2019年02月16日

「不適応者の居場所」2月の報告

20190215 (7).JPG2月の「不適応者の居場所」、寒いなかまた一杯の人に来てもらった。
名古屋でまさに不適応者のスペースを運営されている方、横浜の誰でも自由に使える家にかかわっている方など、またしても多彩な人たちに会えた。
Twitterに「中高生も来てほしい」と書いたら、それを見た女子高校生が来てくれたのもよかった。中高生が外の世界と交われないことは、彼らの世界を窮屈にゆがめているのであって、それが彼らを健全にするなんてことはない。
イギリスの0円生活者マーク・ボイルのこと、海外留学も実際には大変であること、アメリカン・ニューシネマの話、洋楽ロックの話など、色々できた。
久々に会話をしたという人もいて、やった甲斐を感じる。

20190215 (4)ぼかし.JPG来月は珍しく念願の土曜日が空いていたので、3月16日(土)を予約してしまった。時間は少し早めようと思うが、気になるのは現状ですでに一杯なので、それ以上になったらどうするかということだな。広い場所は相変わらず探しているが、見つからない。

それから、0円ショップに置いてあった「ご自由にお持ちください」の掲示用の紙それ自体は放出品ではなく、これからも使いますので、持って帰られた方は、鶴見に会う機会があれば戻してください。



posted by 鶴見済 at 17:59| Comment(0) | 不適応者の居場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月06日

「貧乏暮らし」ではなく「簡素な生」ーー『清貧の思想』から

51tcO0E2srL._SX332_BO1,204,203,200_.jpgミニマリスト、小屋暮らし、モバイルハウス(車上生活)、隠居、、、
これらは、お金や物にとらわれない新しい生き方として注目されがちだが、志向されているのは単に貧乏ではないだろうという話。
フリーランスやあまり働かない選択、「プア充」などについても言える広い傾向について。

『清貧の思想』という90年代のベストセラーを久々に読み返すと、そのあたりのことがはっきりしてくる。
この本には、松尾芭蕉、良寛、西行、鴨長明、吉田兼好(註1)といった、日本を代表する世捨て人たちの価値観を、「日本文化の精髄」として紹介している。
そこで強調されているのが、著者が「清貧」という言葉で言おうとしてるのは、単にお金や財産を持たないことではなく、「簡素な生」のことだということ。
(註1)彼らは低い身分ではなかったので、最低限のお金は持っていたと思われるが。良寛以外は。

その価値観においては、お金や財産はひとつの要素にすぎず、地位、人間関係、業績、他者評価、将来、過去など、自分の外にあるものすべてを、自分の幸福の根拠としないつまりは、「現在」と「自分」の充足を重視した。
そしてこうしたシンプルさを重んじる感覚は、決して彼らのような特別な立場の人間だけのものではなく、庶民にまで広く行きわたっていたそうだ。
(註2)もともと仏教とともに来た考え方だそうなので、大陸にも大きな流れとしてあったはずだ。

これは今の傾向にも言えることだ。日本にもアメリカにもこんな傾向があり、物にあふれた時代を経験したことや、リーマンショックのような経済破綻を目の当たりにしたことから来ているだろう。

こういう価値観が全然珍しいことではなく、古くからこの地の文化の重要な側面だった、というのがなかなか嬉しい。

これだけではまだうまく言い表せていないのだけれども、ブログで完全を目指してもしょうがない。軽く書くほうがいいと思っているところなので、このへんで。
posted by 鶴見済 at 12:32| Comment(0) | 生きづらさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

不適応者の居場所 2月もやります

毎月恒例のつながりをなくしがちな人が駄弁る会「不適応者の居場所」、2月もやります。
集まって、飲み食いしながら話すだけです。

日時:2月15日(金) 18:30〜4時間くらい?
場所:高円寺、素人の乱12号店
費用:カンパ制。会場代、食事(ビーガン料理のケータリング)代、酒とソフトドリンク代、2千500円〜3万円をカンパで賄っています。
対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、メンヘラなど様々な理由でつながりをなくしがちな人(厳密ではありません。会社勤めの人も可)。
注意:助け合いの会なので、各自が自分のメリットばかり考えていると成り立ちません。ハラスメントはなしで。
その他:0円ショップもやっています。全品無料。不要品の放出大歓迎(ただし残ったら持ち帰り)。

詳細はこちら。
前回の報告はこちら(写真あり)。


こういう集まりをやっている理由は、第一にはもちろん、自分も含め集まった人が楽になるから。けれども社会的な理由も大きく、日本の社会にはこういうものが足りなくて生きづらくなっているのだ、まさに今こういうものが必要だと考えているからでもあります。相当時間をかけて形を考えました。こういうものが、あちこちで開かれて、もっと広まってほしい。
あとは、集まりで話しましょう。
posted by 鶴見済 at 19:00| Comment(0) | 不適応者の居場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

「不適応者の居場所」1月の報告

20190111 (4).JPG1月の「不適応者の居場所」、またしても色々な年代の色々な世界の人と話すことができた。
不登校のこと、対人緊張のこと、仕事のこと、ライター稼業のこと、ミニマリズムのこと、などなど。
「生活保護って意外と取れるんだな」とか「大検って簡単だったのか」「障害年金は2級じゃないと難しいのか」などという感想の持てる集まりというのも味がある。そんな話ばかりではないけれども。
今回は編集者をやっている人も多かった。

DSC_1165.JPG毎回ちょうどギリギリ一杯くらいの30人ちょっとになるというのは、なかなか不思議だ(今回女性は8人くらい)。
狭くなってしまって申し訳ないのだが、こういういい条件のスペースはなかなか見つからない。
格安(5〜6千円くらい?)で7時間くらい使えて、花見のようにフラットに使える、20u・10畳以上(?)、アルコール含め飲食可、そして中央線新宿〜吉祥寺かその近辺、できれば土日に取れる、などという厳しい条件で探しているのでなかなか。

ありがとうございました。来月もまたやります。


posted by 鶴見済 at 13:02| Comment(0) | 不適応者の居場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月07日

世間に背を向ける者はいつの時代にもいる

1104776.jpg正月にはいつも、世間に背を向けたはぐれ者が放浪の旅をする映画を観る。アメリカン・ニューシネマというジャンルにこの手の映画が多く、『イージー・ライダー』はその代表だ(註1)。
「自分の人生なんだ。好きなように生きていいんだ」というスカッとした気分になれる。

(註1)他に『バニシング・ポイント』『明日に向かって撃て』『俺たちに明日はない』『さらば冬のかもめ』『スケアクロウ』など。『テルマ・アンド・ルイーズ』『モーターサイクル・ダイアリー』なども。

今年観たのは、『イントゥ・ザ・ワイルド』だった。ネタバレになるので多くは書かないが、大学を卒業した実在アメリカ青年が「この人生」「この生活」に疑問を持ち、本当の生き方を求めて放浪と荒野の一人暮らしをする映画だ。まあ面白かった。
自分はこういうタイプの人や映画に強く惹かれる。

世間やこの人生・この生活に嫌気がさして放浪や自然内独居に向かった例は枚挙にいとまがない。ソロー、ランボー、ケルアック、鴨長明、松尾芭蕉、、、など時代や地域を問わず無数にいる。今の小屋暮らしやモバイルハウスも、その系譜に入るだろう(註2)。
(註2)ただ、ソロー、ケルアックの作品については、そんなに面白いと思っていない。

実は、今のひきこもりの人たちも、ある意味、こうしたものの一形態ではないかと考えている。放浪も自然暮らしもできないなら、部屋に閉じこもるのが「脱世間」のやり方だからだ。メンタリティーは共通している。
江戸時代以前の出家する僧侶や、現代のミニマリストにも、共通するものを感じる。

日頃あれこれと各方面のことを気にして、心配事で頭がいっぱいになって、気が重くなっていることすら当たり前になり、自覚できなくなっている。大体このようなものが、大方の人の「この人生」「この生活」になっていると言えるだろう。
いつの時代でも、どんな地域でも、ある程度そうかもしれない。
そんな時は、「自分の人生、好きなように生きていい」「思い切って道を踏み外していい、そうしないとわからない」「真面目ないい子ちゃんじゃなくていい」などなどを思い出すだけで、気が軽くなる。
posted by 鶴見済 at 23:54| Comment(0) | 生きづらさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

新年1月の「不適応者の居場所」

つながりをなくしがちな人が駄弁る会「不適応者の居場所」、新年1月は11日(金)にやることにしました。
詳細はこれまでと同じなので、こちらを参照してください。
ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、メンヘラ等々、様々な理由でつながりをなくしがちで、かつ、それもあまり面白くない人が、時々飲み食いしながら話して、「みんなと同じ」でない人生を堂々と生きていこうという趣旨です(もちろん一般的なライフコースを歩んでいる人も参加可)。

新年会だと思って、お一人でもぶらっと来てください。

ちなみに、会場が人数のわりに狭めなのですが、他に適した場所が簡単には見つからないため、場所を譲り合って利用してください。
また本当は土日にやりたいのですが、これまた会場の都合で、金曜になっています。会場は探しています。
人付き合いが苦手な人が多いので、そこのところは色々気をつけてください〜。


日時:1月11日(金)18時30分〜4時間くらい(?)
場所:高円寺・素人の乱12号店
費用:カンパ制。場所代、食事(ビーガン)代、酒とソフトドリンク代、2千500円〜3万円をカンパで賄いたいです。
※会場には0円ショップ(不要品放出コーナーを作ります。使わなくなった物がある人は、放出歓迎(ただし残ったら持ち帰り)。
posted by 鶴見済 at 23:48| Comment(0) | 不適応者の居場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

「集まりたい」という人間の巨大な欲求

「本当のところを言う」のが10代のころから、大事なことだと思っていた。弱い面、うまくいっていない面があれば、そう言う。誰もがそうしていれば、無駄な憧れ、嫉妬、劣等感、やっかみ、反感なんかも相当減るだろうと思う。

先日、無料放出アクションの0円ショップで、通りかかった男性がこう聞いてきた。

「いや、なんで、なんでね、こんな寒い中で、こういうことやってるんですか?」

その質問には、挨拶ではない真剣味が感じられたので、こう答えておいた。

「こうやって集まったり人と会ったりしてるのが楽しいんですよ」

これはあくまでも数人のメンバーのなかの自分の意見にすぎないし、他にも答えようはいくつかある。捨てるしかないと思っていた物を、他の人が喜んで貰っていくのは、本当にスカッとする。おすそわけ経済の推進のためでもある。けれどもそれは、「本当のところ」2番目以下だ。
もしこの時に、「地球環境のため」等の高邁な理念を言ってしまったら(もちろんそれもあるが)、あの人はどう思っただろう。

「宗教みたい」

こう思うのではないか。これはまったく謎の感覚で人が動いている時に浮かぶ、代表的な考えだ。自分たちの0円ショップが、そう思われていた面もあるとも聞いた。

世の中には無数の、高邁な理念を持つ無償の活動がある。支援のボランティア活動とか。それらも「集まるのが楽しい」、そして「何かやりたい」「何もせずにいるのもつまらない」、さらに「どうせやるならいいことをやりたい」といった動機から行われている側面が大きいと自分は見る。そういう世界に接してきて、そう思うにいたった(それ以前には、自分にも「宗教みたい」と見えていた)。

宗教団体の活動でさえ、「集まるのが楽しい」から来ているのではないかと今では思う。高邁な理念に比べて、こうした動機が何割何割になるかはその人次第と言えるし、活動の種類や緊急性によっても違うだろう。けれども、少なくともそんなに小さくはないと思うし、半分以上である場合が多いのではないか。こういう本音はアンケートを取っても出るとは限らないので、勝手な推測だが。

主義主張が違うあれやこれやの無償の活動も、表看板ではなく、こうした本音の部分から見てみるとどうだろう。もしもその動機の大きな部分が同じ「集まりたい」から来ているのなら、この人間の「集まりたい」という欲求の巨大さに圧倒される思いだ。
社会的な活動でなくても、ママ友のランチでも、高齢者の趣味サークルでも、チームでやるスポーツのグループでもいい。それらを「集まりたい」の視点で見渡すと、人間はどれだけそこにエネルギーを注いでいることか。
こっちのほうを真剣に考えてみてもいい。

※「集まること」だって、楽しいばかりじゃないという「本当のところ」も書き添えておく。話が複雑になるけれども、誤解のないように。「集まって楽しー」的な情報が溢れすぎていることも問題なので。

posted by 鶴見済 at 11:19| Comment(0) | 生きづらさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

「不適応者の居場所」12月の報告

20181214 (1).JPG12月の「不適応者の居場所」、また会場いっぱいの方々に集まっていただいた。
前回来ていただいた方もかなりいたのに、皆さん大体初対面という雰囲気は変わらず、そこがいい。
ひきこもりの会、無職の人の会、DV被害者の会、お金のない人の合コン、趣味の音楽の会、もくもく会など、様々な集まりを開かれている方々から話を聞くことができて、なんだか元気が出る。
家を持たずに世界中で仕事をしている方の話もためになった。

0円ショップ(写真)でもわりと交換が盛んで、自分もマンガ、だしの素、箸などをもらってしまった。

それから、相当酔って、相手に暴言にも近い滅茶苦茶なことを言いまくってるような人には、次回からはもっときちんと対応したい。人づきあいが苦手な人の多い会で、それはやめてほしい。これは支援活動でも飲み屋でもなく、最もシンプルな助け合いの場なので(『0円で生きる』参照。単に会うだけでギブ・アンド・テイクが成立するということ)。

また個人的課題としては、今後はもっと移動して、色々な会話の輪に加わっていこうかなと。

次回は1月の半ばにやりたい。
まったく同じような、もう少し広い、そして土日にもできるスペースが見つかればいいのだが、なかなか難しい。
posted by 鶴見済 at 12:56| Comment(0) | 不適応者の居場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月12日

人生は「偶然」で決まっている

201812 佐渡の土産.JPG大阪から新潟の佐渡島の田舎に移住した友人家族が遊びに来てくれて、佐渡暮らしの話を聞かせてくれた。近隣の農家の作業をローテーションで手伝いながら収入を得ている話など、どれもとてもためになる
特にはっとしたのは、次の話だ。

彼の地では仕事も暮らしも、自然環境に大きく左右されるので、住んでいる人はあきらめがいいそうだ。台風で果樹の実がみんな落ちてしまって致命的な大損害のはずなのに、「まあしょうがねえか」とあきらめが早い。
自分にはどうしようもない力のせいなのだから、それも当然だ。そんな空気が、もともと心を病んで移住を決意した友人の精神面にもいい影響を与えているという。
それを聞いて思い出した。

よくない結果が起きた時、我々はその原因を、自分か他の誰かかの二択で考える。「あの時ああしていれば」と際限なく後悔し、「あいつのせいで」と他人を恨み、過去にとらわれる。そして、もっと慎重に先々の計画を詰める。

けれども、自然に包まれた暮らしでなくても、我々の人生は、どうにもならない「偶然」や「運」の力に左右されていたんじゃなかったか。
そもそも、生まれる土地や家族が選べない。そして、たまたま同じクラスになった友人、偶然知り合ったパートナー、たまたま採用された会社、偶然見つけた住まい、などの影響力がどれほど大きいことか。病気になって死ぬのも偶然の要素が大きい。こうした大きな偶然の力に比べれば、自分が決められる部分などごく一部とさえ思える。

あの人の人生も、この人の人生も、たまたまそうなっているだけだ。現代人はものごとの原因と結果をコントロールできているような顔をしているが、実際は昔の人と同じように運に翻弄されている。自分の力でできることなど、高が知れている。過去を悔やむのは、必要な分だけで十分だ。

「偶然」や「運」というものの大きな力。「まあしょうがねえか」という感覚。心の健康のために、これは忘れないでおきたい。

※写真はもらった佐渡のお土産の一部。ただで人を泊めたら損だ、なんてことはない。
※また佐渡では民泊をやっていたうちが何軒かあったが、民泊新法ができて条件が厳しくなったので、彼らが知っていることろは皆やめてしまったという話も書き添えておこう。全国的にも民泊利用者はむしろ減ったようで、まったく空しい。
posted by 鶴見済 at 12:33| Comment(0) | 生きづらさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

「不適応者の居場所」12月もやります

11月に1回目をやった、つながりをなくしがちな人の会「不適応者の居場所」の第2回をやります。

この集まりは、ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、メンヘラ等々、様々な理由で日頃から人とのつながりをなくしがちで、その状態もあまり心地よくないと思っている人が、単に駄弁るという会合です。


その他の詳細は1回目と同じなので、ここを参照。

そして1回目の報告はこちら



12月14日(金) 18:30〜 4時間くらい?

場所:高円寺 素人の乱12号店

費用: 会場代、食べ物(ビーガン)・飲み物代を合わせて25000円くらいなので、それをカンパで賄いたいです。酒も十分飲めるので、カンパよろしく。


さらに付け加えることと言えば、まず、イベントは途中で帰るのもOK。こういう集まりでは、きつくなったと思っても、帰り際に挨拶をしなければと思っているとタイミングがつかめず、ずるずると居続けてしまいがちですが、もちろん黙って帰ってもかまいません。念のため。


また、会場の床にはマットとその上に布が敷いてありますが、座布団などはなし。クッションなどを持って来られれば、長時間床に座った状態でも居心地が悪くならないかも。自分は特に問題ありませんでしたが、正座されている場合などは。

そして前回も書きましたが、これは支援活動ではなく、会って話すだけでギブ・アンド・テイクが成立する、最もシンプルな相互扶助、贈与経済だと思ってます。

自分の側にだけメリットがあるような行為、相手を攻撃したり、勧誘したり等々をするのはやめてください。


<追記>

ちなみに1回目の前回は、「ほとんどの人にとってほとんどの人が初対面」という状態だったと思います。もちろん自分も初対面の人だらけ。ぶらっと来てください。
・この会は、Twitterとこのブログ以外では告知していません。
・0円ショップも作ります。いらなくなった本、CDなど、なんでもいいので放出できます。ただし残った物は持ち帰りで。なんか書体が変わっちゃって、だめだなこのブログは。

posted by 鶴見済 at 23:19| Comment(2) | 不適応者の居場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする