なんかムカつく相手を攻撃するために、後から正義や理屈をくっつける行為

「なんかムカつくから攻撃したい」、だから攻撃する。いじめはこういうものでもあり、これがだめなことは明らかだ。そして「なんかムカつく」はいじめの原動力であるというのは、専門家の意見だ。 それでは、まず「なんかムカつく」相手がいて、攻撃するために、あとから理屈や正義をくっつけるケースはどうか。よくあると思うが、それも同じくだめなはずである。けれどもそっちは、見過ごされているのではないか。 子供のいじめでも、正義を口実にして行われている場合が多いというのも、専門家の意見だ。確かに「〇〇君は悪いことをした」といった理由でいじめが行われるケースは多いと感じる。人はまったく理由もない攻撃など、滅多にできないのかもしれない。自分の理不尽な攻撃を正当化するためにも、自分のなかでも後づけの理屈・正義が必要なのだろう。 正しさの立場から何か悪いものを攻撃するのは、本来悪いことではない。こうした後づけの正義や理屈は、その形だけを悪用していることになる。 では、攻撃の理屈や正義が後づけである時の目印は何かあるだろうか?後づけだけあって、「よく考えてみればそれほど悪くない」というケースが多いのではないか。それに比べて、ムカつきはもともと大きいだけに、攻撃が不釣り合いに大きくなることも目印になるのではないか。 そして、悪のレッテル貼りが行われることも多いと思う。例えば「ヒトラー」といった悪者・敵のイメージに、攻撃したい相手を寄せていく。そうして、「攻撃している自分=正義、ムカつく相手=悪」の構図を捏造し…

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僕たちは壁のなかの一個のレンガだ

ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』というアルバムを先日の不適応者の居場所でいち推ししたのだが、言葉が足りなかったので、あらためてここに書いておきたくなった。自分の人生において、とてつもなく大きな作品だ。 このアルバムは79年に出た、ピンクフロイドの歴史のなかでは、現役時代の最後のほうの代表作になる。アルバムが2枚組なのに全米1位になったのはまあ驚いたが、シングルの『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール』も、全米1位を4週間も続ける大ヒットになった。この曲は日本のラジオでもよくかかっており、ラジオ中毒だった10代の自分の耳にも入ってきた。「結局僕たちは、壁のなかの一個のレンガじゃないか!」と歌っているのだ。しかも子供に合唱させている。この言葉は『完全自殺マニュアル』の前書きのなかにも書いた。そこの見出しには、この曲のタイトルをわざわざ載せた。当時、こんな歌詞の曲が全米1位になるなんてありえなかった。ヒット曲はもとより、ロックの歌詞もまずは恋愛。あの娘がかわいい、ふられた、そんなくだらないものばかりだった。恋愛以外の悩みを歌っているだけでも価値があったが、この曲やアルバムに込められた怒りの対象は、結局親でもなく、教師でもなかった(親や教師は出てくるのだが)。何かと言うと、「システム」だった。自分が欲しかったのは、そういうものだった。ロックの歌詞なんて、本当に共感できるものは少なかったのに、この曲には本当の自分の「悩み」と呼べるものが歌われていたのだ。こんなテーマを曲にして、しかも全米1位に送り込ん…

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「不適応者の居場所@ゆる読書会」の報告

つながりづくりのための「不適応者の居場所」、2月は「ゆる読書会」をやってみた。各自が推薦の本を紹介する方式で、それに映像作品や音楽もOKにして、ゆるくした。参加者は11人で、軽く自己紹介してから紹介を1巡させたところで、もう1時間15分経過。急いで2巡目をやったらもう時間だった。どんなものが挙がったか軽く紹介すると、 「The Wall」「無頭の鷹」「A(森達也)」「うさぎ!」「贅沢貧乏」「アリの巣の生きもの図鑑」「ブードゥーラウンジ」「今を生きるしあわせ」「老子」「他人の足」「マッドマックス 怒りのデスロード」、遠藤周作の本、華倫変の漫画、ダニー・ハサウェイのライヴ、ロリー・ギャラガー、「ぐるりのこと」「鬼滅の刃」、、、、 ただでさえバラエティに富んでいるのに、それに加えて各々の思いの入った解説が次々と出てくるのは、まったく飽きず、贅沢だなと思ったりした。興味ある方は作者などチェックしてみてほしい。半端なものは挙がってないはずだ。話を聞いていると、少なくともいくつかはチェックしたくなる。 けれども人数の多い紹介型の読書会では普通そうだが、ひとつひとつについてじっくり話している時間はない。となると、コメントはなしで次々と回すしかなくなるが、それだと交流した感じは薄らいでしまう。そこが難しいところだ。 ※今回の図版には、自分が挙げたピンク・フロイド『The Wall』のジャケットを使わせてもらった。自分ばかり申し訳ない。本来は字がなく、雑誌などにジャケ写を載せると真っ白になってしまう、過激な…

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「『死にたい』は『生きたい』だ」という間違い

先日あるテレビ番組でも耳にしたのだが、「『死にたい』は『生きたい』だ」という言葉がよく使われる。「死にたいと言う人は、同時に生きたいと思っている」という意味だ。これは「『嫌い』は『好き』だ」と同じで、意味をなさない文だ。なぜそんなものが通ってしまうのか。これについては一度言っておこうと思っていた。 自分はこう考えている。「死にたい」と言う人は大きな苦痛に直面している。苦痛から逃れるにはまず、①生きて苦痛を克服する方向がある。 そして苦痛が大きすぎると、②死んで苦痛から逃れる方向も頭に浮かんでしまう。 つまり「苦痛から逃れたい」は、同時にこの二つの方向を持っている。そこから、「死にたい」と「生きたい」は同じだ、などと勘違いするのだろう。「死にたい」「生きたい」なんてこと以前に「苦痛から逃れたい」がある。これこそどんな人間でも日々、心の底から願っていることなのだ。「死にたい」はその一形態なのだ。何かとんでもなく特殊なものと考えるべきではない。 「生きたい」っていうのも、実はよくわからない。「病気で死んでしまう運命」といった状況でもないなら、わざわざ大変な気合を入れて自殺でもしなければ生きてしまうというのに、「生きたい」なんて強く思うだろうか? 自分は「生きたい」とは思ったことがないのではないか。強く思っているのは、あくまでも「苦痛から逃れたい」であって。 「死にたい」周辺には、そこらへんの気持ちがよくわかっていない人が作った言説というものが結構流通していて、それが惰性で使われていたりするので…

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2月の「不適応者の居場所」はゆる読書会でどうか?

2月の「不適応者の居場所」はオンラインで、ゆるく読書会をしてみるのはどうでしょう?読書会と言っても、課題図書を出す形式は参加者が絞られてしまうので、各々がお薦めの本を紹介していくスタイルで。しかも、お薦めは映画・アニメ(映像作品)やCD(音楽作品)もありというのはどうでしょう?元々本好きが集まっている会ではないので、できる限りゆるく参加しやすくしたい。 日時:2月21日(日)16時~ 2時間 ツール:Zoom やること:ゆる読書会。自己紹介後、一人一冊、あるいは一枚ずつ、いくつでもお薦めの本や映画、CDを紹介してください。時間がくるまでそれを回していきましょう。一回数分くらい?で、その作品がどんなにいいか、うんちく、まつわる思い出など、何でも聞かせていただければ(ネタバレ禁止!)。聞くだけ、1作品だけなど、参加形態は自由で。また、メイン会場が苦手な人にはブレイクアウトルームを、今回こそちゃんと準備します。チャットもOK。 参加資格:これまでに居場所に参加していただいた方。オンライン初めての方は、Twitterで鶴見まで参加された時期やその時の名前や特徴を教えていただければ、URLをお知らせします。本当はどんどん新しい人に来てほしいのに残念です。 ここで仕入れたお薦め情報で、コロナ籠り期間を充実させましょう。

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『月刊むすび』の連載は続く

マクロビオティックの雑誌『月刊むすび』でのつながり作りの連載は、さらに予定を延長してまだ続きます。マクロビに限らず、食文化全般、さらには身体についての文化全般に関する雑誌で、そのなかでつながりについて担当している感じ。 唐突だけど、それにしても、何かひとつ新しい世界を作るなら、「やさしい世界」を作らないと意味がない。そうではない世界にはもう懲りたのだから。そんなの気持ち悪いと言う人は、やさしくない世界に行けばいいだけのこと。この年になるまでに、一人の人間にしては珍しいほど上(?)のほうから下(?)のほうまで色々な世界を巡ったが、やさしい世界は特になかったな。そういうことを表向きには言っている世界であっても。そういうものを切望しているわけではないのだろう。自分が切望しているのはそれだが。

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悪いことに意識を集中するのをやめる

「嫌な気分になりたくない」。これは誰でも思うことだが、その割にはその思いは実行されていないのではないか。 ある人が朝から晩まで、嫌な気分に取りつかれていることはよくある。もちろん、そうならざるを得ないほどひどい状況にいるならしかたがない。けれども、朝から晩まで嫌な思いをし続けねばならないほど悪い状況もそんなに多くない。 そんな時は、わざわざ悪いことに意識を集中してしまっているのではないか。いちいち言うまでもないほど、誰でもやってしまいがちなことだ。不安なことに朝から晩まで意識を集中すれば、朝から晩まで不安になる。イライラすることに集中すれば、朝から晩までイライラすることになる。当たり前だ。 下手をすると、それを何年も、もしかしたら何十年も続けてしまうかもしれない。 自分は中年になった頃に、このままだと、こんな嫌な気分のまま、もう一生行ってしまうなと思った。物心ついた頃から、ずっと不安やイライラに圧倒されている状態だったが、放っておけば「人生のメインの時期はすべてそれだったな」などと振り返ることになりそうだった。それを思った時には、さすがに底知れない恐怖を感じた。 25年くらい前に、取材も兼ねて催眠療法というのを受けることにした。その時に言われたのが、「『自分は嫌な気分になんかなりたくないんだ』という強い思いを大事にしよう」ということだった。それをいつも心に留めておこうと。それが嫌な気分から遠ざかる方法だと。 わざわざ悪いことに意識を集中する悪習は、自分でやっていることなので、どうし…

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「不適応者の居場所@ゆる哲学カフェ」の報告

新年初の不適応者の居場所は、オンラインで哲学カフェをやってみた。参加者は11人。「学校」というテーマにしてみたところ、連帯責任、いじめ、不良、部活、変化など、色々出た。結構面白い、うまくいくものだ、というだけでなく、日頃なかなか人と共有できないような不適応な感覚を共有できたのはよかった。 話し終わった後に間が空くことが結構あったのだけれども、それもゆるくてよかった。我々は日頃の会話でも「間が空いてはいけない」と焦って隙間を埋めていくので、前の話をゆっくり考えてから受け答えることや、話を切り出すのがサッと行かない人が話す機会をなくしてしまってるのかもなと思ったり(自分も他の哲学カフェではまったくサッと入れず、考えたことを言えないことの連続だった)。 「間」なんか空いたって全然いいんだな、という感覚は新鮮だった。

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新年の「不適応者の居場所」はゆる哲学カフェでどうか?

相変わらず感染者が減らず、しかも寒い。となるとまた、居場所もオンラインでやらざるを得ない。そこで今回は「哲学カフェ」(または哲学対話)をやってみてはどうか、と考えた。哲学カフェと言っても、別に難しいことをするわけではなく、あるひとつの一般的なテーマ(例えば「死」とか「学校は必要か?」など何でも)について議論をするというものだ。ただ通常の哲学カフェは、純粋な議論のみでちょっと硬いし、頭が忙しい。司会者が話をふったりはするものの、弁の立つ人が有利になるので、そんな人ばかりの集まりになりがちだ。なのでここでは「ゆる哲学カフェ」として、「いつもよりもちょっとテーマがある雑談」くらいにすればいいんじゃないかと考えた。 日時:1月24日(日)16時から2時間 参加:Zoomで。一度居場所に来られた方に限らせてもらいます。鶴見までTwitterなどでご連絡を。その時に、いつ参加したか、ご自身の名前や特徴などお伝えいただければ、URLをお知らせします。 やること:ゆる哲学カフェ(テーマに沿ったゆるい討論。まず自己紹介をしてもらって、その後そのテーマについての考えなど。話したい人が適当に話してもらって可。司会者も適当に交通整理をしながら振ったりします)。これまでのように単に雑談するだけではなく(自分はそれが理想だったので残念ですが)、ちょっと話しやすいようにテーマが決まってるだけ、くらいに思ってもらえれば。話を聞いているだけでもOK。 そして議論から離れたい人は、ブレイクアウトルームに行ってもらって…

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「気が弱い人」というまだ市民権を得られない人種

まだ市民権を得ていないマイノリティ、というか不当に低く見られている人種はたくさんいる。LGBTなんかは、最近ようやく市民権を得たマイノリティということになるだろう。 「気が弱い人」もそのひとつだ。慎重であることは、決して劣っているとは言えない(不安を感じやすいかどうかが、気の弱さと大きく関わっているだろう)。争いを好まないのは、むしろいいこととさえ言える。それなのに「気が弱い人」は「小心者」「臆病者」と見下さてきた。悪いことなど何もしていないのに。逆に「気が強い」っていうのはそんなに偉いのかというと、これも善し悪しなのだが、とにかく社会で幅を利かせることができるのは確かだ。「気が強い」「気が弱い」という切り口で世の中やTwitter界なんかを見ると、ものすごく興味深いのでぜひお薦めする。 人間の歴史は「気が強い人」の勝利の歴史だったはずだ。気の強さによって相手を威嚇したり圧倒したり、時には相手を殴り倒して従わせた者が上に立ってきた。今でもそうだ。特に学校のような一般社会に比べて野蛮さの残る場所では、まだ「オラ、やんのかよ」みたいな態度が大きな力を持てる。TwitterなどSNSのように個人が十分に守られておらず、むき出しで戦わねばならない新しい場所も同じだ。こういう気の強さ、「武士の魂」みたいなものにその一番純粋な形を見ることができるのではないか。すごく武士っぽいなと感じる。「度胸」なんて言葉が浮かんでくる。自分の子供の頃でも、気の強さが崇められるがゆえに、気の弱さは不当に蔑まれ、克服すべき気…

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