この居場所も、今月でちょうど2周年目という区切りだった。
心配した気温には恵まれて、昼は暑いくらい。けれども風があったため、終了予定の16時頃にはもう寒くていづらくなってしまった。この寒さがもっと早く来ていたら、危ないところだった。
紅葉はなんだかんだ言っても、自分が一年で一番好きな自然現象で、なんで花見があるのに「紅葉見」がないのかとかねがね思っていた。とうとうこの会で、紅葉を見ながら駄弁ることができたのは感慨がある。視界の色が違う。こういう景色のなかで過ごすだけでも、頭のもやもやが晴れる。
外でやった後は毎度こんなことを書いている気がするが、やはり中でやった後とは違うのだ。外、いい眺め、広さなんかは心にいい。集まりでなくても同じだろう。それを痛感できたのはコロナのおかげだ。
よく行っている真夜中の散歩イベントがなくなってしまったので、自分で開きたいと言っている人もいた。夜の街を大勢で歩くのが人気であることも知らなかったが、こうしたらいいんじゃないかとあれこれ言い合ってみるのも面白い。
さあ、いよいよ冬だなと思う。
この記事へのコメント
岡田寿彦
「花見紅葉見雪見と三度君としみじみ酒を酌み」
(はなみもみじみゆきみとみたびきみとしみじみ さけをくみ)
七七七五の「どどいつ」の仮名表記に「み」が九字あらわれるようにしたのですが、「紅葉見」という語の用例に出会った記憶がなかったことがずっと気になっていました。今日あらためてネットで検索して平安時代の和歌集に「もみぢみ」の用例があると知りましたので、ご報告します。