2019年01月07日

世間に背を向ける者はいつの時代にもいる

1104776.jpg正月にはいつも、世間に背を向けたはぐれ者が放浪の旅をする映画を観る。アメリカン・ニューシネマというジャンルにこの手の映画が多く、『イージー・ライダー』はその代表だ(註1)。
「自分の人生なんだ。好きなように生きていいんだ」というスカッとした気分になれる。

(註1)他に『バニシング・ポイント』『明日に向かって撃て』『俺たちに明日はない』『さらば冬のかもめ』『スケアクロウ』など。『テルマ・アンド・ルイーズ』『モーターサイクル・ダイアリー』なども。

今年観たのは、『イントゥ・ザ・ワイルド』だった。ネタバレになるので多くは書かないが、大学を卒業した実在アメリカ青年が「この人生」「この生活」に疑問を持ち、本当の生き方を求めて放浪と荒野の一人暮らしをする映画だ。まあ面白かった。
自分はこういうタイプの人や映画に強く惹かれる。

世間やこの人生・この生活に嫌気がさして放浪や自然内独居に向かった例は枚挙にいとまがない。ソロー、ランボー、ケルアック、鴨長明、松尾芭蕉、、、など時代や地域を問わず無数にいる。今の小屋暮らしやモバイルハウスも、その系譜に入るだろう(註2)。
(註2)ただ、ソロー、ケルアックの作品については、そんなに面白いと思っていない。

実は、今のひきこもりの人たちも、ある意味、こうしたものの一形態ではないかと考えている。放浪も自然暮らしもできないなら、部屋に閉じこもるのが「脱世間」のやり方だからだ。メンタリティーは共通している。
江戸時代以前の出家する僧侶や、現代のミニマリストにも、共通するものを感じる。

日頃あれこれと各方面のことを気にして、心配事で頭がいっぱいになって、気が重くなっていることすら当たり前になり、自覚できなくなっている。大体このようなものが、大方の人の「この人生」「この生活」になっていると言えるだろう。
いつの時代でも、どんな地域でも、ある程度そうかもしれない。
そんな時は、「自分の人生、好きなように生きていい」「思い切って道を踏み外していい、そうしないとわからない」「真面目ないい子ちゃんじゃなくていい」などなどを思い出すだけで、気が軽くなる。
posted by 鶴見済 at 23:54| Comment(0) | 生きづらさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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