安倍首相夫人が元電通社員であることが、具体的にどれだけ大きいことなのか知らないが、少なくとも象徴的なことではある。ここ数年、国や政党と広告会社の関係が普通に報じられるようになっているところを見ると、両者の関係は深まってるらしい。
例えば「クールビズのキャンペーンで環境省が博報堂を使った」「小泉のタウンミーティングを電通社員が請け負った」「民主党にならって自民党も選挙でPR会社を使うようになった」なんていうことが、支払われた多額の広告費も含めて取りざたされたことは、90年代以前だったらなかったと思う。もう以前のようにコソコソやっているレベルじゃないんだろう。
“小泉以降”激しくなったと言うべきか。
「自民党をぶっ壊す」「郵政民営化、賛成か反対か」といったキャッチコピー的な台詞の繰り返しも、クールビズみたいなファッション性も、“X JAPAN”や“プレスリー”が好きだとか、誰が表敬訪問したなんていう有名人の使い方も、選挙のメディアイベント化も、いちいち広告代理店的な手法だった。
こういう方向を極めつくしたのは言うまでもなくナチス・ドイツだが、宣伝による大衆操作なんか、やろうと思えばあそこまでできてしまうわけで、それを使うかどうかは政治家自身の「分別」や「良心」の問題になってたはずなんだが。
──まあ、だから何なんだという気がしなくもないが、宣伝技術はある程度兵器みたいなもんで、しかもこっちを向いてる兵器なのだということは頭に入れておきたい。
2007年06月27日
政治が広告をしはじめた
2007年06月20日
選挙が民意を反映しないわけ
ここしばらく、自民党がやりまくってる国会での強行採決は、ひとえに2005年の総選挙で”圧勝”させてしまったツケと言える。しかしその“圧勝”ですら、当時の小泉自民党がそれほどの国民の支持を得た結果かというと、そうでもない。
小泉前首相は一昨年「突然の衆議院解散→超短期決戦」という、準備ができていない野党にはことさら都合が悪い状況で選挙を強行して、史上第2位の296議席を獲得した(民主党は113議席)。
それでも小選挙区での得票率は、自民党48%、民主党36%、比例代表区では、自民党38%、民主党31%で、過半数も票を取れていないうえ、2位の民主党との差もそんなには開いてなかった。特に東京では、得票率自民50%、民主36%だったのに、議席数は自民が23、民主はたったの1(菅直人だけ)だった。
1選挙区で1人しか当選者が出ない小選挙区制度では、2位以下の候補への票がすべて死票になる。得票率のほうがより民意に近いのに、それを議席数に反映させない、しかも大政党にばかり都合がいい制度をわざわざ採用してるのだ。
この時の“圧勝”もまた、ひとつには小選挙区制度のせいだったわけだ。
その小選挙区制度について参考になる記事を紹介しておく。
【小選挙区制改正問題】
小選挙区制改正問題の動きは、鳩山一郎内閣(1954〜56)のときに、再軍備をはかるための憲法改正の実現をめぐってもちあがったが、世論の反対とゲリマンダリング(特定の政党に有利になるような不自然な形で選挙区を定めること)になりやすいというので、実施されなかった。
ついで、1973年の田中角栄内閣のときに自民党の得票数が50%を割ったため、小選挙区制と比例代表制の併用案を採用する動きがあった。しかし、これも世論と野党の反対によってつぶされた。
いずれの場合も、小選挙区制の採用によって保守党に圧倒的に有利となり、400議席以上を獲得するであろうことが推定されたからである。
(学習参考書『新現代社会』 田中浩他著、数研出版より)
「400議席以上を獲得するであろうことが推定された」!
つまり、国民の支持の有無にかかわらず、選挙のやり方しだいで獲得議席数なんていくらでも増やせるということだ。
(ちなみに、中曽根元首相が86年に史上最高の300議席を獲得したのは、「突然の解散→衆参同日選挙」という、選挙資金に乏しい野党にとって極めて不利な選挙を強行した時だった。)
政治家というのは何よりも選挙の専門家であって、勝つためにはPR会社を使ったり、有名人を候補に立てたり、ありとあらゆる手を駆使してくる。選挙に「民意」を反映させて、まともな民主主義をやろうなんて、はなから思ってないのだ。
7月の参議院選挙でも、こっちをだますためにすでにどんな手を打ってきてるのか、よく見ていていたほうがいい。そういう手口を知るだけでも面白いし。
2007年06月15日
我々は体を洗いすぎている
肌の「かゆみ」は最近では、体を洗わないためではなく、むしろ体を洗いすぎるために起きると言われている。
皮膚の表面は、皮膚から出る脂(あぶら)と汗でカバーされているのが普通なのに、これらをあまりにも洗い落としすぎてしまうと、「バリア機能」がなくなって神経が過敏になってしまう。これが肌がかゆくなる一因なのだ(冬に風呂で全身を洗うのは、週に1〜2回程度にして、あとは汚れやすいところを洗っているだけでいいという専門家もいる)。
人々が体を洗いすぎると得をする人というのも滅多にいないが、少なくとも石鹸とかシャンプーといった洗剤、ローションだの乳液だののスキンケア商品を作っている資生堂とか花王といった会社は儲かるはずだ。
人はいつからこんなに体を洗うようになったのか知らないが、自分が子供の頃はまだ、一般家庭でも必ずしも毎日風呂に入るのが当たり前ではなかったと思う。それが80年代の後半になると、もう「朝シャン」がブームになっていた。1日に2回も体のどこかを洗うようになった、と。
「朝シャン」ブームは、もともと資生堂が「朝にシャンプーをしましょう」とキャンペーンを打ったために起きたもののようだが、今では頭皮や髪の洗いすぎもバリア機能が損なわれるのでよくない、と言われている。
わざわざ体に備わっているバリア機能を洗い落とさせて、人工的に作ったバリアを塗らせて、それを2日に1回から毎日、さらには1日2回もやる生活習慣を全員につけさせることができたら、商売的には見事ということになるんだろう。そのためには、不潔恐怖を広めることだってするだろう。
が、そんなキャンペーンに扇動されまくっていては、我々の体がかゆくなってしまうばかりだ(アトピー性皮膚炎の広まりとの関係だって気になる)。
何度も言うようだが、こんなことを続けていては、我々の体がもたないし、夥しい資源が無駄になっていく。
もっと企業は批判されなきゃいけないんだが、テレビや新聞の大広告主になっている資生堂や花王のような企業を批判することは、マス・メディアにはとても難しい、というかよほどの根拠がない限り、タブーに近いかもしれない。
2007年06月02日
食べものはどこから来るのか
自分が毎日食べているものは、どこで誰が作っていて、どうやって運ばれてくるのか? こういうことはあまり想像できなくさせられてるが、日本の食料自給率が40%と非常に低いのを見ると、60%は海外から来ていることになる。
例えば、バナナはフィリピンから、小麦やトウモロコシはアメリカから、キウイフルーツはニュージーランドから、といった具合に遠路はるばる運ばれてきている。コーヒー、大豆、砂糖といった日常的に口にする食品も、大きく輸入に頼っている。
一体誰がこういう途方もなく面倒なことをしているのかというと、ネスレを筆頭とするグローバル(多国籍)食品企業だ。そういう企業が世界各地の大農場から、地球上のいたるところに市場を見つけては大量に送り込み、大々的に儲けている。
特に「南」の国々には、広大な場所で特定の農産物ばかり作るように仕向けて、安く買い叩いて、世界的な格差を広げている。そういった地域の人は、自分が食べるものを自分で作らず、その農産物を売ったカネで買うようになる。こういう植民地時代のようなモノカルチャー経済をやっていると、作物の値段が大きく下がったりした時に、いきなり飢えてしまったりして非常にマズイ。
(日本も、車と家電のモノカルチャー経済にさせられてるのかもしれないが)。
そして自分だって、そんな輸入食品を食べたくて食べてるのか、あるいは食べさせられてるのかわかったもんじゃない。
戦後日本の学校給食が、なぜか米ではなくパンだったのは、アメリカの「小麦戦略」のせいだった。アメリカは当時余った小麦を売りさばく先を探していて、「子供の頃パン食に慣らせてしまえば、一生パンを食べ続けるに違いない」と踏んだのだ。そして案の定、日本人のパン食習慣は増え続け、今も日本はアメリカ小麦の最大級の輸出先になっている。
「フェア・トレード」なんてことが言われるのは、もともとトレードがフェアではないからだし、「地産地消」(地元で取れたものを食べる)なんていう動きも、こうした食べもののグローバリズムに反対して、国内の農業を守る意図で行われてるわけだ。
食べものは、本来自分で作ったり獲ったりするのがベストだが、それが無理なら、例えば近所の野菜の直売店で、形は悪いが大きくて安いものを買うなど、途中にあまり大きい組織が入らないルートで買うほうがベターであるわけだ(そのほうがビタミンCの含有量も多くて得するし)。
もちろん、地産地消どころか、『とんがりコーン』みたいなものまで食べてるくせに、自分は何を偉そうなこと言ってんだろうとも思う。それでも、例えばこうやってグチを言ったり、グローバル化政策を進めている政府に反対するくらいはやってもいいし、やったほうがいいと思う。