嫌うのは止められないが、さらっと嫌うのが大事。●小さい子供にも0.5割くらいは加害を止められない子がいる。8割はやらない子。●いじめをされたことも、したこともある。●昔いじめ被害を受けて、誰も助けてくれなくて、人間はこんなものだと思った。●相手を尊重することが大事。●女子には友人関係を操作する(無視しようなど)いじめが多い。 大体このような感じで、ずっと話せたのはよかった(といち参加者として思った。あくまでもいち参加者として)。他人事でもきれいごとでもなく、自分事として話せたのもよかった。日頃いじめについてあんまり考えたことがなくて、この場のために上っ面だけ取り繕ったような内容でもなかったと思う。だから全然飽きなかった。 次回こそリアルでやりたいが、公園の規制がどうなるか、あまり楽観できない。このままズルズルと「まだまだ慎重を要する」とかなんとか言って、公園が酒禁止を定着させようとしないか、そこに注目しておく必要がある。本当は屋内でやりたいのに、今では公園でやらせろと言ってるとは、、、。

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7月「不適応者の居場所」はオンラインで

7月の不適応者の居場所は、久々にオンラインでゆる哲学カフェをやりたいと思います。コロナ対策でもあり、コロナ対策により公園でやるのが難しいという事情もあるので。さらには五輪期間中で、公園は無駄な警備がありそうなので。 ********************************** 日時:7月31日(土)16時~2時間?(発言が多ければ延長)やること:Zoomで「ゆる哲学カフェ」(という名のテーマつき駄弁り会)。 テーマ:「いじめ」はどうでしょう? 最近考えた人が多いと思うので。いい悪いはわかっているテーマですが、その語られ方、ハラスメントやネット中傷など、いじめと同様のものについてなど、いかようにでも広げていけると思います。もちろん体験を話すのもOKですが、体験を話さなくても当然OK(話さねばならない雰囲気ができてもよくない。ありがちだけど)。 参加:参加できるのは最低一度は「不適応者の居場所」に参加された方。まだURLを知らない場合は、Twitterなどで鶴見まで。その際には、いつごろ・どこでの居場所に参加したか、その時に自己紹介で使われた名前や話された内容、容姿など、確認できる情報を教えてください(憶えている範囲で可)。確認できたら、TwitterなどでURLをお知らせします(その際にTwitterのDMのグループ<日頃何のやりとりもしてない>)に入っていただきます)。途中から参加する、途中で退出するなどもOK。 注意:参加者への攻撃やハラスメントなどを抑えられない方の参加はでき…

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インスタグラムやってます

インスタグラムを始めた。名前は「wtsurumi」。 鶴見済(@wtsurumi) • Instagram写真と動画 写真をよく撮るようになったので、よく撮れたものの保管庫にしようと、去年の末くらいから始めた。今年の春に花の写真をよく撮ったので、一気に増えた。今後はどうなるかわからないが、引き続きよく撮れた写真をアップしたい。 それからもうひとつ。夜、就寝前にアップすることが多いのだが、いい写真を見ると気持ちがスッとして、眠りにつきやすくなる。写真が頭にあると、眠れない時に気分の悪いことを考えないで済む。気分の悪いことを考える時間を、いたずらに長くしない。このことは特に大事だと思っている。

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雨宮処凛さんの記事への疑問

雨宮処凛さんが、自分の以前の文章を引いてある記事を書いていたので、それについて少し言いたい。「普通の生活がしたい」という悲鳴。の巻(雨宮処凛) 引かれているのは、自分が『完全自殺マニュアル』の前書きに書いた、「学校や塾に通いながら、よりいい高校・大学に進学して、会社に入っていい地位について、勤め上げる」という人生はきつい、という部分だ。それが、「なんて贅沢なもの」「ほとんど貴族のよう」と書かれている。 雨宮さんの非正規雇用や貧困についての問題提起は素晴らしいので、これまで何度も対談をしてきた。けれども、こうした昭和期というか、正社員的な人生みたいなものについての評価については疑問がある。 マスコミ全般に言えることだが、昭和期の生き方や正社員的な生き方については、収入・金銭のことばかり取り上げられて、この上なく恵まれていたかのように言われる。そこでは、金銭面以外の働くきつさ、学校のきつさなどの「生きづらさ」への視点は、必ず抜け落ちてしまう。 自分のこの文章には、当時、言わなくても広く共有されていることだったので、わざわざ書いていない。けれども週休1日で長時間残業が当たり前の長時間労働、パワハラに満ちた職場、満員電車で毎日出社、転勤も含め一生を会社に捧げる人生など、「社畜」と呼ばれてしまうような人生がそこにあった。全体的に見れば、今よりも働く環境は劣悪だっただろう。もちろん、今の正社員だっていいとは言えない。電通に勤めていても自殺してしまう人もいる。 自分はいわゆる一流の大学を出て大手メー…

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6月の居場所は植物観察など

6月の不適応者の居場所は、また石神井公園での三宝寺池生物群観察+休憩だった。Twitterの石神井公園アカウントが宣伝していた、園内に咲いている「ボタンクサギ」を見に行ったりした。どこにあるかわからなかったのだが、行ってみたらいきなり見つかって、そのくらいのことでも結構感激したり。休憩しながら、不安障害や向精神薬の減薬の話もした。もちろんその手の話が中心の集まりではまったくないのだが、話そうと思えばそんな話も簡単にできるのは気が楽だ。自分としてはそういう環境は、この居場所を始めることで、20年ぶりくらいに戻ってきたものなのだが。 参加者は23人?だったかな。自分的にはそんなふうに穏やかと言えば穏やかな日だった。この植物で鬱蒼とした公園の影響を受けたかも。そんな一日もよかった。※いやでも、シューゲイザーとグランジの話ばっかりしてたタイムもあったか、例によって、、、 【見ごろの生き物】野鳥誘致林でボタンクサギが咲き始めました❣牡丹みたいな美しい花に、葉を触ると仲間のクサギと同じ臭いが発せられ、確かに『牡丹臭木』ですね花は甘い香りだそうですが、周囲に充満してしまった『クサギ臭』に打ち消されました😅先に花を嗅げば良かったです…#石神井公園 pic.twitter.com/YRXMyn1EfQ— 都立石神井公園 (@ParksSyakujii) June 15, 2021

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