2007年11月06日

仕事を選べないという問題

rokkasyomura.bmp青森県の六ヶ所村にある使用済み核燃料再処理*)工場のことを考えていくと、この過疎化した村には今のヒトが直面してる問題が凝縮されているように思える。

エネルギーの問題に限らず、「どうやって働いて生きるか」という問題についても考えさせられるのだ。

来年2月に本格的に動き出す予定のこの施設については、かつて反対派と推進派が2派に分かれて対立していたのに、今では人口1万2千人の村民中、反対しているのは5〜6人程度になってしまっている。村会議員の3分の2は、建設関係者だ。
反対派がいなくなった背景には、国がカネをばら撒いて黙らせたという経緯もあるようだが、なによりも、すでに多くの人の生活がこの工場やその関連施設で働いた収入で成り立ってしまっているという事実がある。

もちろん本来ならば、村に仕事がないなら、核処理工場を建てて仕事を作るのではなく、従来からあった漁業や牧畜業を復活させたり、あるいは観光業を興したりするために国がカネを使うべきなのだ。


が、別の意味で深刻なのは、この「すでにそこで働いたカネで生活してしまってるから反対できない」という構造が、この我々がいる企業社会全般についても言えるのではないか、ということだ。

原子力施設に限らなくてもいい。軍需産業でも証券でも広告でも、あるいはなくてもいい缶飲料の新商品の製造でも、すでに多くの人がそれに関係する経済領域で働き生計を立ててしまっている以上、それらの人は、労働条件の改善を要求することはあっても、その産業が存在すること自体をもう否定できなくなってるんじゃないか?
実際に、生きていくためには職業など選んでいる余裕はなく、どこかの企業のために働かざるを得ないというのが、六ヶ所村に限らずこの国全体の現状でもあるのだ。

何百年か前までは、ヒトは「カネがないと生きていけない」わけではなかった(食べ物がなければ生きていけなかっただろうが)。
それをここまで経済やカネに依存せざるを得ないところまで持っていった企業や経済界には、実に上手くやられてしまっていると思う。


*)国中の原発で出た使用済み核燃料(高レベル放射性廃棄物)を集めて、そこからプルトニウムという極めて危険な放射性物質を取り出す作業のこと。そのために大気中と海中に、国内の原発が1年で放出する別の放射性物質を、毎日放出することになる。ただし、プルトニウムを燃料として使う原子炉(高速増殖炉)は今日本では動いていない。

参考サイト:『六ヶ所村ラプソディー』

http://www.rokkasho-rhapsody.com/_news/magazin

STOP ROKKASHO

http://stop-rokkasho.org/information/ja/03.html 
posted by 鶴見済 at 18:39| 原発 | 更新情報をチェックする