『ウィッチンケア』に推しがわからない話を書いた

DSC_4098.JPG今出ていてる『ウィッチンケア』という文芸誌に「推す気持ちがわかっていない」という記事を書いた。

日頃から「推し活いいよね」などと言っている割には、自分で誰かを推すことは決してない。ついでに「尊敬する」こともない。そんな話を。ちなみにビートルズのことも書いているが、自分は大学でビートルズ研究会に入っていたほどのビートルズおたくだったので。


自分は何か短い記事を書こうとすると、たいてい評論になってしまう。書きたいのはそういうものなのだけど、この雑誌では試しにエッセイを書いてみようと思っている。
具体的には今のところ、結論を断定しないことと、結論に向けて一直線に論旨が展開するのをやめている。実際に自分の脳内では、結論はフラフラと揺れ動くし、道筋もフラフラ寄り道ばかりしているので。


けれども、そういうのを書いてみてあらためて、「評論とエッセイとどちらか取れ」と言われたら、間違いなく評論を取るなと思い至ったのだが。
去年の号には植物を育てている描写をしたけれども、やっぱり自分が書くと単にまどろっこしくなってしまう。
「自分はこれこれこう思うんだ」と書いたほうがすっきりする。
そういう人間なのだ。

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