2011年04月09日

「放射能は嫌だ」と言えない空気がある

原発やめろデモ.png自分は放射能(註1)が嫌で嫌でしょうがない。体を悪くするのも嫌だが、放射性物質を不当にも大人しく食わされているのはもっと嫌だ。けれども、そう言い出せない空気がある。

国やマスコミは、「嫌だ」と言わせない空気を作っている。放射能が悪くないなら、原発や原子力はそれほど悪いものではないのだから、それも当然だ。


基準値以下だろうが何だろうが、“発がん性物質”を嫌がるのは当然の心理であって、単なる「風評」などではない。それを「風評被害だ」と騒ぐのは、事を「農民・漁民」対「消費者」という対立関係に持ちこみたいからだ。本当は、「農民・漁民・消費者」が皆、放射能を嫌がっているだけなのに、この構図のなかでは「放射能をばら撒いた連中」は責任を問われない。

しまいには放射能を嫌がる海外の声でさえ、「風評」扱いする始末だ(註2)。


マスコミは今、戦時中のように大本営発表を一方的に流すことしかしていない。我々の下からの声は、街なかからまとめてぶつけよう(註3)。今ぶつけないと、このままうやむやにされそうだ(註4)。


(註1)「放射能」とは「放射性物質」が「放射線」を出す能力のことだが、自分は通りのいい「放射能」を多用することにしている。

(註2)「雨に放射性物質」韓国、休校やプロ野球中止も (読売)

「神経質」だの「微量なのに…」などという報道で溢れているが、そう言う前にばら撒いた連中が「すみません」とあやまるのが筋だ。我々に対してもそれは同じだ。

(註3)4月10日の反原発デモ案内 (マガジン9)

(註4)10年たって癌になっても、それと原発事故の関係を立証でき、訴訟に勝てる人がたくさんいるだろうか? ばら撒いた連中(単に東電だけでなく、「推進派」全部だと自分は思っている)は、今さえ乗り切ってしまえば、後は楽なのだ。

posted by 鶴見済 at 12:55| 原発 | 更新情報をチェックする