2007年06月27日

政治が広告をしはじめた

安倍首相夫人が元電通社員であることが、具体的にどれだけ大きいことなのか知らないが、少なくとも象徴的なことではある。ここ数年、国や政党と広告会社の関係が普通に報じられるようになっているところを見ると、両者の関係は深まってるらしい。

例えば「クールビズのキャンペーンで環境省が博報堂を使った」「小泉のタウンミーティングを電通社員が請け負った」「民主党にならって自民党も選挙でPR会社を使うようになった」なんていうことが、支払われた多額の広告費も含めて取りざたされたことは、90年代以前だったらなかったと思う。もう以前のようにコソコソやっているレベルじゃないんだろう。
“小泉以降”激しくなったと言うべきか。
「自民党をぶっ壊す」「郵政民営化、賛成か反対か」といったキャッチコピー的な台詞の繰り返しも、クールビズみたいなファッション性も、“X JAPAN”や“プレスリー”が好きだとか、誰が表敬訪問したなんていう有名人の使い方も、選挙のメディアイベント化も、いちいち広告代理店的な手法だった。

こういう方向を極めつくしたのは言うまでもなくナチス・ドイツだが、宣伝による大衆操作なんか、やろうと思えばあそこまでできてしまうわけで、それを使うかどうかは政治家自身の「分別」や「良心」の問題になってたはずなんだが。

──まあ、だから何なんだという気がしなくもないが、宣伝技術はある程度兵器みたいなもんで、しかもこっちを向いてる兵器なのだということは頭に入れておきたい。

posted by 鶴見済 at 22:13| 人間界の政治 | 更新情報をチェックする