「ありのままじゃ悪いかよ」運動について

「ありのままじゃ悪いかよ」という動きがアメリカを中心にあり、以前からこれについて書きたいと思っていた。

メーガン・トレイナーという人の『オール・アバウト・ザット・ベース』という曲が、10年前に全米8週連続1位の大ヒットになった。
この曲は「太っていてもいいでしょ」と歌っていて、ファット・アクセプタンスとかボディ・アクセプタンスとか言われる体型肯定運動のアンセムになって、それを推し進めたという。
その話を聞いてグッと来た。
インスタで人の体型を見て心を病む若者の問題が深刻ななか、こんな新人のデビュー曲をそこまでヒットさせたアメリカのムードにも感心した(「やせた写真加工もやめよう」との歌詞もある)。



この曲のメッセージを「セルフ・アクセプタンス(自己受容)」と書いている記事もあった。
こうしたムーブメントは様々なテーマに及んでいて、それらをまとめた何かいい言い方はないかと思っていたので、その言葉は頭に残った。


マイノリティの肯定という動きは以前からある。
例えば、アカデミー賞を東アジア系の作品、役者に受賞させるようになって何年か経つが、これは少数人種についての動きだ。
性的マイノリティについては言うまでもない。
メーガン・ジー・スタリオンのように、黒人女性や性的に奔放な女性を元気づけようとする女性ラッパーも多い。
ただし、それだけではない。


例えばマイノリティとは関係なく、「メンタルヘルスを最優先しよう」という動きも同時にある。
有名なアスリートやミュージシャンが自分のうつなんかを公言しているのを見て、これも同じ動きだなと感じていた。
自分で受け入れるだけでなく、隠さず公言までする。


うつであることを隠さず相手と弾んだ会話をしないのは、「あなたが嫌い」の合図によく似ているので極めて難しい。
どうしても作り笑顔で、弾んだ会話をしてしまう。
対人場面でうつを隠さないでいることは「禁止」されているようなものだ。
それを思うと、うつを肯定・公言することにも大きい価値があるなと気づかされる。

これらは「ありのままでなんで悪いんだ」というひとつの大きな流れと言える。


少し話は飛ぶが、日本では子供の「ありのままでなにが悪い」運動も起きている。
それが「不登校」だ。
自分はずっとそうとらえてきた。子供は元気いっぱいなんていうくだらない「みんな同じ」の押しつけに対する、子供からの返答なのだ。


もちろん中高年層のムーブメントだってある。


ただし日本で自己受容と言うと、心理面での自己肯定的な姿勢を指す場合がほとんどだ。
それはそれで大事なことなのだが、ここでは違う意味で使っている。
ここで言っているのは、
「世の中から否定的に扱われている属性を、何も悪くないので、自ら堂々と肯定すること」
くらいの意味だ。


このムーブメントは、アメリカでどこまで行けるか実験中という印象を受ける。
これからもっと様々なテーマが掘り出されてくるだろう。
その手前で止まってほしくないなと願うばかりだ。


と、このへんでやめておく。

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