僕たちは壁のなかの一個のレンガだ

ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』というアルバムを先日の不適応者の居場所でいち推ししたのだが、言葉が足りなかったので、あらためてここに書いておきたくなった。自分の人生において、とてつもなく大きな作品だ。 このアルバムは79年に出た、ピンクフロイドの歴史のなかでは、現役時代の最後のほうの代表作になる。アルバムが2枚組なのに全米1位になったのはまあ驚いたが、シングルの『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール』も、全米1位を4週間も続ける大ヒットになった。この曲は日本のラジオでもよくかかっており、ラジオ中毒だった10代の自分の耳にも入ってきた。「結局僕たちは、壁のなかの一個のレンガじゃないか!」と歌っているのだ。しかも子供に合唱させている。この言葉は『完全自殺マニュアル』の前書きのなかにも書いた。そこの見出しには、この曲のタイトルをわざわざ載せた。当時、こんな歌詞の曲が全米1位になるなんてありえなかった。ヒット曲はもとより、ロックの歌詞もまずは恋愛。あの娘がかわいい、ふられた、そんなくだらないものばかりだった。恋愛以外の悩みを歌っているだけでも価値があったが、この曲やアルバムに込められた怒りの対象は、結局親でもなく、教師でもなかった(親や教師は出てくるのだが)。何かと言うと、「システム」だった。自分が欲しかったのは、そういうものだった。ロックの歌詞なんて、本当に共感できるものは少なかったのに、この曲には本当の自分の「悩み」と呼べるものが歌われていたのだ。こんなテーマを曲にして、しかも全米1位に送り込ん…

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「不適応者の居場所@ゆる読書会」の報告

つながりづくりのための「不適応者の居場所」、2月は「ゆる読書会」をやってみた。各自が推薦の本を紹介する方式で、それに映像作品や音楽もOKにして、ゆるくした。参加者は11人で、軽く自己紹介してから紹介を1巡させたところで、もう1時間15分経過。急いで2巡目をやったらもう時間だった。どんなものが挙がったか軽く紹介すると、 「The Wall」「無頭の鷹」「A(森達也)」「うさぎ!」「贅沢貧乏」「アリの巣の生きもの図鑑」「ブードゥーラウンジ」「今を生きるしあわせ」「老子」「他人の足」「マッドマックス 怒りのデスロード」、遠藤周作の本、華倫変の漫画、ダニー・ハサウェイのライヴ、ロリー・ギャラガー、「ぐるりのこと」「鬼滅の刃」、、、、 ただでさえバラエティに富んでいるのに、それに加えて各々の思いの入った解説が次々と出てくるのは、まったく飽きず、贅沢だなと思ったりした。興味ある方は作者などチェックしてみてほしい。半端なものは挙がってないはずだ。話を聞いていると、少なくともいくつかはチェックしたくなる。 けれども人数の多い紹介型の読書会では普通そうだが、ひとつひとつについてじっくり話している時間はない。となると、コメントはなしで次々と回すしかなくなるが、それだと交流した感じは薄らいでしまう。そこが難しいところだ。 ※今回の図版には、自分が挙げたピンク・フロイド『The Wall』のジャケットを使わせてもらった。自分ばかり申し訳ない。本来は字がなく、雑誌などにジャケ写を載せると真っ白になってしまう、過激な…

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「『死にたい』は『生きたい』だ」という間違い

先日あるテレビ番組でも耳にしたのだが、「『死にたい』は『生きたい』だ」という言葉がよく使われる。「死にたいと言う人は、同時に生きたいと思っている」という意味だ。これは「『嫌い』は『好き』だ」と同じで、意味をなさない文だ。なぜそんなものが通ってしまうのか。これについては一度言っておこうと思っていた。 自分はこう考えている。「死にたい」と言う人は大きな苦痛に直面している。苦痛から逃れるにはまず、①生きて苦痛を克服する方向がある。 そして苦痛が大きすぎると、②死んで苦痛から逃れる方向も頭に浮かんでしまう。 つまり「苦痛から逃れたい」は、同時にこの二つの方向を持っている。そこから、「死にたい」と「生きたい」は同じだ、などと勘違いするのだろう。「死にたい」「生きたい」なんてこと以前に「苦痛から逃れたい」がある。これこそどんな人間でも日々、心の底から願っていることなのだ。「死にたい」はその一形態なのだ。何かとんでもなく特殊なものと考えるべきではない。 「生きたい」っていうのも、実はよくわからない。「病気で死んでしまう運命」といった状況でもないなら、わざわざ大変な気合を入れて自殺でもしなければ生きてしまうというのに、「生きたい」なんて強く思うだろうか? 自分は「生きたい」とは思ったことがないのではないか。強く思っているのは、あくまでも「苦痛から逃れたい」であって。 「死にたい」周辺には、そこらへんの気持ちがよくわかっていない人が作った言説というものが結構流通していて、それが惰性で使われていたりするので…

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2月の「不適応者の居場所」はゆる読書会でどうか?

2月の「不適応者の居場所」はオンラインで、ゆるく読書会をしてみるのはどうでしょう?読書会と言っても、課題図書を出す形式は参加者が絞られてしまうので、各々がお薦めの本を紹介していくスタイルで。しかも、お薦めは映画・アニメ(映像作品)やCD(音楽作品)もありというのはどうでしょう?元々本好きが集まっている会ではないので、できる限りゆるく参加しやすくしたい。 日時:2月21日(日)16時~ 2時間 ツール:Zoom やること:ゆる読書会。自己紹介後、一人一冊、あるいは一枚ずつ、いくつでもお薦めの本や映画、CDを紹介してください。時間がくるまでそれを回していきましょう。一回数分くらい?で、その作品がどんなにいいか、うんちく、まつわる思い出など、何でも聞かせていただければ(ネタバレ禁止!)。聞くだけ、1作品だけなど、参加形態は自由で。また、メイン会場が苦手な人にはブレイクアウトルームを、今回こそちゃんと準備します。チャットもOK。 参加資格:これまでに居場所に参加していただいた方。オンライン初めての方は、Twitterで鶴見まで参加された時期やその時の名前や特徴を教えていただければ、URLをお知らせします。本当はどんどん新しい人に来てほしいのに残念です。 ここで仕入れたお薦め情報で、コロナ籠り期間を充実させましょう。

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『月刊むすび』の連載は続く

マクロビオティックの雑誌『月刊むすび』でのつながり作りの連載は、さらに予定を延長してまだ続きます。マクロビに限らず、食文化全般、さらには身体についての文化全般に関する雑誌で、そのなかでつながりについて担当している感じ。 唐突だけど、それにしても、何かひとつ新しい世界を作るなら、「やさしい世界」を作らないと意味がない。そうではない世界にはもう懲りたのだから。そんなの気持ち悪いと言う人は、やさしくない世界に行けばいいだけのこと。この年になるまでに、一人の人間にしては珍しいほど上(?)のほうから下(?)のほうまで色々な世界を巡ったが、やさしい世界は特になかったな。そういうことを表向きには言っている世界であっても。そういうものを切望しているわけではないのだろう。自分が切望しているのはそれだが。

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