2014年04月07日

実は不正貿易批判の本『フェアトレードのおかしな真実』書評

1106322257.jpgあたかも環境にいいかのように装うこと、例えばほんの少しだけ環境にいいことをすることで、自社の環境破壊をごまかそうとすることを「グリーン・ウォッシュ」と呼ぶ。同様に、フェアトレードに配慮しているかのように装うことを「フェア・ウォッシュ」と呼んだりする。
この本を読むと、欧米ではそうしたグリーン・ウォッシュ、フェア・ウォッシュが溢れていて、そのせいでフェアトレードや倫理的ビジネスに文句を言いたくなるのだろうなと思わせる。頻繁に目にするフェアトレード認証ラベルの問題点も気になるところだろう。『コーヒー、カカオ、米、綿花、コショウの暗黒物語』もそんな批判を展開していた。
けれども、企業がフェア・ウォッシュすらしようとしない、認証ラベルですらめったにお目にかかれない日本で、その批判だけを輸入して声高に論じても意味がない。トレードそのものへの批判が広まって、「ウォッシュ」程度でもいいから企業が不正貿易を気にかけるようになるまでに持っていくことが当面の目標だ。
この本の原題は『Unfair Trade』であり、倫理的ビジネス批判も含んではいるものの、主要部分は不正貿易批判と言える。

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タイトルにあるようなフェアトレード批判だけの書ではない。英国のテレビキャスター、ジャーナリストである著者が、「北」の市場に食料や製品を供給する「南」の生産現場を訪ねた秀逸なルポルタージュだ。その現場から、貧困や環境破壊に配慮しているとされるフェアトレードなどの「倫理的」ビジネス全般の有効性を検証している。
 米国向けのロブスター漁が行われるニカラグア、電子機器の製造を支えるコンゴのスズ鉱山と中国の工場、麻薬の原料となるケシからサフランへと作物転換を試みるアフガニスタン。ラオスのゴム、タンザニアのコーヒー、コートジボワールの綿…。貧しい村々や紛争地に赴き、ブラックマーケットにも果敢に乗り込む取材力は見事だ。

ただしそこから著者が導くのは、グローバル資本主義が貧者を搾取している、という結論ではない。むしろ「資本主義は人々を貧困から救うもっとも有効な手段」と主張し、既存の承認に頼らずに独自の「倫理的」なビジネスを開拓する起業家たちに希望を見出す。
なぜならこれらの現場では、「倫理的」ビジネスが必ずしも貧者の役に立っているとは言えないからだ。危険に身をさらしても、武装集団の資金源になろうとも、より実入りのいい仕事を選ぶほかない人々がいる。こうした事実は「倫理的」ビジネスの支持者も真摯に受け止めねばならない。   
また「倫理的」という承認ラベルを利用した大企業のイメージ戦略や、それを取り扱うフェアトレード財団などへの批判も手厳しい。

ただこうした批判が、今の日本にそのまま適用できるかどうかは別の問題だ。フェアトレードも認証ラベルもそれほど普及していない日本では、まずは「非倫理的」ビジネスが「南」で行っている搾取の実態が知られるべきだろう。本書はそのためのテキストとしても絶好だ。われわれの社会は、まだその段階に止まっている。
(2013年10月共同通信配信)
posted by 鶴見済 at 12:30| 書評など | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

新しい形のつながり、共有、贈与『ニートの歩き方』書評

51SWyFzNj8L__SL500_AA300_.jpgキッパリとした「だるさの肯定」がいい。面倒臭いものは面倒臭いのだ。そして脱成長、つながり、贈与等々は、環境系の人たちの専売特許ではない。こうした方面からも働きたくないという脱成長、ネットを通した新しい「つながり」、新しい形の贈与や共有が追求され実践されている。自分好みの価値観と言える。

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日本人ほど頑張ることが好きな国民が他にいるだろうか? 日本が工業製品の輸出に特化できた理由は「勤勉な労働力が豊富にあったから」というのが定説であり、電車は日夜分刻みの比類のない正確さで運行している。「頑張ります」「頑張ってください」という言葉抜きには、日常会話さえ難しい。
けれども我々はいつまで頑張らなくてはいけないのか? 頑張って技術を進歩させ生産効率を上げたのに、働くのが楽にならないのはおかしいではないか。

ニートの生き方について書かれた本書は、この社会を支配する“努力教”に対して、「そんなに働かなくていい、もっといい加減でいい」と反旗を翻す。現在三三歳の著者は通学や通勤が苦手で、就職しても社内での仕事がほとんどなく、こんな人生は嫌だと三年ほどで退社。その後は住居など生活上のインフラを最少限にとどめ、共有や贈与や小さなコミュニティを大切にしながら暮らしている。生活の中心にあるのはインターネットで、必要なお金はネットでの広告収入などで賄っている。
こうした生き方を選んでいる人は、最早少数ではない。そして社会の表舞台にこそ登場しない彼らのなかでも著者が異彩を放つのは、ネガティブに見られがちな働かない生き方を肯定的に捉えかえし、その正しさを堂々と主張しているところだ。

さらに著者は、オープンソースのプログラムの方法論を取り入れて、独自のシェアハウスの運営の仕方をネット上に公開し、勝手に広めてくれる人を増やしている。こうして現実の社会を生きやすく改造(ハック)することが、著者なりの社会変革なのだ。
 高度成長期に全員に押しつけられた生き方が、今でも最善であるはずがない。むしろその頑張る空気こそが、この社会の生きづらさの原因なのではないか。著者に限らず、ますます多くの人がそう感じているはずだ。
(『東京新聞』2012年9月23日)
posted by 鶴見済 at 17:50| 書評など | 更新情報をチェックする

できることがあると教えてくれる本『コンバ』書評

51+Hiul7aFL__SL500_AA300_.jpgこれまでに書いた書評などのなかから、ここでも紹介しておくべきものはアップしていこうと思う。やや遅きに失した感があるけれども。
まずはマティルド・セレル著、鈴木孝弥訳の『コンバ』から。反抗のために誰にでもできることが書かれている本。
ちなみにseesaaブログの機能が劣化してしまい、文字の大きさを細かく調整できなくなったため、見苦しくて申し訳ない。劣化反対。

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間接民主制の社会なのだから、社会をよくするためには政治を変えねばならず、我々は政治家を怒鳴り続けていなければならない──。もちろんその通りだ。けれどもそのことだけにとらわれていると、自分では何もできないような気がしてくる。そんな時に、本当はできることなどいくらでもあると気づけば、途端に世界は一変して見えるだろう。直接行動を知ることの大きなメリットはそれだ。

本書は、そんな普通の人にもできる直接行動の方法を網羅した実践のためのテキストだ。著者はフランスのジャーナリスト/ラジオ・パーソナリティのマティルド・セレル。パリのFM局“ラジオ・ノヴァ”で彼女が毎日放送していた人気コーナーの内容がまとめられている。
ゴミ箱に捨てられた食べ物を回収しよう。シャワー中におしっこをしてトイレの水を節約しよう。いいことをしている店に大勢で詰めかけて、大繁盛を演出しよう。さらには、強制国外退去になる移民を飛行機から降ろしてしまおう、などという大それたものまで。環境破壊や人権侵害や経済的搾取に反対しながらも、まったく優等生的ではない88ものアイデアは、読むだけでも解放的な気分になる。けれどもそれらは著者の奇抜な思いつきではなく、すでに広く行われていたり、綿密な計算のもとに提唱されたものだ。こうした直接行動は、2000年代に入って欧米で盛んに行われるようになっており、その方法も広く共有されている。

そして是非この本の膨大な註釈に圧倒されてほしい。異議申し立てが根づいていない日本とはまるで違う、フランスという国の空気を感じ取ることができる。同時に、デモや抗議に足しげく通いつめ、ドラムを叩く訳者・鈴木孝弥氏の抵抗の戦い(コンバ)への誘いが行間から溢れてくる。その熱意がなければこんな註釈は書けない。こういう力作は、無力感に苛まれている多くの人に読んでほしい。

(『ミュージックマガジン』2013年5月号)
posted by 鶴見済 at 12:05| 書評など | 更新情報をチェックする