2007年02月10日

核の抑止力では平和にならない

最近この国では、北朝鮮問題がらみで、「核(あるいは軍事力)による抑止力が平和を守る」だなんて言われているが。

米ソの冷戦を終わらせたのは、核による抑止力なんかではなく、ソ連・ゴルバチョフの平和外交と軍縮政策だったことを忘れてるんじゃないか?
第二次大戦後、90年頃まで、「北」側の世界は、米ソを筆頭とする「東西」の両陣営にわかれて、”冷戦”という戦争をやっていたんだった(日本も一応西側の一員だった。今でも、「南」の国々を第三世界と呼ぶのは「西」と「東」が各々第一、第二世界だったからでもある)。
で、両陣営は、この核(軍事力)による抑止力理論が横行したため、軍拡競争を続けなければならなくなってしまった。
だからと言って、冷戦時代が平和だったわけはなく、ベトナム戦争をはじめとする多くの“熱い”局地戦・代理戦争が起きていた。
アメリカは80年代には財政赤字に苦しみながらも、どんどん核兵器を増やさざるを得ないという、とても不毛な時代を送った。
結局、冷戦は平和的な外交によって、ようやく終わったのだ。

だから日本の政治家も、ゴルバチョフを見習って、平和的な外交を第一にやってほしいもんだ。話し合いで解決するなら、それに越したことはない。
核兵器を1個作るのにどれほどのカネがかかるか想像もつかないが、税金を兵器作りなんかに使うなと言いたい(核兵器ほど無駄なものがこの世にあるか?)。
そもそも、そんなカネない。  
posted by 鶴見済 at 22:29| 人間界の政治 | 更新情報をチェックする