2018年07月14日

路上の会話は心を癒す

Sidewalk Talk(歩道の会話)というアメリカの団体の活動している映像がとても面白くて、何度も見てしまう。



彼らは、路上に椅子を並べて、通行人に何でもいいから話してもらい、それを聞く、一風変わった傾聴ボランティアと言える。
2014年に構想され、全世界40の都市に1700人のボランティアがいるという。創始者は心理療法士で、孤独を克服するには、路上での見知らぬ人との会話が特に有効だと考えている。これは、心の問題に取り組む活動なのだ(注)。

Sidewalk Talk
https://www.sidewalktalksf.com

本当にきつい時には、「会話」は有効だ。きつい状態で一人でいると、その悩みや不安にずっと集中してしまいがちなので、そこから離れらるだけでもいい。
その悩みを打ち明けられれば一番いいのだが、本当の悩みというのは、よほど親しい人でなければなかなか言えないものだ。中途半端な知り合いよりは、まったく見ず知らずの人相手のほうが言いやすい。

Sidewalk Talkは路上の占い師に見た目がよく似ているのだが、あの占い師たちもそのためにいるのだろう。
職場や家庭がない人が増えるにつれて、会話をどこで確保するかはますます大きなテーマになってくるはずだ


こうした路上の会話は、昔ならわざわざこんな活動をしなくても、普通に起こりえた。立ち話や井戸端会議というのは、日常茶飯事だった。
路上に屋台や露店、あるいは演奏など何かがあれば、そこに足を止める人の間で、路上の会話が芽生えるチャンスがある。
屋台や有人マーケットが盛んな東南アジアでは、当たり前のようにそんな光景がある。店の人なのか友達なのかわからない人たちが、店の周りでペチャクチャと話しては去っていく。

20180616 (2).JPG我々の社会は路上の様々なごちゃごちゃを、「面倒だから」と禁止したがために、大事な心を癒すチャンスまで失っているらしい。
漠然と意識してはいたが、路上の空白化は心の空白化ともつながっていたのだ。

0円ショップの大きな楽しみの一つは、この「路上の会話」が出品者と通行人、出品者どうしの間で起きること、そして終わった後には何かしら自分の心が癒されていると感じられることだ。

ただ、こういう話には注釈が必要だ。
映像の冒頭で「孤独は人の寿命を縮める」と言われているが、自分は学校・職場・家庭の人間関係がなければ、人生においてあんなに死にたくなることはなかった。単純に孤独が悪で、人間関係が善などという説はおめでた過ぎる。
人間関係をめぐる話にはもっと丁寧な説明が必要で、自分にもまとまった考えがあるのだが、また追々言うことにする。

注)Sidewalk Talkは、申し出てやり方を学べば、どこでも開催できる。マレーシアでも行われているようだ。
ちなみに0円ショップは、あくまでも自分としてはだが、ボランティア活動などという意識はない。写真は0円ショップ。

posted by 鶴見済 at 12:24| Comment(0) | 生きづらさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする