2017年08月06日

『おいしい資本主義』書評と個人の意見の大切さ

おいしい.png著者である朝日新聞の名物記者の近藤氏が、米作りに挑戦し、資本主義批判と脱成長論を展開している本の書評を書いた。
主張にはとても納得がいくのだが、「エコ」や「スローライフ」、さらには「まじめな人たち」への違和感まで自粛せずに書いていて、それがさらに本の主張をより独自のものにしている。こんなテーマの本にそれを書く人間が他にいるだろうか?
苦しければ苦しいと書き、納得いかない説には納得しない。いいことしか書かないのが普通の世界では、これは新鮮だ。個人の考えをちゃんと言うのはいいものだな、などと思えてくる。本の主張そのものより、その姿勢のほうに心を動かされたりする。
2015年の秋、『東京新聞』に書いた書評。

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衣食住のすべてをお金で買っている我我にとって、働くことはそのお金を手に入れるためのやむをえぬ手段にすぎない。お金にならない仕事はどんなに意義があっても、「食べていくために」諦めざるを得ない。しかしその諦めが蔓延した社会では、生きていくことはできても、肝心の生きたいという動機自体が失われるのではないか。
それならば、最低限自分の「食べていく」ものだけは作り、あとはやりたい仕事をやるという生き方はできないか。本書はまさにこれを実践しようと、長崎の支局へ異動した名物記者が、本業の傍ら毎朝一時間だけ自らの米を作ってみたルポとアジテーションの書だ。

ここで秀逸なのは、違和感があればどんな正論にも真っ向から異議を唱えていく姿勢だ。著者は資本主義を痛烈に批判するが、いわゆるエコロジー的な考えにも安易に同調しない。農薬の危険性は承知しながらも、周囲に害虫の被害を及ぼさないために自らもそれを撒く。山からの水を独り占めする大先輩とも、上手く関係を取ることで解決する。周囲との調和を最重要視し、人と人とのつながりを解体した近代社会を批判する。その一方で、近代化の産物である個人の自由をこの上なく愛しているのもまた著者自身なのだ。

資本主義、エコロジー、近代主義、反近代主義、いずれの考えも完全に正しいわけではない。それらを丁度よく修正するには、どの立場にも迎合することなく、こうした丁寧な異論を積み重ねていくしかない。著者の馴れ合いを嫌う姿勢は、こうした点でも大きな成果をあげている。
この体験記を読んで、米作りが楽だと思う読者はいないだろう。また人一人が一年間に食べる米の値段は、それほど高くはない。買ったほうが早いと言いたくもなる。大きなものには抗うよりも諦めて従ったほうが楽なのだ。けれども著者が生き生きと抗っている姿こそが、そこに少なからぬ価値があることを訴えかけてくる。
posted by 鶴見済 at 19:53| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

無料の放出市0円ショップ ただであげるのは「損」か?

201504191446002.jpgここ5年程、0円ショップという路上アクションを何人かの仲間でやっている。参加者が月一回、家の不要品を持ち寄って道の隅に並べ、道行く人にただであげているのだ。服、家庭雑貨、本、CDなどが、毎回シート4枚に広げるくらいが大体はけていて、街の名物になりつつある。詳細はツイッターアカウント@kunitachi0yenを見てほしい。放出品は、残った場合は持ち帰りだが、持ち寄り大歓迎だ。覗きにだけでもいいからぜひ来てみてほしい。

街頭では「なぜただでやっているのか」と聞かれることが多い。出しているものが家の不要品だと言うと大体納得してもらえるが、それだけでなく、面白い人がたくさん集まってくるなど他にメリットがたくさんあるので「損」などとは思わないのだ。
それでも、一銭にもならないことにこんなエネルギーを費やすのは「損」なのではないかと思う気持ちもわかる。それについて考えさせられることがあった。

0円ショップの初期からの常連だったKさんが、今年病気で若くして亡くなった。古着やレトロなグッズを見て回るのが好きだったKさんは、時には0円ショップ用に物を買うこともあると言っていた。自分はそれを聞いて、「それは違うんじゃないか」などと言ってしまったのだが、Kさんは「ひとつ高々50円や100円ですよ」と笑っていた。彼がその頃、自分の死を予感していたかどうかはわからない。けれども、亡くなった今にして思えば、あの世にお金を持っていけない以上、その使い方は正しかった。
今自分は、彼が出してくれたTシャツやジャケットを着て生活している。そのなかには彼が「鶴見さん、こんなのどうですか」と渡してくれたものもある。それはもしかしたら、彼がわざわざ買ってくれたものかもしれない。彼の贈与はこうして、彼の思い出として見事に残った。

「損」などではなかった。Kさんから貰った服がたくさんあるので、彼をいつでも思いだしている。
物には霊が宿っていて、それが贈り物を人から人へと動かす力になると考えた文化人類学者がいた。そんな、ある意味非科学的な考え方をする人がいてもおかしくないと思うほど、贈り物は不思議な力を持っている。
「見返りもなくあげること」については、いまだに自分のなかにも、肯定できるようなできないようなもやもやした部分がある。ただ、我々には必要以上に「損」だと思うくせがついているようだと、Kさんに教えてもらった。

0円ショップの映像:
不要品放出市「0円ショップ」について 鶴見済さん原田由希子さんインタビュー (8bit News)
http://8bitnews.org/?p=6313
ゼロ円ショップ (映像作家・中森氏による現場の様子。自分も色々話している)
posted by 鶴見済 at 11:32| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

宮台真司による捏造記事を訂正する

宮台真司が今年出した『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』という本のなかで、自分(鶴見済)の著作活動を概説するかのような記事を書いているが、それがとんでもない中傷的な捏造ばかりなのを発見した。ここにそれを指摘し、一刻も早い訂正を要求する(引用は同書p109から)。
その捏造を一言で言えば、こちらを「まるでオウム真理教のように」見せようと躍起になっている、と言えるが、問題はなぜ彼がそうするのか、だ。それについても後述している。
また、なぜ自分が90年代を通して「同じことの繰り返しの日常」論を展開していたのかも最後に書いている。
ではやや長くなるが、まずこの文から見てみよう。

●「1980年代後半から始まる鶴見済の著作活動は、現実リセットのツールとして、最初はハルマゲドンを称揚し…」

ここまで醜い捏造が訂正されずに掲載されているのだから、他の記述の信憑性も推して知るべしだ。
自分が著作活動を始めたのは90年代からだ。辞書によれば「称揚:ほめたたえること」だ。かつてハルマゲドンを褒め称えたのなら、誰もが「怪しいオウムのような人物」と思うだろう。ただし93年の第一作のなかで「ハルマゲドンなどない」とわざわざ書いているのだから、褒め称えるはずがない。

●「(鶴見は)「現実」は本当にリセット不可能なのか、と問います。鶴見は1996年に『人格改造マニュアル』において、僕の<終わりなき日常>という概念を「ハルマゲドンなき世界」と言い換えた上で、「ハルマゲドンがなくてもドラッグがあればOK!」と宣言しました。」

まず驚かねばならないのは、『人格改造マニュアル』には「ハルマゲドン」に言及している箇所などないということだ。つまり、こんなことはまったく書かれていない。これほど間違ったことを書かれたのは、これまでにも経験がない。
「〜と問います」だって??? 「現実はリセット不可能なのか」などという問いは立てたこともないし、散々出てくる「現実のリセット」などという言葉は使ったこともない。現実リセットどころか、日常を楽に生きるために心の持ちようを変えてみようと提唱していたのだ。

「僕の<終わりなき日常>という概念を「ハルマゲドンなき世界」と言い換えた」などという馬鹿げた解釈はどこから来るのだろう。「ハルマゲドンなどない」「延々と同じ日常が続く」と書いたのは93年、この男がサリン事件以降に「終わりなき日常」云々と言い出す前だ。
「終わりなき日常」についてまた後に述べる。

『人格改造マニュアル』はドラッグについて書かれているのはごく一部(二種類のみ)で、精神医療に用いられる方法を中心に紹介し、心のセルフ・コントロールを勧めている。自分の内面を変えて、現実に適応しようと提唱した本だ。「現実のリセット」などとは正反対の趣旨だ。
前書きの一行目にはこう明記している。
本書は、自殺もせずになんとか楽に生きていくための実用書である。

●「「オウムの失敗」を踏まえた上で、鶴見済は、以下のように言います。昔は戦争や災害による「現実のリセット」の可能性を夢見ることができました。ところが戦争や災害による「現実のリセット」が不可能になったので、自分で「ハルマゲドン」をもたらすというオウム真理教の「ハルマゲドン幻想」が出現しました。ところが「オウムの失敗」で「ハルマゲドンなき世界」が自明になったので、「ハルマゲドン」と等価な現実リセットのツールとして、自殺とドラッグが浮上するのだ、と」。

「〜出現しました」などとも分析していないのだが、いちいち細かいところまでは言っていられない。
『自殺マニュアル』はもちろんオウム事件のはるか前に出たもので、『人格改造〜』は93年の段階で出版企画が決まっている。どちらもオウムの失敗を踏まえたものなどではない。
それにしても、この短い文のなかだけでも「ハルマゲドン」という言葉が4度も、「現実リセット」が3度も出てくるのは、一体何なのか? ここにこの男の意図を読み取ることができる。『完全自殺マニュアル』前書きに90年代初頭の東西冷戦終了後の社会状況を書いたのだが、そこにたまたま一言「ハルマゲドンなどない」と書いたがために、「鶴見=ハルマゲドン」という捏造を生むスキを与えてしまったようだ。

●「1980年代後半から始まる鶴見済の著作活動は、現実リセットのツールとして、最初はハルマゲドンを称揚し、次に「自殺」を称揚し、その次に「ドラッグ」を称揚し、そして最後に「ダンス(レイヴ)」を称揚しました」。

すでに書いたとおり、このくだりには呆れ返る。
『完全自殺マニュアル』の前書きの最後には、ある強烈な薬物を金属のカプセルのネックレスに入れて持ち歩いているという知人の例え話から、次のように書いている。
「(その彼は)『イザとなったらこれ飲んで死んじゃえばいいんだから』って言って、定職になんか就かないでブラブラ気楽に暮らしている。この本がその金属のカプセルみたいなものになればいい。

そして後書きには、「本当の狙い」としてこう明記している。
こういう本を書こうと思ったもともとの理由は、…自殺する人は心の弱い人なんてことが平然と言われていることにイヤ気がさしたからってだけの話だ。『強く生きろ』なんてことが平然と言われている世の中は、閉塞してて息苦しい。息苦しくて生き苦しい。だからこういう本を流通させて、『イザとなったら死んじゃえばいい』っていう選択肢を作って、閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を開けて、ちょっとは生きやすくしよう、ってのが本当の狙いだ。別に『みんな自殺しろ!』なんてつまらないことを言ってるわけじゃない。

「世の中を生きやすくしたい」という主張は、「現実リセット」「ハルマゲドン」などとは正反対のものだ。
要するにすべては「生きづらさを和らげるため」なのだ。彼が「現実リセット」「ハルマゲドン」と書くところを、「生きづらさの緩和」と書けば済むことだ。すでに述べたとおり、『自殺マニュアル』も『人格改造〜』も、日常を楽に生きるために心の持ちようを変えることを訴えていた。
そもそも自殺を褒め称えた本がベストセラーになれば、自殺者が増えてもよさそうなものだが、逆に減ったのはなぜなのか?(註1)

「その次にドラッグを称揚し」については、「人格改造を称揚し」と言うのが当たり前だろう。自分が『自殺マニュアル』に続いて書き下ろしたのは人格改造の本であり(元のタイトルは「性格改造マニュアル」だった)、ドラッグを扱っているのはそのごく一部だ。
誰であれ、本人がこういう主旨だと言っている部分をあえて無視し、小さな部分を大きく取上げ、それが真の意図であるかのように書くのは、立派な捏造だと言える。
また、「主旨」には触れずに、「ハルマゲドン」について言った部分ばかり取り上げるという彼の手口にも以前から呆れていた。
宮台真司の過去の言動なら自分も色々と知っているが、それらのいくつかを拾い上げて、まるでオウムのような「宮台の概説」を作り上げることも可能だろう。そもそも彼自身がドラッグに肯定的だったではないか。

そして今も自分は著作活動をしているが、「最後に」か。こんな失礼な事実誤認を山ほどやらかして抗議を受けたら、ライターならおしまいか、相当の謝罪を重ねねばらないだろう。


●さて問題は、なぜ彼がここまでこちらの言論活動を、「まるでオウム真理教のように」見せようと躍起になっているのか、だ。

まず何よりも、90年代の彼がブルセラ、援助交際、デートクラブ等々の性風俗を全肯定し推進していた頃、彼の独自の分析によれば、日本はなんと「ハルマゲドンの時代」にあったそうなのだ。従って、ハルマゲドン、現実リセットなどという「オウム的なもの」にかすめ取られた同時代人がたくさん出たことにしなければならない。
ではなぜ「ハルマゲドンの時代」でなければならないのか? それは、自らのブルセラ・援助交際など性風俗の推進はそのなかにあって、「それに比べればマシだった」と強調したいがためだと思われる。実際にこの本のなかで、そのような言い訳と自己の位置づけが打ち出されている(しかしそもそも性風俗化することのどこが「日常を生きる知恵」なのか?)。
そのためには鶴見の言っていたことを、その代表例として徹底して「オウム的」に仕立て上げる必要があったのだろう。そう思えば、「鶴見は80年代後半にはハルマゲドンを称揚していた」というでっち上げを行わねばならなかった理由もわかるというものだ。

また「終わりなき日常」についても言わねばならない。彼が95年に言いだした「終わりなき日常」云々といったことは、自分はそれ以前の『自殺マニュアル』の前書きに、「身ぶるいするほど恐ろしい日常生活」(三島由紀夫『仮面の告白』より)や、「延々と続く同じことのくり返し」といった表現で書いている。
また翌94年の『無気力製造工場』という本に収録したエッセー、書評、対談等々のなかでも、「延々と続く同じことの繰り返しの日常」について散々言及している。つまりこれが『自殺マニュアル』刊行後の自分の基本主張だったのだ。彼が『終わりなき日常を生きろ』という本を出した時、自分の本を読んでいる人なら、それは元々誰が主張していることなのか明らかだったはずだ。けれどもそういうことを言うのは趣味ではないので、あえて言わずにここまで放っておいた(彼が後に言い出した「意味から強度へ」についても似た感覚を持っている)。
自分の90年代の諸著作の基本姿勢は、「延々と続く同じことの繰り返し」の「身ぶるいするほど恐ろしい」日常生活をどうやって楽に生きるか、というテーマで書いていたものだ。それは著作の主旨を普通に受け止めていればわかる。ドラッグでさえ微量を摂取して日常生活を乗り切るために使おうと提唱したほどだ。安全のために「微量」の量まで示した(註2)。
しかしそれを認めてしまえば、彼が言い出した日常論は、すでにある鶴見の日常論と区別がつかない。そのためこれもまた鶴見の日常論を「オウム的なもの」とすることで、自説はそれとは違う独自のものだと強調したかったからではないか。

●さて、このような無意味な議論にも意味を持たせるために、最後に、自分がなぜその頃「延々と続く同じことの繰り返しの日常」という考えを強調していたのかも書いておこう。
ひとつにはもちろん、当時の米ソの冷戦が終わり、「全面核戦争の危機」が去ったという時代状況がある。今からでは想像が難しいだろうが、それ以前にはボタンひとつ押し間違えれば、世界が大惨事に巻き込まれるという感覚があったのだ。
けれどもそれより大きな理由は、自分が学生時代から歴史学者・木村尚三郎らが提唱していた「(脱成長ではなく)低成長時代論」に親しんでいたからだ。自分は木村のゼミにまで出ていた。
日本の高度成長に翳りが見えたことを受けて、70年代から木村らは低成長時代論を掲げ、「ヨーロッパも日本も、農業革命期と産業革命から戦後のオイルショック頃までの二度の高度成長期以外は、毎日変わりばえのしない日常を生きる低成長の時代が普通だった」(大意)と論じていた。また「そうした時期には大きな社会の劇的変化よりも、日常の細部や内面に目が行く」(大意)とも語っていた(註3)。
今にして思えば、現在の脱成長論の先取りだった言える。自分は学生時代に木村の講義を受け、その理論に共感し、各著書の前書きなど至るところでその説を応用して書いている。
そしてこの低成長時代論から得たものは、「生きづらさから逃れて楽になる」という趣旨と密接に関連しながら、現在の自分の主張のなかにまで脈々と生きている。

あまりこういうことは言いたくないのだが、彼のような輩が出てくるのではっきり書いておかねばならない。
「イザとなったら自殺という手もあると思って」も「心のコントロール」も、10代後半から20代にかけて、心の病に苦しみつつ日常を少しでも楽に生きるために、自分が取ってきた手段だ。そういう経験のない人には、残念ながらそれは理解できないのかもしれない。
それにも関わらず彼の「鶴見の概説」には「生きづらさ」などということは一切書かれず、山ほどの「ハルマゲドン」と「現実リセット」が出てくる。これが事実を捻じ曲げていないと言えるだろうか。

最後に言っておきたいが、宮台さん、こちらにも色々言いたいことはあるのだが、少なくとも90年代にごく近いところにいたことは確かだ。その相手をことさらひどいものとすることで、自らを正当化するなんてことはやめようじゃないか。それは必ず自らに返ってくる。そして早速訂正してほしい。


(註1)自殺者数の推移(警察庁「自殺統計」より内閣府作成)。本が出た年とその翌年、自殺者が連続して減ったのだから、自殺防止に貢献したと言われてもいいくらいだ。
(註2)当時は、出回りだしたドラッグを、分量をはじめ、やり方もわからないまま摂取してしまう人が続出したという際どい問題があったため、誤用を防ぐためにという意図もあった。もちろん副作用についても詳細に書いている。
(註3)『家族の時代─ヨーロッパと日本─』(木村尚三郎、1985)など。
posted by 鶴見済 at 18:36| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年09月12日

五輪による無駄な再開発激増時代に捧げる『脱資本主義宣言』関連記事

tumblr_mhznu0C9H01s5zl1co1_r1_500.jpg我々が今目にしているこれこそが、”ショック・ドクトリン”(どさくさ紛れの資本主義)に他ならない。

東京五輪を口実にした無駄な再開発と排除のすべてに反対する。
五輪をやるというなら、無用な施設の新設や改築、無用な道路や鉄道の整備、無用な海の埋め立て、野宿者の排除、無用な監視カメラの増設、過剰警備等々は一切なしでやってもらう。
こんなにモノが溢れているのに、さらにもっと作ることを喜んでいるなんて、頭がおかしいんじゃないのか?(下線筆者)。
何度でも言うが、いらないものを作って大企業を儲けさせ、カネを稼いで生きていくのはもうやめて、もっとエネルギーの無駄の少ない楽な生き方をするべきなのだ。「経済成長=大企業の儲け=幸せ」などというのは、もともと高度成長期だったら何とか通じたかもしれないまやかしだ。

なぜ経済成長主義では幸せになれないのかについては、最新刊『脱資本主義宣言』に詳しく書いているので、ぜひ読んでみてほしい。

さてその『脱資本主義宣言』に関して、これまで新聞やネット等に掲載され、今も読むことができる書評などを掲載しておく。かなり時間が経ってしまったので、今読めるものだけを。

antiolympicposter.JPG「経済成長以外の解決策を」『脱資本主義宣言』著者インタビュー (北海道新聞)
⇒「日本のGDPは世界3位。これで幸せになれないなら、GDPが低い国は一体どうすればいいんですか。富の配分が大企業に偏って、中小に回っていないだけです。パイを大きくするのではなく配分を変えればいいだけの話なんです」(鶴見)。

「ぼくらは経済の奴隷じゃない」鶴見済『脱資本主義宣言』刊行記念インタビュー (新潮社サイト)
⇒「『経済のため』と言っているけれど、本当は「大企業のため」であり「カネ儲けのため」だと思います。我々は戦後それ一筋でやってきたけれども、これからは経済の奴隷であることをやめて、カネではない価値観を作っていかねばならない。それが「脱資本主義で行こう」というこの本の主張です」(鶴見)。ここが重要。

マックの「60秒サービス」に見た 「速さ」と「安さ」が絶対か 究極の効率追求に悲鳴も
(毎日新聞)
⇒マクドナルドや銀座の服屋に行って記者氏と話した記事。「物はあふれているのに、経済が成り立たないから、もっと速く、もっとたくさん作らなきゃいけない、なんて、素の感覚で考えればおかしいでしょう」(鶴見)。

「書物の森」『脱資本主義宣言』書評 (東京新聞
⇒「抵抗するには買わされず食わされず、少しでも自分たちの手で生産し加工し流通させること。そうしてこそ人生は生きるに値するものに戻る」。

tumblr_m73go6JWnV1qb4vddo1_1280.jpg●「俺たちダマされているんだぜというのが分かる本」(久保憲司さんの書評/Riquid Room
⇒「だから、鶴見さん、農業とか言っていたらダメですよ。革命しないと、みんなで立ち上がりましょう」。

●「やりたいことしかもうやらない──「直線」の時間は成り立たない。借金なんて返さない。わたしはビールが好きだ」(栗原康さんの書評/『図書新聞』)
⇒「はじめから答えはあきらかだ。資本主義がわるい、カネ儲けしか考えていない大企業や国家がわるいのである」。

●「脱資本主義宣言/鶴見済」(加藤梅造さんの書評/『Rooftop』)
⇒「ロフトプラスワンがオープンした1995年当時、来ていたお客さんの必携書の1つが鶴見済の『完全自殺マニュアル』だった」。

脱資本主義宣言書評 (夕刊フジ)
⇒「著者は言う。永遠の経済成長なんてあり得ない、みんな本当はわかっているはずだろう、と」。


olympicspolicebw25pc.gifおまけ
「ダンスは身体の解放運動」 /鶴見済さんに聞くThe Asahi Simbun Globe June 9, 2013

⇒『檻のなかのダンス』という本の骨子となる部分を話した。「体育」を通した身体への規律・訓練は、自分の学校時代よりもむしろひどくなっているかもしれない。

七尾旅人氏のイベント(2010年)での鶴見済ポエトリーリーディング・レポ(bounce)
⇒このリーディングは、七尾さんと勝井祐二さん協力を得て、とても満足できるものになった。終わった後にステージの上から聞こえた拍手と歓声は、これまで聞いたことがなかったもので、忘れられない。お二方に感謝したい。

図は東京とロンドン五輪を批判したカルチャージャム作品。一番上は反東京五輪。
posted by 鶴見済 at 12:16| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年08月16日

トークイベント・ブームと音声サイト「tsurmi's talk」

IMG_0021.jpg90年代に比べると、00年代以降のトークイベントの多さには驚かされる。
トークに限らず、映像の上映や音楽の演奏があり、そこにちょっとした食べ物がついているといった手作りイベントは全盛期を迎えていると言っても過言ではない。自分もこんなに人前で話すことになるとは思わなかった。
その分だけ「自律した経済空間」は広がっているわけなので、とてもいい傾向だ。あとはその料金やドネーションである程度生活できれば、それに越したことはないのだが…。
というわけで、そんなトーク仕事をフォローするために音声専用のサイトを立ち上げた。

turumi's talk 鶴見済公式音声サイト

反転地トーク.jpg第一弾は去年8月に行われた、桑原茂一さんのスペース、渋谷・ディクショナリー倶楽部での「脱資本主義講座」。1部、2部を通じて、今の経済の仕組みの批判と、別の経済の仕組みの模索を行っている。
以後続々とトークやスピーチの音源や映像等を紹介していく予定。
こういうものが増えることこそ、「もう一つの世界」が近づいている証だ。

(註)写真上は、今年5月の鶴見済×二木信「砂漠の思考」@新宿bookunion。下は昨年の福岡・反転地でのトークイベント(photo by Kenichiro Egami)
 
posted by 鶴見済 at 12:57| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年04月03日

フィリピン報告会やります!

フィリピン 103.JPG2〜3月にフィリピンに行き、街や村を見て、現地アナキストが主催するエコ・キャンプに参加してきたので、その報告会をします。

自分が回ったのは、首都マニラ、セブ島・ネグロス島・ボホール島、そしてエコ・キャンプが行われたマニラ近郊のタナイ、同じくマニラ近郊の汚染された川と湖など。
フィリピンの街や村を見て印象に残ったのは、野宿者・物乞いの多さもさることながら、小さい商店や屋台が道の両脇にずらりと並んで、活況を呈していること(売れているかどうかは別として)。あらゆる食べ物と衣料品が売られ、電気製品の修理や刃物研ぎまでが路上の屋台で行われている。有象無象としか言いようのない老若男女がそこにたむろし、コミュニティを形成している。町の商店街を失うというのは、同時に何を失うことなのか痛感した。

フィリピン 282.JPG
こには大きなスーパーやショッピングモールやファストフードも進出していて、入口には警備員が自動小銃を持って立ち、入店者全員のバッグの中をチェックする。ショッピングモールやマクドナルドにはもちろん小ぎれいな小金持ちがたむろし(自分だってその一人だった)、大人しくバッグのなかを見せ、大人しくアーバンな行動をしている。声のでかい、服の汚れた、荒っぽい路上の人々はそこに入って来(られ)ない。
大商店はいずれ路上屋台を駆逐するかもしれないが、それが駆逐されつくし、モール内部が社会全体に行き渡ったのが日本なのだろうな、と思わざるを得なかった。ここではもう、いい歳をした大人が平日にそこらへんをブラブラすることはできないし、ビジネスマナーを身につけなければ大人になることも難しい。
まず自分からは、そんな話を写真を見ながら。

そして我々日本人にも深い関係があるフィリピンのモノカルチャー経済のこと(ネグロス島全体がサトウキビ畑になっていた)、川がゴミ溜め同然になっている都市の環境汚染の話なども。

現地のアナキストたちが主催するエコ・キャンプも素晴らしかった。郊外の村で、自律生活をしながら、ワークショップや討論会をやった。樋口氏がアナキストのフォーラムとエコ・キャンプの報告をしてくれます。
そしてフィリピン料理はまずいなどと言われるが、本当にそうなのか!? サパ子さんがメヌードなどのフィリピン料理を作ってくれます。

onsite flood.jpgまたこのイベントからは、今回つながりを持ったフィリピンのマニラ近郊にある二つのインフォショップ「Etnikobandido」 と「OnSite Infoshop」へのカンパを集めて送りたいと思います。
特にOnsiteという場所では、雨季には日本の我々には信じられないような洪水の被害にあっていて、広く支援を求めています。何しろ、雨季になると腰くらいまで床上浸水しっぱなしで、水は滞留し、そこには大小便も垂れ流され、蚊が大量発生し、特にその時期に医療品をはじめとする生活物資が不足するという大変なことにーー。

OnSiteからの支援の呼びかけ(日本語訳、英語)


ぜひ、デモ後、花見後にお立ち寄りください!

フィリピン 027.JPGフィリピン紀行報告会
「アンチ・キャピタリズム・カフェ#4 フィリピンー日本連帯編」
日時:4月7日(日)19:00〜
会場:IRREGULAR RHYTHM ASYLUM(新宿)

参加費:カンパ制(フィリピンのインフォショップへの支援に使います)
内容:
鶴見済「フィリピンの街とプランテーションを見てきた!」
樋口拓朗「群島のアナキスト達:フォーラムとエコ・キャンプ報告」
サパ子のフィリピンフードと解説

Etnikobandido

OnSite Infoshop
(洪水被害の報告あり)

ブラック&グリーンフォーラム
エコ・キャンプ(去年のレポート)

写真は上から、屋台の携帯電話修理屋の人々。エコ・キャンプの様子。OnSite の洪水被害。夜のマニラ湾沿岸に何百メートルにもわたって寝ている野宿者。

posted by 鶴見済 at 13:06| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年09月01日

鶴見済『脱資本主義宣言』 自律スペースツアー開始!

social center.jpg●9月1日から、下記のような新刊『脱資本主義宣言』関連ツアー(?)を敢行します! どれも個性の違うイベントなので、話す内容も変わります。
これらのイベントが行われる場所、運営のされ方、などにも注目してほしい。こういう場所での集まり自体が、資本主義後を生きようとする我々にとって必要不可欠なものです(長崎での予定を追加しました)。

9月1日(土) 19:00〜 野方・こたか商店 
幸せだ大学 第2部トーク 500円
宗教がテーマらしいので、我々の死や再生、我々自身の物質循環、そして自然界から切り離された不幸、ヒトの世界・カネと経済しか見えなくなった不幸、等々について話す予定。

9月4日(火) 19:30〜 新宿の特殊書店・模索舎 
ブックフェア「脱資本主義読書宣言」関連トーク・交流会 投げ銭制
ブックフェアで選んだ30冊について選者・鶴見が解説しながら交流を。鶴見の宣言文と各選書への一言コメントがついた無料小冊子はマスト・アイテム。

9月10日(月) 19:30〜 下北沢・気流舎 ワンドリンクオーダーと投げ銭制
『脱資本主義宣言』読書会(夜明け前の社会学カフェ)
テキストにじっくり向き合いながら、じっくり話し、じっくり質問などを受ける会。自分としては、これが一番言いたいことが言えるスタイル。気流舎のシリーズイベント、夜明け前の社会学カフェの一環です。カフェの主催者のお話もあります。
本を持っている人は、持って参加しよう。

9月22日(土) 19:00〜 福岡市のインフォショップ・反転地 4F
『鶴見済と話す・脱資本主義宣言』 参加費スライディングスケール(\500〜2000)/飲食持ち込み大歓迎
1部 『脱資本主義宣言』深い読書会 2部 フリートーク

9月24日(月) 20:00〜 長崎市のShare空間&BookBar "原田" 500円目安のカンパ制
鶴見済の脱資本主義宣言トークとRadio Freedom長崎編 


●ロフトプラスワンでのイベントで言ったことの一部
ヒトが「自分がどう思われているか」を気にしながら他人の内面ばかり読んでいる様は、「合わせ鏡」の中を熱心に覗いているかのようだ。合わせ鏡の間に広がる無限の世界は、物凄く奥深いように見えるが、実は見入っても大した意味がない。「合わせ鏡」の向こうにある木や鳥は見えていない。

●ディクショナリー倶楽部でのイベント(満員御礼)で言ったことの一部
1.今4%の服の自給率は、90年にはまだ50%以上あった。その間、我々は何も気づかなかった。
参考:衣類の輸入量と輸入浸透率経産省、6ページ)
2.50年代のアメリカでは、重複して買わせる戦略として、「家庭に一人一つのトイレ」をとまで宣伝された!

●こんな新刊の書評が「martingale & Brownian motion」というブログに。
同感。何か新しい「いい傾向」であるかのような「グローバリゼーション」という言葉に隠されているのは、相も変わらない植民地主義主義だ。

他にこんな評も。
ブログ「ニューテンの部屋
吉田司氏の『中日新聞』での書評(アップしてくれた方、ありがとうございます)

写真は、本にも載っているベルリンにあるKarmanoiaソーシャルセンター。本のなかではこのペイントをカラーで見せられなかったのが残念。自分の一連のイベントが行われるスペースもまた、日本でのソーシャルセンターの役割を果たしている。
posted by 鶴見済 at 11:27| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年08月12日

鶴見済「脱資本主義講座」が渋谷・ディクショナリー倶楽部で開催!

283541832_934b72135e_z.jpg●桑原茂一さんによるスペース、渋谷・ディクショナリー倶楽部で、トークイベントをやります。
第1部は鶴見が新刊『脱資本主義宣言』に即して、このクソな経済の仕組みが、我々の人生をどれだけ貧しくしているか、そしてその解決策を、本に書けなかったことを盛り込みながら話します。例えば、今も社会を牛耳る経済界のこと、「経済のため」主義による洗脳、消費と輸入漬けにされる我々とアジアの貧困・環境破壊の関係、誰にでもできる対抗手段、自然界とのつながり直し方、等々。編集者の大久保さんに、聞き手役をやってもらう予定。

そして第2部は、小川てつオさん、いちむらみさこさんと鶴見のトーク。
小川さんといちむらさんは、もう10年も都内の公園で暮らしています。そのカネに依存しない暮らしとはどういうものか、食べ物はどうしているのか、いいところと大変なところなど、あれこれ聞こうと思います。他にも、公園の生活からこっちの世界はどう見えるのか、カネに頼りきった我々は何を失っているのか、等々、聞きたいことばかり。
入場料は無料! このイベントは同会場で行われている「ART PICNIC#6 ROCKN ARROW」の一環として行われるもので、会場も展示など見所が満載。これに来ない理由がよくわからない。

脱資本主義講座 出演:鶴見済、小川てつオいちむらみさこ

/19(日) 1部18:00〜 2部19:30〜(予定)、入場無料
詳細 ⇒ 鶴見済 脱資本主義講座 (ディクショナリー倶楽部HP

5625978303_7212fc4ba5_z.jpg●『脱資本主義宣言』は残念なことに、ほとんどの書店で経済・ビジネス書のコーナーに入ってしまっています。「書店で見つからない」「経済の棚でやっと見つけた」という声が多く聞かれますが、見つからない方は、経済・ビジネス書の棚を探してみてください。
書店の方々には、ぜひこの本を「格差・貧困」や「社会問題」などのコーナーに置いていただくようお願いします。この本は確かに経済の仕組みを扱っていますが、いわゆる経済書とはまったく異なり、我々の生活や生き方について書かれたものです。対象としているのも、サラリーマン層よりは、“オルタナティブ系”の読者層です。

●現在本書のメッセージ入りサイン本を置いてもらっているお店は、下北沢・気流舎、新宿・IRA、新宿・模索舎、三軒茶屋・ふろむあーすカフェオハナです。すべて自分の一押しの店ばかり。この機会に、まだ行ったことのないお店を覗いてみよう。IRAなど、通販で買えるお店もあり。

●新潮社の『脱資本主義宣言』のページは使えます。「書評/対談」をクリックすると、鶴見済インタビューが読め、「感想を送る」の欄から感想を送ってもらえれば、著者・鶴見が見ることができます。
立ち読み」では前書きも読めます。
『脱資本主義宣言』 (新潮社HP)

●現在発売中の雑誌『atプラス』で、「経済至上主義と原発――脱資本主義を迫られる日本」という記事を書いてます。この国の原発がいかに産業界のものであるか、この国がどういう経緯で「エコノミック・アニマルの国」になったか、経済学には何が欠けていたのか、などを解き明かしています。

写真上は、本の表紙に載っているインド北西部のスラムの少年。下は同じく表紙にある、世界最悪といわれるタイ・バンコクの交通渋滞。
posted by 鶴見済 at 23:08| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

『脱資本主義宣言』発売記念、鶴見済トークイベントやります

4966209782_000c7172a6_z.jpg「資本主義後をどう生きる!?」というサブタイトルのついた『脱資本主義宣言』発売記念イベントをやります。
まずプロローグとして、自分がこういう本を出すことになった経緯について、など。
第1部は本のひとつのテーマである、我々のこの輸入・ゴミ輸出生活が、海外、特にアジアにどんな迷惑をかけているのかを中心に、色々な話を。
そして第2部では、これも本のもうひとつのテーマである、経済至上主義の国・日本の変化について。我々の生きづらさは、かつてと今とではどう変わり、今後は企業にすがらずに生きていけるのかどうか、など多岐にわたって話をします(だめ連がかつてを振り返るのは、極めて珍しいこと。この面子でないと話せないことがある)。


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『脱資本主義宣言』発売記念ライブ──資本主義後をどう生きる!?

7月24日(火) 18:30開場 19:30開演

プロローグ 鶴見済
第1部 日本とグローバル化の問題 (内田聖子<PARC事務局長>(註1)×鶴見済)
第2部 生きづらい社会の過去・現在・未来 (雨宮処凛×だめ連<神長恒一、ペペ長谷川>×鶴見済)(註2)
(本は会場でも販売します。イベント終了後サインなどします)

会場:ロフトプラスワン
前売¥1000/当日¥1300(飲食代別) ⇒ スケジュール/予約受付方法

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(註1)内田さんが事務局長を勤めるPARCは、自分も連載させてもらっていた『オルタ』を出している大御所NPO。⇒ PARC HP 
会員になると、『オルタ』も送ってもらえ、活動を支えられる。自分も会員。
日本では、こうしたNPO、NGOが注目・サポートされないので、我々も輸入したものがやってくる先で起きている問題を知ることができないし、企業もやりたい放題ができてしまうという事情がある。
(註2)雨宮さんとの対談の一例。松本哉×雨宮処凛×鶴見済、『貧乏人の逆襲』鼎談
神長氏とは一緒に、ネットラジオRadio Freedomを長らくやっていた。
写真は、新刊の表紙をよく見ると載っているブラジル、リオ・デ・ジャネイロのスラム。
posted by 鶴見済 at 18:18| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年06月26日

新刊『脱資本主義宣言』と「カネではない価値観」

帯つき表紙.jpg『「経済のためだから、理想論ではなく現実問題として、仕方がない」。
こんな言葉の前に我々は、どれだけ多くのことを諦め、思考を停止させられてきたことだろうか。』(前書きより)

こういう書き出しで始まる『脱資本主義宣言──グローバル経済が蝕む暮らし』(新潮社)という本を出した。

『レイヴ力』(対談集)以来12年ぶり、自分で書いた本としては『檻のなかのダンス』以来14年ぶりの本になる。
ここしばらくデモやイベントや畑に足しげく通いながら考えたことを詰め込んだつもりだ。レイヴを通して考えたことももちろん大きな柱になっている。

自分はこの大量生産、大量消費、大量廃棄、大量輸入のあり方を疑わない社会の空気を、どう考えてもおかしいと思う。
自分だってこれまでは知らなかったので、偉そうなことは言えない。けれども、自分の服や食べ物、買っている物が、どこで誰に迷惑をかけながら作られているのかも考えもせずに買い捨てに浮かれているとしたら、やはりそれは愚かなんじゃないかと思う。けれども、我々だって悪意でそうしているわけではなく、愚かにさせられているんじゃないか?
経済のためだとか、景気回復がすべてを解決するとか、そんなことばかり聞かされてきたが、結局は大企業のカネ儲けのためだったんじゃないか?
カネがなくて困る人が多いのは、経済の成長が足りないからではなく、富の分配の仕方が間違っているからなんじゃないのか!?
──この本には、こんな「資本主義」という経済の仕組みに対する自分なりの怒りが、身近なものに関する細かいデータを満載しつつ、ぶつけてある(もちろん原発についても書いている)。


では資本主義ではない「依って立つもの」「カネではない価値観」をどこに求めたらいいか?
その答は人により場所により様々だと思う。ある人にとっては、「フリー・エコノミー(タダの経済)」かもしれないし、「有象無象(マルチチュード)の連帯」を考える人もいるだろう(自分もそう考えてもいる)。
だからこの本では、それは何々だ、という書き方はしていない。けれども自分が何かひとつ挙げるなら、それは「自然界とのつながり」になってしまう。
この本の最後の章「自然界とのつながり」の冒頭にある「人間界の外側」という文章は、他のページは斜め読みであっても、ぜひじっくりと読んでもらえたらと思う(BGMはルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』か?)。
この世界は相変わらずどうしようもなくひどいが、時にはこういう気分になるのもいい。そうでなければ、やっていられない。


この本は、書き下ろしに加えて、『オルタ』やこのブログに書いてきたことを大幅に書き直して一編にまとめたものだ。なのでこれまで自分の書いたものを丁寧に読んできてくれた人には、見覚えのある文章が並んでいるかもしれない。が、ぜひ手に取って、そのまとまった質感を感じてほしい。
この本はもしかしたら、自分が今まで作った本のなかで一番いいんじゃないかと思うこともある。


●新潮社のHPでは、目次と前書きの前半が読めるようになってます。⇒『脱資本主義宣言』立ち読み
●7月24日(火)には、ロフトプラスワンで発売記念イベントをやります。出演は、鶴見済、だめ連(神長恒一、ペペ長谷川)、雨宮処凛、内田聖子(PARC事務局長)。前売り:1000円、当日1300円(飲食代別)(脱資本主義的スペシャルプライス!!)。詳細はあらためて告知します。
●本はどこで取り寄せても同じなので、なるべく地元の書店で買えば、自分の地域の活性化につながります。
●下北沢・気流舎、新宿・IRAでは、メッセージ付きサイン本を売ってくれています。他にもこの後、サイン本を置いてもらえる店が増えるかも。
●ブログはなかなか更新できませんが、twitterで言いたいことを言っています。最新情報などはこちらを ⇒ twitter(@wtsurumi鶴見済)  過去のツイート ⇒ twilog  favstar


posted by 鶴見済 at 12:30| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年08月18日

twitter始めました

広告宣伝費 上位10社.gifわけあって、やるまいと思っていたtwitterをついに始めました。

短い言葉で言えることはこっちで、長くなることはブログで書くことになると思います。どうぞうよろしく。

鶴見済twitter  

図は、関係あるわけないが、07年度の宣伝広告費上位10社。東京電力など入っていない。つまりメディアにとって東電以上に批判禁止である大企業はまだまだある。特にトヨタ、電通などは敵に回してはならないことで知られる。

posted by 鶴見済 at 17:54| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

石原慎太郎の原発礼賛発言集(追記あり)

石原慎太郎.jpg

石原慎太郎は、わざわざ被災・原発事故後の福島まで行って、日本経済のための原発推進論を公言するほどの原発推進論者だ。原発で儲けたい連中が勝手にやったこととは言え、福島の原発は東京のために作られたのだから、今都民がこの人物を知事に選んでしまうことがあるとしたら、その意味は重い。以下はその発言の一部。


「完ぺきな管理が行われれば、東京湾に原子力発電所を造ってもいい」「(日本には)それだけの管理能力があると思うし、技術もある」(2000年)

(新潟県刈羽村の住民投票でプルサーマル計画への反対が過半数となったことについて)「一部の反体制の人たちがたきつけて、日本をぶっこわしちゃおうということだろう」

「原子力発電所は仕事をすればするほど、危険だというわけも分からない理屈で反対している。東京湾に造ったっていいくらい日本の原発は安全だ」

「日本の原子力発電所の管理体制は世界で一番」(2001年)

「今までも訳の分からない連中が原発反対というので、福島に押しかけていって、デモなんかをやったらしいけれども」「私は基本的に原発の推進論者」 (2011年3月23日)


表現の「有害」扱い(自分もこの被害にあいそうになり大変だった)、女性・外国人・同性愛者の差別、そしてこの原発推進、等々からしても、こういう人物を自分たちの代表に選ぶことはない。落選させよう(と書くことには何の問題もない。特定の候補者を当選させるために書きまくると、公選法に触れる可能性も多少あるらしい。)


発言引用元:石原都知事 原発で暴言数々 (赤旗) 

「東京湾に原発」 ? (弁護士・澤藤統一郎氏のブログ)

(追記)候補者のエネルギー政策を知りたい有権者の会 石原慎太郎(78)
「現在の電力消費を前提とした産業構造や日本人の生活様式の根本体質が変わらない以上、単純に、今回の事故をもって、原子力全てを否定することだけでは解決しない。」「観念論や感情論に流されることなく現実を直視する姿勢が大切である。」
原発推進派の全員に、この放射能汚染の現実を直視してもらおう。

posted by 鶴見済 at 22:18| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

”安心”が煽られている

tokyo_radiation.png安心を煽る危険な人たち”はついに、「放射性物質を飲み込んでも安全」と言い始めた(註1)。

今や東京ですら、乳児が水道水を飲めないのだ。値がもう少し増えて、皆が飲めなくなったらどうするのか?

パニックと”風評”を押さえつけるのではなく、原発に近い地域の子どもから順に、水が飲める場所に避難させたほうがいいんじゃないか。そういう形で安心を与えたらどうか。

そして我々のこの怒りや不安は、正しく、原発とそれを推進してきた人たちにぶつけるべきだ(註2)。


(註1)放射性物質Q&A:どう対応 ヨウ素、体内8日で半減 (毎日jp)

    飲んでも心配なし…入浴・洗髪OK (読売。推進派研究者が語っている)
(註2)27日は大きい原発反対のデモがある。 ⇒銀座デモ・パレード

(ちなみに同じ日には、宮下公園のナイキ化に反対するデモも。⇒守る会
(参考)放射線による内部被ばくについて:津田敏秀・岡山大教授

日本原子力産業協会会員名簿 (これだけたくさんの法人・自治体が原発で儲けてきたのだから、推進派もやめたくないんだろう。ただしこれらのほとんどは、単なる下請け・関連企業だと思うが。)

(再掲重要発言)原発「津波に耐え素晴らしい」 原子力行政「胸を張るべきだ」 経団連会長が発言 (北海道新聞) これが16日の発言であることにも驚く。

図は、ここ1週間の東京の放射線量の推移。
posted by 鶴見済 at 23:10| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

アメリカ大使館と経団連に行こう!(追記2件あり)

都内で行なわれた反TPPデモ.jpg日本の経済界とアメリカ。この国に住む我々を支配しているのは、こいつらなんじゃないかと秘かに睨んでいる、その連中の本拠地に向かうデモが、20日と26日にある。

20日(日)、沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設に反対するデモはアメリカ大使館に向かう。

高江にヘリパッドを造らせるな! 沖縄に基地はいらない!〜アメリカ大使館デモ〜
そして26日(土)、TPPに反対するキャンドル・デモは経団連へ行く。

TPPでは生きられない!座談会(&デモ)

そしてこのTPPがまた、日本の農林水産業と経済界の対立というだけではなく、アメリカによる侵略でもある(註)。

エジプトでもそうだったが、不満はまとめて相手に見せないと、事態はよくならない。


(註)参考:中野剛志:TPPはトロイの木馬

参考報道:TPPに「反対」「慎重」が7割 都道府県・政令市の議会

日豪EPA、結論持ち越し 崩れる菅政権のシナリオ (朝日)

「豪州は日本に対し、小麦、砂糖、牛肉、乳製品の関税撤廃を要求。日本側は自動車輸出にかかる5%の関税撤廃や、鉄鉱石やレアアース(希土類)など天然資源の安定供給の確約を求めた。」

(オーストラリアとのEPAは、レアアース騒ぎが起こるはるか前から問題になっている。日本の最大の目当ては、オーストラリアの「自動車の5%の関税撤廃」なのだ。こんなくだらないもののために、食べものの自給を犠牲にするとは!)

TPP断固反対! 1000人以上の青年農業者が東京都心でデモ行進 (農協新聞、このニュースはテレビや大手新聞でも報じられた<写真も>。こういうデモはマスコミが報道しないだけで、日本中で起きている。TPP参加を絶対的に肯定しているマスメディアが、この問題を中立的に取り扱うなんてことがあるだろうか? 今やマスコミは、経済界の大政翼賛会だ)

関連日記:アメリカに侵略されている

(追記)20日のアメリカ大使館デモの出発点、コース変更については、下記ブログを参照。    ⇒アメリカ大使館前を通るデモコースを却下

(追記2)

20日のアメリカ大使館抗議で、2人の逮捕者が出てしまった!

我々はエジプトや中国とは違う自由な国に生きているのだ、と思うかもしれないが、そうでもない。肝心なところに行こうとすれば、絶対に行けないようになっているのがわかる。

20日のデモは、アメリカ大使館前を通るコースが却下されたので、大使館前で抗議をしようとすると、2〜300メートル手前に警察が3重になって人垣を作り、絶対に行かせない。当然接触が起きるが、そうすると今度は「公務執行妨害だ」と叫びだして、逮捕してくる。

詳細は⇒アメ大救―2・20アメリカ大使館前弾圧救援会


エジプトやヨーロッパを見ればわかるが、ハッキリ言って我々のデモなど、世界的に見て大人しすぎるくらいに大人しい。こんなにたくさんの警官など完全に無用で、まるで前衛演劇を見ているようだ。

高江も上関も由々しいが(註)、この「警察問題」もまた、この国の民主主義にとって、非常に由々しい。

(註)上関では中国電力が、なんと深夜2時にやってきて、工事を再開しようとしたらしい。

虹のカヤック隊

原発予定地の埋め立て本格着工 反対派ともみ合い (朝日新聞、海の写真がとても美しい)

posted by 鶴見済 at 16:33| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

エジプト革命を日本人はどう見ているのか?

!El Pueblo Unido, Jamás Será Vencido! (皆がつながれば、負けることはない。)                ──ラテンアメリカ民衆の抵抗運動のコール


キャンプと人で埋まるタハリール広場.jpgエジプトの革命は素晴らしい。そしてこれを見ていると、どうしても「じゃあ、我々は何なんだ!?」と思ってしまう。ヨーロッパや北米でも、もちろん南米でも、大規模なデモが頻繁に起きる(註1)。日本人はなぜこんなに従順なのか、と。

気になるのが、「とにかく一日も早い安定を」「周辺諸国も不安定化する懸念」「観光による損失が一日当たり30億円」「石油供給への影響は?」などという、ニュースで散々聞かされてきた台詞だ(註2)。

こういう台詞は、民主化に賛成か反対かという域を超えている。そんなことはどちらでもよく、安定していさえすればいいのだ。極めてビジネスマン的である。そしてこれが日本人の革命やデモに対する、平均的な感覚なのではないか?

こいう立場はわかっていないのだ。自分たちの意見も聞き入れられない社会に生きているなら、どれだけ安定していも、どれだけカネが儲かっても、幸せでもなんでもないことを。


(註1) 欧州、アラブ諸国世界各地でデモなのに なぜ日本はこんなに静かなのか? (東京) ここでは記事の前文しか読めないが、大手新聞がこういう特集記事を組んでいるというだけでも、特筆に値する。

(註2)ムバラク政権崩壊:日本、不安定化を警戒 (毎日)

「(速やかに)憲法からの逸脱状態が回復されることを期待する」(12日、前原誠司外相談話)、「民主主義が育っておらず、この状態で大統領がいきなり辞めてどうなるか」(外務省幹部、←ここの部分の記事が後に差し替えになっていた!)、だそうだ。これが民主主義でなくて何なのか聞きたい。

感動映像:ムバラクが辞任した瞬間のカイロ・タハリール広場 (YouTube
写真は、とんでもないことになっているタハリール広場。真ん中がキャンプ・サイトでそれを数十万人の人々が取り囲む。誰が仕切るわけでも、警備するわけでもないのに、混乱などない。

posted by 鶴見済 at 23:49| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年02月02日

なぜヒトは革命するのか?

「おそろしい仕組みをつくって人びとをいじめていた者たちと、『仕方がないよ、そういう仕組みなんだから』と従いつづけていた者たちは、ある日、とつぜん町のなかが騒がしくなったと思うと、次の日には、かならずパンツ一丁で逃げまどうことになるのでした。

灰色は、その歴史を、なるべく人びとに見せないようにしていました。それは、あまりにも大きな、楽しさとか、喜びとか、希望とか、優しさとか、おもしろさを、人びとに与えてしまうからでした。」  ──小沢健二、『うさぎ!』第二話より(註)


egypt.jpgエジプトで起きている革命を見ると、どうして怒った人々はこうも同じ行動をとるのかと驚く。まず街の中心の大きな広場に大勢で集まり、行進しようとする(今回行進は見送られたが)。人々は手にメッセージを書いた紙やボール紙を持ち、皆で同じ言葉を叫んで気勢を上げる。

自分がリアルタイムで見ることができた86年のフィリピン革命も、89年の東欧革命も、そしてこの北アフリカの革命も、はるか昔のフランス革命もこういうことだった。

これは、今我々がデモでやっていることともそっくりだ。デモに行く“意味”というものがわかるような気がする(そして、警察がデモを押さえ込もうとすることの意味も。彼らはデモが恐いのだ)。


我々だって、「仕方がないよ、そういう仕組みなんだから」と従いつづけなくていいのだ。50年間もほぼ一党独裁の政治を許してきて、ようやく自分たちが選んで政権交代をしたと思ったら、その2番目のリーダーが、前の独裁政権とまったく同じ政治を始めてしまったんだから。


(註)この言葉は、小沢健二の『毎日の環境学』の帯にも、何の説明もなく書かれている。

参考ニュース映像:エジプト情勢:軍部の一部が政府方針に背き始める (YouTube(現在進行中の革命で一番グッと来た、軍と市民がひとつになった瞬間を報じている)

革命生中継テレビ:アルジャジーラ・イングリッシュ

posted by 鶴見済 at 21:25| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月18日

正月の山谷で”豊かさ”を感じた

山谷 共同炊事2.jpg今年の正月(2日)は、山谷(とその近辺)の餅つきと共同炊事に行った(註1)。

寄せ場の炊出しというと、支援をする人が猛烈な勢いで食事を作り、配っているのかと思ったら、ここでは支援をする人とされる人の区別はなかった。

午前中には皆で、ワイワイと餅をつき、餅をちぎり、それでもあっという間に100人分の雑煮が出来上がった。午後は同じようにワイワイとやっているうちに、チゲ鍋ご飯300人前がズラリと並んだ。これを皆で一斉に立ち食いする様は壮観だ。

そして炊き出しに来ている人たちは、初対面であっても、一緒に作業をしていても、とても話しやすい。
“豊かさ”とは対極にあるはずのこの場所で、確かに“豊かさ”を感じた。皆で競争から降りてしまった時のような気分。世の中の空気もこうなればいいのだ。

共同炊事は毎週日曜日に行われていて、もちろん誰でも参加できる(註2)。


(註1)渋谷では、ナイキのせいで宮下公園が使えなくなったっため、美竹公園で年末年始の炊き出し・催しが行われた。⇒渋谷越年越冬闘争 (YouTube

(註2)詳しくは⇒ 山谷労働者福祉会館HP

写真は以前の、山谷での年末年始の共同炊事の様子。

posted by 鶴見済 at 22:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年12月23日

沖縄・高江で米軍基地建設が始まった

高江の上空にぶら下がる米兵.jpg新聞の世論調査では、普天間基地の国外移設を望む人が、沖縄だけでなく全国でも最大多数を占めている(註)。それなのにまだ国は、沖縄に米軍基地を広げようとしているのだ。

UAが賛同していることで知っている人もいると思うが、沖縄では辺野古だけでなく、北部の村・高江でも、長い間米軍用ペリパッド建設反対の座り込みが続いてきた。ここでとうとうフェンスの設置工事が強行された。これに反対して、新宿でもデモが行われる。

ゆんたく高江  やんばる東村 高江の現状


「国民の意向」より「アメリカの意向」を、この国の政府は尊重してきた。この国の政策は軍事に限らず経済でも、アメリカのコピーみたいなもので、軍隊も資本も農産物も規制緩和も、アメリカの言いつけどおりに招き入れてきた。それにこのまま耐え続けるのは、あまりにもやってられない。


(註)
普天間日米合意「見直しを」6割 朝日新聞世論調査

写真は高江上空での米軍の訓練。ヘリに吊るされているのは米兵。こういうものが自分の家の上空にぶら下がっていたら、誰だって嫌になるだろう。

posted by 鶴見済 at 15:32| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

APEC反対デモと”NO!APEC TV”出演(追記あり)

芋掘り3.JPG大新聞が経済・産業界のための自由貿易推進を叫ぶなか、明日はいよいよ空前の無意味な厳戒態勢を向こうに、反APECデモがある。
そしてその日の深夜(14日)0時から3時間、“NOAPEC TV”というインディ・メディアの番組に出て、国内外のデモの話をする予定。

NO! APEC TV 48時間ライヴ・内容


大企業の広告費に依存しているマスコミは、もちろん主張も大企業に追従している。だからこそ、インディ・メディアを見てほしい。

写真は、今年畑で共同で作ったサツマイモの一部。これを他の畑の野菜とともに、その場で煮て食べたのはよかった。夏のジャガイモ収穫の時にも思ったが、自分たちで作物を作って料理して食べるのは、味がどうかというレベルを越えた、得体の知れないよさがある。「生きること」とは単にこれだけのことだ、という本来の単純さに触れるからなのかもしれない。そのくらい我々の「生きること」は、複雑でわけがわからなくなっている。こういう価値を、食べ物など全部輸入すればいいという自由貿易論者は、なかったことにしている。

(追記)NO!APEC TVを夜遅くまで見てくれた皆さん、どうもありがとうございました。番組のアーカイブがアップされました。冒頭には当日のデモの映像もあります。⇒民衆のデモス

posted by 鶴見済 at 22:07| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

『Rooftop』の宮下問題インタビューに答えた

ロフトが出している音楽文化雑誌『Rooftop』(註)で、宮下公園問題を中心にインタビューを受けた。記事はネットでも読める(誌面に印刷されたものとは内容が若干違っているが、こちらが本文)。

鶴見済が語る!! 宮下公園ナイキパーク化問題


宮下公園 シルクスクリーン 011.jpg宮下問題については、例えば ⇒AIRのサイトのQ&Aのページ などに詳細に書かれているので、そういった話は省かせてもらって(そもそも自分はそれを語るような立場にはない)、ここではこの問題を取り巻く状況や、反対運動に対する人々の反応などについて多く話している。例えば以下のような。

「弱い人のために色々と頑張ってる人に向かって、弱い人がガンガン文句を言うみたいなことを安易に、行政に誘導されるがままに、やってきちゃったというか。『小泉最高』とか言っちゃったりして。だから弱い人が弱い人を叩くみたいなバカなことはやめて、まとまって自分たちの生きやすい社会のために抵抗した方がいい。(註2)」

「新しい携帯が出たとかいってそれを喜んで買うとか、新しい公園作ってくれないかなとか、そういう受動的なことばっかりが喜びじゃないですか。娯楽に限らずDIY的な生き方をもっとやっていかないと、ほんとに企業の手のひらの上で遊ばされてるだけになっちゃうでしょう。(註3)」


(註1)『Rooftop』はロフトが出している音楽・文化情報フリーマガジンで、レコード屋やライヴハウス、ロフト各店などに置いてある。自分も80年代の頃からの『Rooftop』を今でもたくさん保管しているが、今号で紙媒体としては最後になるそうで、そこに参加できて光栄。

(註2)関連日記:エリートがB層(大衆)をだましている (B層とは、「具体的なことはわからないが、小泉首相のキャラクターを指示する層、内閣閣僚を指示する層」のことだそうだ。ただし責められるべきなのは、もちろんだまされた方ではなく、だました方。)

(註3)関連日記:電通の広告戦略を分析する
写真はインタビューにも出てくる、宮下で作ったシルクスクリーン。意外に簡単に作れた。

posted by 鶴見済 at 19:48| 日記 | 更新情報をチェックする