弱者認定をしてもらうことへの違和感

日頃から自らの弱さの公開はとても大事だと言っているし、自分でもそれをやってきた自負はある。けれども、自分はこんなにかわいそうな立場なんですよと世間や周囲に認めてもらおうとするのは、自分としてはちょっと違う。例えば、自分は精神病だと言うことで、進んで弱者カテゴリーのなかに自分を押し込んでいけば、「かわいそう」というある種の特別扱いをしてもらえることは予想できる。けれども、それはとてもムズムズする違和感のあることなのだ。今は本当に色々な精神障害が認められるようになって、それは掛け値なしにいいことなのだけれども、注意すべきところもある。 ミシェル・フーコーというフランスの思想家は、狂人と言われた人が古くから今までに、ヨーロッパでどんな扱いを受けてきたかを研究した。かつて狂人は、村のなかで自由にしていたり、後には犯罪者や物乞いなどと一緒に収容所に閉じ込められていた。それが18世紀末から「精神病者」という「病人」として扱われるようになって、今に至っている。それはいいことではある。けれどもフーコーは、まさにここに大きな問題があると考える。狂人と呼ばれていた人が、病気で判断能力がないとされ、社会的な責任を免除され、精神科医の子供のように扱われるようになるからだ。狂人はかつて、我々の「理性的にまとまった判断」を脅かす、不安にさせる、それなりの一個の存在だった。けれども、それですらない「かわいそう」でしかない存在になったわけだ。 これと同じことを、弱者認定の問題に感じる。自分が90年代に、弱さを公開しつつも、弱…

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「不適応者の居場所」2月の報告

2月の「不適応者の居場所」、寒いなかまた一杯の人に来てもらった。名古屋でまさに不適応者のスペースを運営されている方、横浜の誰でも自由に使える家にかかわっている方など、またしても多彩な人たちに会えた。Twitterに「中高生も来てほしい」と書いたら、それを見た女子高校生が来てくれたのもよかった。中高生が外の世界と交われないことは、彼らの世界を窮屈にゆがめているのであって、それが彼らを健全にするなんてことはない。イギリスの0円生活者マーク・ボイルのこと、海外留学も実際には大変であること、アメリカン・ニューシネマの話、洋楽ロックの話など、色々できた。久々に会話をしたという人もいて、やった甲斐を感じる。 来月は珍しく念願の土曜日が空いていたので、3月16日(土)を予約してしまった。時間は少し早めようと思うが、気になるのは現状ですでに一杯なので、それ以上になったらどうするかということだな。広い場所は相変わらず探しているが、見つからない。それから、0円ショップに置いてあった「ご自由にお持ちください」の掲示用の紙それ自体は放出品ではなく、これからも使いますので、持って帰られた方は、鶴見に会う機会があれば戻してください。

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「貧乏暮らし」ではなく「簡素な生」ーー『清貧の思想』から

ミニマリスト、小屋暮らし、モバイルハウス(車上生活)、隠居、、、これらは、お金や物にとらわれない新しい生き方として注目されがちだが、志向されているのは単に貧乏ではないだろうという話。フリーランスやあまり働かない選択、「プア充」などについても言える広い傾向について。 『清貧の思想』という90年代のベストセラーを久々に読み返すと、そのあたりのことがはっきりしてくる。この本には、松尾芭蕉、良寛、西行、鴨長明、吉田兼好(註1)といった、日本を代表する世捨て人たちの価値観を、「日本文化の精髄」として紹介している。そこで強調されているのが、著者が「清貧」という言葉で言おうとしてるのは、単にお金や財産を持たないことではなく、「簡素な生」のことだということ。(註1)彼らは低い身分ではなかったので、最低限のお金は持っていたと思われるが。良寛以外は。 その価値観においては、お金や財産はひとつの要素にすぎず、地位、人間関係、業績、他者評価、将来、過去など、自分の外にあるものすべてを、自分の幸福の根拠としない。つまりは、「現在」と「自分」の充足を重視した。そしてこうしたシンプルさを重んじる感覚は、決して彼らのような特別な立場の人間だけのものではなく、庶民にまで広く行きわたっていたそうだ。(註2)もともと仏教とともに来た考え方だそうなので、大陸にも大きな流れとしてあったはずだ。 これは今の傾向にも言えることだ。日本にもアメリカにもこんな傾向があり、物にあふれた時代を経験したことや、リーマンショックのような経済破綻を目…

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不適応者の居場所 2月もやります

毎月恒例のつながりをなくしがちな人が駄弁る会「不適応者の居場所」、2月もやります。集まって、飲み食いしながら話すだけです。 日時:2月15日(金) 18:30~4時間くらい?場所:高円寺、素人の乱12号店費用:カンパ制。会場代、食事(ビーガン料理のケータリング)代、酒とソフトドリンク代、2千500円~3万円をカンパで賄っています。対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、メンヘラなど様々な理由でつながりをなくしがちな人(厳密ではありません。会社勤めの人も可)。注意:助け合いの会なので、各自が自分のメリットばかり考えていると成り立ちません。ハラスメントはなしで。その他:0円ショップもやっています。全品無料。不要品の放出大歓迎(ただし残ったら持ち帰り)。 詳細はこちら。前回の報告はこちら(写真あり)。 こういう集まりをやっている理由は、第一にはもちろん、自分も含め集まった人が楽になるから。けれども社会的な理由も大きく、日本の社会にはこういうものが足りなくて生きづらくなっているのだ、まさに今こういうものが必要だと考えているからでもあります。相当時間をかけて形を考えました。こういうものが、あちこちで開かれて、もっと広まってほしい。あとは、集まりで話しましょう。

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