2017年07月17日

ロックという音楽、下層の生きやすさ、ブレイディみかこ新刊の書評

ブレイディみかこさんの『花の命はノー・フューチャー』51Ystd7K-KL__SX353_BO1,204,203,200_.jpgの書評を書いた。

文中にもあるけれども、自分はかつてどうしようもなくきつくなった時には、ロンドン・パンクスたちのやけくそでふざけた曲をよく聴いていた。セックス・ピストルズの『スウィンドル』やキャプテン・センシブルのソロなんかがそうだ。こういうものを聴いて笑ってしまうのがよかった。

かつてロックは貧困者、移民、精神異常者、性的少数者、邪教徒など有象無象のはみ出し者たちの鬱憤を飲み込んでいて、聴いていて楽になった。自分はそういうところから世界を学んだのだと思うし、ロック以上に自分を救ったものはない。そこに込められたマジョリティーにならなかった者たちの感情は、日本に暮らす自分の日々を支えた。
イギリスにはたくさんの移民がいて、それはかつて世界中に植民地を抱えた大帝国だったからだ。イギリスのロックがレゲエやダブをうまく取り込めたのは、かつての植民地であるレゲエのふるさとジャマイカからの移民がたくさん住み着いていたからだ。
自分はロックの雑種性のなかに、「下層」を余儀なくされた、あるいは選んだ人間たちの連帯や反抗を感じていた。少なくとも自分はそういうものだと思って勝手に勇気づけられていた。今は少し違うものになっているように思えるが。

ブレイディみかこさんのこの本にも、まるでかつてのやけくそのパンクを聞いた時のような爽快感がある。
それは彼女がイギリスの貧困地区に暮らす、彼の地では差別されるアジア系移民だからでもあるだろう。
これはイギリス下層生活エッセーだ。

下層に開き直ることの価値 (鶴見済)