「不適応者のオンライン茶話会」をやってみた

20200418 ぼかし.jpg月の「不適応者の居場所」はZoomを使って、オンラインでやってみた。
参加者は16人で、地方から参加してくださった方も多数いて、地方の様子など、まるでニュースの中継のように聞くこともできた。
基本的には一人一人順番に話してもらう形をとったのだが(雑談を交えながら、それを2巡して2時間くらい。同時にチャットもできる)、こういうコミュニケーションは新鮮だ。
それでも居場所に集まって話すような、ホッとした感じは自分にはあった。

外出自粛が始まってもう1か月くらい、集まりの自粛から2か月くらいが経つだろうか? 人と会えないきつさを思い知らされている時期だけあって、「会って話す」ことのメリットを感じることができた。
情報だけではなく、「共同性」みたいなものを得てホッとするために会って話すのだ。それが「話さなくても、そこにいるだけでいい」ことの意味だ。

得られた情報の面で言えば、自助グループなど、様々な居場所の活動が、すでにこんなふうにオンラインで行われているそうだ。読書会をやっている人もいるし、合コンまで行われていた。しかもオンラインなので、海外からの参加もあるそうだ。
感染者の少ない地方の、しかも市街地でないところでは、コロナ騒動の影響もそんなにはない話など、聞けてよかった。

体がじっとしているし、好きなように話せないので、実際に会って話すよりも窮屈さは強い。なので時間も長々とはできない。チャットを上手く取り入れるとか、色々改善できる余地は多い。
居場所では食べたり、笑ったり、「快感」まで味わえるのがいいのだが、オンラインでもそういうものまであればもっといい。

ただ、実際の居場所に比べて、ほとんど手間がかからず、あっさりとできることもわかった。
こういうものは、2週に一回くらいやってもいいのかもしれない。


もちろんリアルに会うほうがいいと、相変わらず思う。けれどもこの時期は新しい人間関係を一気に広げられるチャンスなのかもしれない。地方どころか、海外の友達も作れるのだから。


それから最後に。
無用につながりに駆り立てられたりせず、あるいはコロナ関係の情報からも離れて、のんびりしていることだって、そっちのほうが心の健康によければそれでも全然いいと思う。
人がつながっているのがいつも以上に見えやすくなっているので、変な焦りも生まれそうだから。

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