2018年04月24日

健全さへの抵抗感、寄付の世界

『0円で生きる』では、寄付の貰い方、あげ方についても書いていて、寄付サイトなども紹介している。

Japan Giving    Give One

けれどもサイトを見てもらえばわかるとおり、こうした寄付の世界は、「いわゆるいいこと」の独壇場となっているのが気になっていた。『愛は地球を救う』みたいな感じ、と言えばわかりやすいだろうか。日本の寄付や募金は、ほぼ「健全さ」や「道徳的なもの」に独占されているかのようだ。


けれども自分が知る限りでは、日々のお金に困っている人には、むしろそうした健全さや道徳的なものから縁遠い人、それに抵抗感を持っている人が多い。

ふさわしい言葉が見つからないのだが、斜に構えた者、不良っぽい者、やさぐれている者などと言えばいいのか。

ブレイディみかこさんの『花の命はノー・フューチャー』という本に、イギリスの最低所得者層の地域には、タトゥーが入っている人が圧倒的に多いという話が載っている(自分の書評)。自分が会った野宿している人たちにも、そんなタイプが多い。

もちろん、ここで言っているのは「内面的にやさぐれている者」全般のことだ。お金のあるなし、不良っぽさ、そんな外面的なことに関係なく、そのような人はたくさんいる。むしろ生きづらい系の人のほうに多いのかもしれない。


そして、こうした健全さに抵抗のある層は、社会の様々な恩恵からはじかれてしまっているのだ。

保守政党は経済的強者を守り、リベラル・左派政党は健全な層を守るかもしれない。けれどもそうした層を誰が相手にしているのか。そうしたタイプの人間が、選挙に立候補するのを見たこともない。

行政に何かを申請するなら、団体名は「いきいき友の会」のような健全な名前を付けるのが無難である。健全そうな身なりをしていれば、職務質問を受ける回数も減るだろう。


こういうことを書くのは、とても難しい。けれども、健全な人たちと健全さに抵抗を持つ人たちの食い違いは、かねてから重要なテーマだと思っていた。

健全なこと、道徳的なこと、「いわゆるいいこと」を批判するのは難しいし、批判する必要もないかもしれない。社会的に見れば、最も褒められやすい強い論理と言えるだろう。批判を恐れるテレビや新聞などの大きなメディアも、それなら安心して取り上げられる。

けれども、これまでに自分の胸を打ってきた音楽と言えば、どれもこれも健全でないものばかりだったし、そういう人は多いだろう。そういうものへの抵抗感には、十分な理由がある。


この世の理不尽さや不運を味わった者の多くには、特有の「世界(この世)への不信感・恨み」があると思う。人間は素晴らしい、世界は素晴らしい、清く正しく生きていればいいことがある、そういった言い草は、端的に言って間違っている。本当は人間も世界も運命も、健全ではないし、清廉潔白でもあったかくもない。理不尽で残酷な面がたくさんある。それに気づいたのだ。

この多くの人が持っている「世界に対する不信感・恨み」は、ほとんど語られないが、人間の心情や文化を理解するうえでとても大きなものだと思っている。


健全なことを言っている人のなかには、そうした人を、「ひねくれている」「こじらせてしまった」程度にしか見れない人もいるのだが、全く賛同しない。そちらのほうが、世界に対するより深い知見であると思えるからだ。

そしてその観点からは、大方の健全で道徳的なあれこれは、ほぼ抵抗感が湧くものになってしまうのだ。
いわれのないDVに苦しんだ者は、笑顔のファミリーの写真を見て、単純に「ああいいな」と思えなくて当然だ。


健全な人たちと、健全さに抵抗を持つ人たち。

嫌なら無理にそうすることもないのだが、両者がつながったほうが、利益が大きいことは想像に難くない。けれども、健全さに抵抗のある人たちが、健全な世界におもねったり、自らの考えを変えねばならないのはおかしい。そうすることなく、つながらねばならない。そのためには、いずれの側も懐を深く持ったり、共通する面を見ていったりする必要があるのだろう。


自分が0円ショップや畑をやっても、贈与や共有を提唱しても、「なんか健全なことやってるね、俺には無理だな」という反応を受けることは多い。確かにそうしたことは、日本では健全な世界の専売特許のようで、それをやるなら心や態度を入れ替えねばならないように思えてくる。が、欧米や東南アジアではそうではない。タトゥーだらけのパンクスや依存症の者が、そんなことをやっている。

健全さに抵抗のある人々の世界にも、今は健全な世界にある様々なメリットを開放したいものだ。


※念のために、自分はつながることに抵抗があるどころか、大歓迎だ、と言い添えておこう。

posted by 鶴見済 at 11:20| Comment(0) | 0円で生きる | 更新情報をチェックする

2018年04月11日

世界の0円サービスと新しい「共助」の時代

世界の、とは言ってもヨーロッパがほとんどだ。以前から感じていたが、ヨーロッパに比べれば、日本の0円活動はまだまだ盛んではないと言えるだろう。

それらを紹介する前に、「共助」という助け合いについて少し。


ここであげたものは、大体「共助」と呼ばれる助け合いに相当する。

「助ける」という行為には三種類あって、

@自助=個人が自分を助ける

A公助=公(行政)が人を助ける(社会保障など)

そして、

B共助=人(民間人)が人(民間人)を助ける

の三つとされる。


前近代(日本なら江戸時代以前)では、特に村のなかで共助の役割はとても大きかった。けれども近代以降(日本なら明治以降)は、まずお金のやり取りが盛んになったので「お金による自助」が増えた。そして、国や行政の力が大きくなったので、公助も大きくなった。こうして共助は廃れた。日本では特に、高度成長期以降に廃れたと言われる。


0円活動が活発なヨーロッパには、共助の伝統が多少は残っていたのだろうし、インターネットの普及が新たな「共助の時代」を進めていることは間違いない。


『0円で生きる』には、これらの三つはどれも含まれているが、多いのはやはり「共助」の原理にもとづくものだ。これらはどれも大切であり、あまりにも自助や、家族による介護などの共助ばかり強調するのはよくない。けれどもこの社会では、共助はもっと見直されるべきだ。自助と公助のなかで、人々は孤立しがちになった。


共助が廃れて、代わりに日本には「他人は危ない」という考えが行きわたった。もちろん「他人」など、いい奴ばかりではない。「人はみないい人」みたいなことを言っている人は、悪い面を知っていて黙っているか、そのくらいの人生経験しかなかったのだろう。

けれどもその危険を取り除いた一人の安全な生活で、我々が幸せかと言ったら、そうとは限らない。


*********************
●家を交換する「ホーム・エクスチェンジ」

一定の期間、自分の家やアパートの一室を、海外の他の家・部屋の持ち主と交換して住む。世界的なネットワーク。双方の都合を合わせるのが大変そうだが、長期海外滞在したい時には特に有利。

Home exchange

Stay 4 Free


5669023215_3cc0d46cca_o2.jpg●イギリスの「ストリートパーティー」

イギリスでは、申請して地域の通りを通行止めにし、そこに椅子を持ち出して盛大に路上パーティーを開ける。そのやり方を解説するサイトまである。ブリストルという街では年100回以上(!)も開かれるという。『無銭経済宣言』(マーク・ボイル著)でも紹介されていた。

The Street Party Site 


●自転車旅行している人を無料で泊めてあげる「ウォーム・シャワー

自転車旅行をする人を無料で泊めてあげる、自転車愛好家による世界的ネットワーク。体験談を聞けるので、愛好家なら泊めるだけでもメリットがある。これも『無銭経済宣言』で知った。


●近所で物をシェアする「Peerby」(ピアビー)

オランダからヨーロッパに広まった、近所で物を貸し借りするネットのサービス。無料で貸し借りするのが特徴。大工用品、キャンプ用品、パーティグッズが人気だそうだ。

Peerbyの解説


●フランスでの拾いを紹介する映画『落穂拾い』

フランス各地を巡って、様々な「拾う」行為を取材した映画。ゴミだけではなく、畑でも果樹園でも、養殖所近辺でも、拾えるものはいくらでもある。難しくなってはいても、日本よりも拾うことに寛容な社会であることがわかる。この映画は必見。

予告編


●ヨーロッパの相乗り仲介サイト「BlaBlaCar

フランスからヨーロッパ12カ国に広がる車の相乗りサービス。毎月100万人以上が利用していて、相手も簡単に見つかるようだ。お金は払うが、ガソリン代・高速代などを割り勘にするので、営利目的ではなく、許可云々の問題はない。日本にも類似のサービスに「notteco」があるが、規模が違う。

BlaBlaCar解説


●店の廃棄予定食品を教える「resQ club

ドイツからヨーロッパへ広まった。店が廃棄になりそうな食べ物と料金をアップし、それをネットで申し込んで買うサービス。半額以下の料金で買える。日本でも類似のReduce Goというサービスがはじまったが、こちらは月々定額を支払う仕組みなのでやや使いづらい。

resQ Club解説


『0円で生きる』に詳しく書いた、無料宿泊できる『カウチサーフィン』、作業と宿泊を交換する『Workaway』については、日本のサイトの登場を願う


写真は2011年のストリートパーティ。バーベキューをやっているらしいが、卓球台まである。ccライセンス by Adam Burt

しかし、長くなってしまった。もう少しブログを軽くしないと、なかなか更新できなくなるな。

posted by 鶴見済 at 14:52| Comment(0) | 0円で生きる | 更新情報をチェックする