「不適応者の居場所」1月の報告

1月の「不適応者の居場所」、またしても色々な年代の色々な世界の人と話すことができた。不登校のこと、対人緊張のこと、仕事のこと、ライター稼業のこと、ミニマリズムのこと、などなど。「生活保護って意外と取れるんだな」とか「大検って簡単だったのか」「障害年金は2級じゃないと難しいのか」などという感想の持てる集まりというのも味がある。そんな話ばかりではないけれども。今回は編集者をやっている人も多かった。 毎回ちょうどギリギリ一杯くらいの30人ちょっとになるというのは、なかなか不思議だ(今回女性は8人くらい)。狭くなってしまって申し訳ないのだが、こういういい条件のスペースはなかなか見つからない。格安(5~6千円くらい?)で7時間くらい使えて、花見のようにフラットに使える、20㎡・10畳以上(?)、アルコール含め飲食可、そして中央線新宿~吉祥寺かその近辺、できれば土日に取れる、などという厳しい条件で探しているのでなかなか。 ありがとうございました。来月もまたやります。

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世間に背を向ける者はいつの時代にもいる

正月にはいつも、世間に背を向けたはぐれ者が放浪の旅をする映画を観る。アメリカン・ニューシネマというジャンルにこの手の映画が多く、『イージー・ライダー』はその代表だ(註1)。「自分の人生なんだ。好きなように生きていいんだ」というスカッとした気分になれる。 (註1)他に『バニシング・ポイント』『明日に向かって撃て』『俺たちに明日はない』『さらば冬のかもめ』『スケアクロウ』など。『テルマ・アンド・ルイーズ』『モーターサイクル・ダイアリー』なども。 今年観たのは、『イントゥ・ザ・ワイルド』だった。ネタバレになるので多くは書かないが、大学を卒業した実在アメリカ青年が「この人生」「この生活」に疑問を持ち、本当の生き方を求めて放浪と荒野の一人暮らしをする映画だ。まあ面白かった。自分はこういうタイプの人や映画に強く惹かれる。 世間やこの人生・この生活に嫌気がさして放浪や自然内独居に向かった例は枚挙にいとまがない。ソロー、ランボー、ケルアック、鴨長明、松尾芭蕉、、、など時代や地域を問わず無数にいる。今の小屋暮らしやモバイルハウスも、その系譜に入るだろう(註2)。(註2)ただ、ソロー、ケルアックの作品については、そんなに面白いと思っていない。 実は、今のひきこもりの人たちも、ある意味、こうしたものの一形態ではないかと考えている。放浪も自然暮らしもできないなら、部屋に閉じこもるのが「脱世間」のやり方だからだ。メンタリティーは共通している。江戸時代以前の出家する僧侶や、現代のミニマリストにも、共通するものを感じる…

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