2017年12月14日

新刊『0円で生きる』の目次

0円で生きる 表紙正.jpg新刊『0円で生きる──小さくても豊かな経済の作り方』が発売になった。
日常的な様々なことを無料でやる方法と、なぜ無料が必要なのかの解説が書いてある。詳しい出版の意図などはまたあらためて書くとして、まずは目次を紹介したい。じっくり書いただけに、他の本に比べて内容が詰まっているところが売りなので。


まえがき

1.貰う──無料のやり取りの輪を作る
贈り物を貰おう/「不要品放出サイト」で貰う!/不要品放出市〈0円ショップ〉」/不要品を回す「店」/世界に広がる不要品市/カンパを貰う方法/クラウドファンディングで集める/「寄付」もいつかは返ってくる
<この章のレクチャー>贈与経済とは何か?
普遍的な経済の形は「贈与」/増える日本人の贈り物/なぜ寄付をするのか?/贈与はいいことばかりではない

2.共有する──余っているものを分け合う
当たり前だった「貸し借り」/自宅パーティー、道具、服、DVD/人の家に泊まる・泊める/スイスの青年を六週間泊めてみた!/無料で泊まれる〈カウチサーフィン〉/ベトナムでのカウチサーフィン体験/有料で部屋を借りる・貸し出す/車を相乗りしよう/「ヒッチハイク」も空席のシェア/ネットの無料共有物を使う/庭を解放する「オープンガーデン」
<この章のレクチャー>なぜ私有が行き渡ったのか?
農耕社会が土地の私有を生んだ/日本の共有財産「入会地」/共産主義は共有財産社会を目指した/新しい共有の時代

3.拾う──ゴミは宝の山
近所のゴミ、店のゴミ/おから、野菜、新聞、食器……/職場から売れ残りを貰う/ゴミを拾う時の注意/自治体との問題/都心のゴミ観察レポート
<この章のレクチャー>捨てる問題と拾う人々
食べ物はどの段階で捨てられるか?/管理が厳しすぎる日本/ゴミを救出する人々/拾って貧しい人に回す/廃棄に立ち向かう欧米/すべてのゴミに目を向ける

4.稼ぐ──元手0円で誰にでもできる
もうひとつの経済を作る/フリマで売ってみる/フリマの主催は楽じゃない/やりやすい「イベント出店」/ケータリングも元手いらず/「移動屋台」は出店場所が決め手/公道から屋台が消えた/日替わり店長になる/自宅を店にする
<この章のレクチャー>市とお金と資本主義
お金を使うのが悪いのか?/市の始まり/お金は物々交換から生まれたのか?/資本主義の前と後/市としての「コミケ」

5.助け合う──一緒にやれば負担が減る
二人以上でやることはすべて「助け合い」/相互マッサージ、料理持ち寄り、英会話サークル/「輪番制」を使う/手伝う代わりに寝場所と食事を/合宿型ボランティア「ワークキャンプ」/海外ボランティア体験談/一般のボランティア活動/悩みを分かち合う「自助グループ」
<この章のレクチャー>日本の「助け合い」とそのマイナス面
力を合わせる「ユイ」「モヤイ」/一方的な支援「テツダイ」/お金を積み立ててまとめる「頼母子」/ヨーロッパの助け合いも同じ/村八分=助け合いのマイナス面/「ムラ社会」を越えて

6.行政から貰う──もっと使える公共サービス
再分配を貰おう/図書館は大切な「居場所」/公園・霊園でくつろぐ/国公立大学のキャンパスで憩う/ライヴも開ける公民館/生活保護は権利/職業訓練でお金を貰う/やりがいのある「地域おこし協力隊」/スポーツ施設で鬱屈の解消を/驚くほど多い「無料相談」/市民農園、博物館、見学会……
<この章のレクチャー>再分配は富の偏りを正す
太古からの政治の中心的役割/一パーセントが半分以上の富を持つ

7.自然界から貰う──無償の世界
育てる(薬味・調味料、香味野菜/ハーブ/サラダ・葉物野菜/大きめの作物/難しい作物/栽培上の注意)/採取する(野草/茶/その他)/鑑賞する(木や花を見る/野鳥を寄せる/魚を見る/環境全般を楽しむ)
<この章のレクチャー>自然界と「無償の贈与」
自然界は贈与で成り立っているのか?/人類は「無償の贈与」を尊重する/今も残る「神への贈与」

あとがき

『0円で生きる』
posted by 鶴見済 at 11:24| Comment(3) | 0円で生きる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

「死にたい」に対する謎の上から目線

座間の事件をきっかけに、自殺に関する連続ツイートをしたので、その記録を残したい。
ここからあれこれ文章化しようとすると、面倒になって残すことすらやめてしまうので、そのまま転載する。

ひとつだけ。
「#自殺募集」というツイッターのタグがニュースなどで話題になった直後、ここに自殺をやめさせようとするツイートが多く寄せられた。自分がこのタグを見た時、何百もリツイートされて上位に来ていた話題のツイートはどれも、そんななかの薄っぺらい説教に対する怒りだった。

この怒り。自分にもあったどころか、自殺についてものを言う原動力のひとつだった。
死にたくなっている人は、他の誰よりも生きづらさの真っただ中にいるのに、こと自殺となると、なぜか上から目線でたしなめるような、あるいは叱るような態度を取る人が多い。自分が若かった頃は、もっともっと多かった。
そこに出てくるのが、「弱い」「命の大切さがわかっていない」「前向きになれない」「もっと大変な人もいるのに」といった、まったく心に響かない言葉の群れだ。
死にたい人より自分のほうが、よくものをわかっていると思うのも間違いだ。
そんなことはわかっていても、死にたい気持ちは強くなってしまう。死にたいというか、こんな人生にはこれ以上興味が湧かない、もう愛想が尽きたという気持ち。

うまく言葉にならない、あるいは100万語でも言いたいことがあるこの怒りを、他の人のツイートでありありと思い出した。
ちなみに自分も、自殺を回避できるならそれに越したことはないと思っていることは書き添えておこう。余計な誤解を生まないように。

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話題の「自殺募集」タグで上位に来るのは、意外にも薄っぺらい説教への怒りのツイート。死にたい人から見たら、その気持ちがわからない人は人生経験が浅いと見えているはず(ある意味そのとおり)。「親から貰った大切な命云々」といった薄っぺらい言葉・倫理観など、ギリギリの人に通じるはずがない。
https://twitter.com/wtsurumi/status/926083377555374081

「障害があっても前向きに生きている人」「流産で生まれることもできなかった赤ちゃん」もいるのに、などと、死にたい人の苦痛を相対的に軽いものと見なして自殺を止めにかかるツイートも、嫌な気分になる。個人が感じる生きづらさの軽重は、そんなふうに比べられるものではない。
https://twitter.com/wtsurumi/status/926089811785482240

死にたい人は一時的にまともな判断力をなくしているのだという、よくある解釈もあまり好きじゃない。正常な人なら誰もが生きたいと思うほど、この社会で生きることは素晴らしいことじゃない。あるいは、生きることはそんなに言うほど素晴らしくない。素晴らしい素晴らしい言いすぎ。
https://twitter.com/wtsurumi/status/927173060850937857

死んでほしくない人が自殺したいと言ってきたらどうするか? 自分なら、普通にきついと言ってる人とするような話をするだろう。楽になるあんなやり方や、こんな音楽もよかったよなどと。そのうえで、今やらなくても、様子見てればよくなるかもよ、くらいは言うかもしれない。(続く)
https://twitter.com/wtsurumi/status/926447631588458496

自殺だけやめさせようとしていると思われないように気をつける。自分が死にたいほうの立場だったら、誰のために言ってんだろうと思うから。
https://twitter.com/wtsurumi/status/926451532299509761

自殺したい気持ちを抱える人について、「自爆テロにもなりかねない」とか「方向が変わればオウム真理教になる」などと言う輩がいるが(「自殺マニュアル」についてそう言う阿呆もいた)、人一倍苦しんでいる人間に対して、とんでもない侮辱だ。自殺を犯罪のように見なして忌避する風潮はなくしたい。
https://twitter.com/wtsurumi/status/925709032970584064

死んでほしくない人が死にたいと言ってきたら、紹介してみたいもののひとつに「認知の歪みの10か条」がある。認知療法で使われるものだが、読むだけでも楽になる。実際にひどい状況である場合もあるが。かつて本にも書いた。
http://www.nakaoclinic.ne.jp/mentalhealth/mh_02_01.html
https://twitter.com/wtsurumi/status/926800214874210305
(死にたい人は認知が歪んでいると見なしているということではまったくない。念のために)

認知療法、認知行動療法は、保険診療で受けられる。自分も以前に認知療法と行動改善を合わせた認知行動療法を受けていた。効くとは限らないが、薬物療法に煮詰まっている時にいいかもしれない。
https://twitter.com/wtsurumi/status/927536454724546562

最終的には、律儀に悩み心配してばかりいるのがいいかげん馬鹿馬鹿しくなり、すべてどうでもよくなって、可笑しさがこみあげてきたりするのが、自分なりの理想的脱出法。こういう時、人は強い。
https://twitter.com/wtsurumi/status/927888206820814850

あまりにも悩み苦しんだ結果、すべてが馬鹿馬鹿しくどうでもよくなる開き直りの境地に至る最良のBGMはクレイジーキャッツ。そのうちなんとかなるだろう。
https://twitter.com/wtsurumi/status/928627508647309312

先日某紙の自殺に関する取材で、「死にたい人に何か言うとしたら?」と聞かれて「もっといい加減でいい、もっと不真面目でいいと思う」みたいなことを答えたのだが、真面目に思いつめる人より、ちゃらんぽらんな人のほうが生きやすいのだから、人生とは理不尽なものだ。ずっとそう思っている。
https://twitter.com/wtsurumi/status/932970533481672704

この世界はそれ自体としては人間の理性を超えている。−−この世界について言えるのはこれだけだ。(カミュ『シーシュポスの神話』)
人間の理性では割り切れない不条理なことはいくらでも起きると。
https://twitter.com/wtsurumi/status/932979015131963392

真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである。それ以外のこと(…)は、それ以後の問題だ。(カミュ『シーシュポスの神話』)
https://twitter.com/wtsurumi/status/933347398474014722

自殺の問題に始まる『シーシュポスの神話』で、人生が生きるに値するか否かを考え抜いたカミュは、不条理に抗って反抗的に生きることは幸福であるという結論に達している。
https://twitter.com/wtsurumi/status/934064560444600320


鶴見済ツイートまとめ読み(twilog)
posted by 鶴見済 at 10:05| Comment(0) | 生きづらさ | 更新情報をチェックする