2010年07月14日

誰が自民党に入れているのか?

比例代表の得票数.jpg

「なんで自民党が勝つんだよ」という、それこそ子どもの頃からのあの選挙の後の幻滅を、また食らった。
鳩山が支持率を暴落させたのは、普天間基地を辺野古に持っていくことにしたからだった。それに代わった菅直人が支持率を下げたのは、消費税を10%に上げると宣言したからだった。
国民はそれらに怒ったはずだった。その結果が、元々辺野古案と消費税10%を提唱していた自民党の勝利(と、それらに強く反対してきた社民党や共産党の衰退)だったという事実をどう考えたらいいのか? 本気でそれらが嫌なら、民主のほうがまだマシなのだ。まったくバカげた投票行動だったってことなのか?


もしかしたらこんな見方は、「都市部の無党派層」である自分から見た投票の理屈であって、選挙というのは、自分のよく知らない「党派層」が動かしているのかもしれない。
小沢一郎は自民党に張りついていた地方の利権集団を、ひとつひとつ引き剥がして民主党支持に鞍替えさせ、政権交代を実現したと言われる。例えば、かつて自民党の集票マシンと呼ばれた、地方の建設業、農業、医師、運送業、商店などの各業界団体。少なくともこういう層にとっての問題は、政党の理念などではなく、国政とのパイプになってくれるかどうかだけなのだから、民主が嫌なら自民という選択も、全然不可解ではない(註)。

菅直人.jpgもしそういうことで投票先が決まるなら、この国の選挙=間接民主主義は、とっくに機能していない。

それでも、社会に自分の意見を反映させたければ、あとはもう直接、デモや集会や抗議行動などで訴えるしかないのかもしれない。そういう方法がほとんどないのかというと、実はいくらでもあるわけだから。
あるいは完全に諦めてしまうかだが、それはつまらない。

(註)とは言っても、業界団体がそう動いたという根拠があるわけではないし、実質的にはそのどちらかしか選べない選挙区ばかりだったので、小選挙区制度の問題とも言えるし、社民・共産は減っても、新自由主義的小政党の“みんなの党”は伸びているのだから、何とも一概には言えず、そこがまた嫌な選挙結果なんだが。
関連日記:選挙が民意を反映しないわけ
図上は比例代表区の得票数。ちなみに民主党は比例代表区だけでなく選挙区でも、得票率では自民党に勝っている。下は消費税増税のため、経団連や大新聞から擁護されている首相。みんな、元気な日本なんか復活させてほしくないそうだ。

posted by 鶴見済 at 00:56| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

「経済界優先」という逆コース(追記あり)

法人税率の推移.gif直人にここまでムカつかねばならないのは、とても残念だ。

「国際競争力高めるため」と言って、企業には減税して、アジアへの進出を助ける。その代わりに、一般人には消費税を増税する。理由は「財政赤字だから」。こうして「経済成長」したがる。

彼がやろうとしているこれらの政策は、自民党の安倍内閣がやろうとしていたことと、まったく同じである。


なぜそれほど同じなのかというと、日本経団連をはじめとする経済界(財界)は、自民党政権時代からずっと、これらの政策を強く政府に迫ってきたからだ。今や菅直人は、経済界からも自民党からも、経済界の一員である大新聞からも拍手を送られている。

そして安倍内閣がこの政策をやりたくてもできなかったのは、参議院選挙で小沢民主党が過半数を取って、これに反対したからだ。こんな格差を広げる政策には、一応「国民の生活が第一」と謳っていた民主党は、当然反対だったのだ。

参考日記:企業減税が遠のいてよかった (2007年9月15日)


一体どういう状態になるまで、いつまで経済成長したいのか、なんてことを言うよりも、単に国民より経済界の利益優先へと民主党が変わったことに驚くべきだろう(註)。


沖縄の基地は「日米合意の通り」に辺野古。そしてこの経済政策。親米、親経済界の政治だ。今や自民党が民主党との違いを出すのに苦労しているのだから、これらの政策が気に入らない人は、今度の参院選こそ、いよいよ社民党か共産党に入れるしかなくなったはずだ。理屈としては。それでもこの二つが支持されないとしたら、もうそれは理屈を越えた何かだとしか言いようがない。

(註)菅直人は、海外への大使に商社や証券会社の幹部を起用するという、異例の人事も行なっている。それらの企業に都合のいい国交を築くなと言うほうが無理だ。
中国大使に伊藤忠相談役の丹羽氏決定 異例の民間出身(朝日)

図の数字は、法人税の実効税率ではなく表面税率の推移。税率の高かった80年代に、日本は驚異的な国際競争力で工業製品を輸出して“貿易摩擦”を起こし、叩かれていた。

(追記)
日本の財政は危機的ではないというお墨付きが、G20とIMFから与えられてしまった。
日本の国債は、ほとんどが国内で買われている(つまり債務があっても”対外債務”ではない)ので安全である、とは以前から言われていた。信用がグラついた時に、一気に売られるようなことはないだろう、と。
それなのに、「このままではギリシャのようになる」と消費税増税の必要性を強調した菅直人に、「ふざけんな」の一言もないのはなぜか。
「13年までに財政赤字半減」 G20閉幕、日本は例外 (朝日)
「日本については、経済規模に対する債務残高が飛び抜けて大きいが、そのほとんどが国内の貯蓄に支えられているため、例外的に目標を守らなくてもよいことにした。 」
日本の財政「差し迫ったリスクない」 IMF専務理事 (朝日)

posted by 鶴見済 at 01:33| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月15日

企業減税が遠のいてよかった

「選挙なんかでは何も変わらない」と思い込んでいたが、今回は違った。
自民党が大敗して参議院で与野党が逆転したおかげで、「憲法改正バカ」の首相が辞任しただけでなく、“企業減税”も難しくなってくれたのだ。

経団連をはじめとする経済界(財界)は、大企業への40パーセントの実効税率を10パーセントも引き下げて、4兆円の大減税を行なうように強く要請していた。そしてこれは、経済界のほぼ「言うなり」になっていた安倍が言う「成長戦略」の重点でもあったのだ。
さらには、その財源を確保するため、消費税の引き上げを前提にしてたんだが、これも参議院で野党の合意を取りつけなきゃならなくなったので、簡単にはできなくなった。
経済界は今、必死になって「改革を止めるな」と政界に働きかけてるので、まだまだ予断を許さないんだが。

ではなぜ経済界はこんな“企業減税”をしたがるのか?
一番の目的は企業の国際競争力を強めて、しかも外国の資本が税金の安い国内に入りやすくするため、つまり経済のグローバル化を押し進めるためなのだ。
もう大企業は十分に強くなって海外に進出しすぎてるし、これ以上外資に入ってこられても困るっていうのに、だ。

グローバリゼーションというやつはこんな形でも、我々の生活を苦しめようとしていて、そ
れに歯止めをかけるには、選挙だって有効だったらしい。民主主義もまだそんなに捨てたもんじゃない。

posted by 鶴見済 at 17:08| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

選挙が民意を反映しないわけ

今の選挙制度は、ちゃんと我々の「民意」というやつを反映できてるんだろうか?
ここしばらく、自民党がやりまくってる国会での強行採決は、ひとえに2005年の総選挙で”圧勝”させてしまったツケと言える。しかしその“圧勝”ですら、当時の小泉自民党がそれほどの国民の支持を得た結果かというと、そうでもない。

小泉前首相は一昨年「突然の衆議院解散→超短期決戦」という、準備ができていない野党にはことさら都合が悪い状況で選挙を強行して、史上第2位の296議席を獲得した(民主党は113議席)。
それでも
小選挙区での得票率は、自民党48%、民主党36%、比例代表区では、自民党38%、民主党31%で、過半数も票を取れていないうえ、2位の民主党との差もそんなには開いてなかった。特に東京では、得票率自民50%、民主36%だったのに、議席数は自民が23、民主はたったの1(菅直人だけ)だった。
1選挙区で1人しか当選者が出ない小選挙区制度では、2位以下の候補への票がすべて死票になる。得票率のほうがより民意に近いのに、それを議席数に反映させない、しかも大政党にばかり都合がいい制度をわざわざ採用してるのだ。
この時の“圧勝”もまた、ひとつには小選挙区制度のせいだったわけだ。


その小選挙区制度について参考になる記事を紹介しておく。


【小選挙区制改正問題】

小選挙区制改正問題の動きは、鳩山一郎内閣(1954〜56)のときに、再軍備をはかるための憲法改正の実現をめぐってもちあがったが、世論の反対とゲリマンダリング(特定の政党に有利になるような不自然な形で選挙区を定めること)になりやすいというので、実施されなかった。
ついで、1973年の田中角栄内閣のときに自民党の得票数が50%を割ったため、小選挙区制と比例代表制の併用案を採用する動きがあった。しかし、これも世論と野党の反対によってつぶされた。
いずれの場合も、小選挙区制の採用によって保守党に圧倒的に有利となり、400議席以上を獲得するであろうことが推定されたからである。
(学習参考書『新現代社会』 田中浩他著、数研出版より)


「400議席以上を獲得するであろうことが推定された」!
つまり、国民の支持の有無にかかわらず、選挙のやり方しだいで獲得議席数なんていくらでも増やせるということだ。
(ちなみに、中曽根元首相が86年に史上最高の300議席を獲得したのは、「突然の解散→衆参同日選挙」という、選挙資金に乏しい野党にとって極めて不利な選挙を強行した時だった。)

政治家というのは何よりも選挙の専門家であって、勝つためにはPR会社を使ったり、有名人を候補に立てたり、ありとあらゆる手を駆使してくる。選挙に「民意」を反映させて、まともな民主主義をやろうなんて、はなから思ってないのだ。
7月の参議院選挙でも、こっちをだますためにすでにどんな手を打ってきてるのか、よく見ていていたほうがいい。そういう手口を知るだけでも面白いし。
posted by 鶴見済 at 21:15| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

エリートがB層(大衆)をだましている

B層のポジション.pngごく一部のエリート(と自負している人たち)が、大勢の人たちを犠牲にして、自分たちばかりが利益を得るような社会を作っていきたかったら、どうするだろうか?

普通の民主主義社会では、まともにやっていたのでは多数決で負けてしまう。そんな時にやるのが世論操作や大衆操作、つまりその大勢の人たちをある意味で、聞こえは悪いが、「だます」ことだ。自分で判断ためのする材料を提供するのではなく、都合のいいほうに誘導するのだ。
民主主義社会というのは初めから、こういうダーティな側面を持っている。

この国でそれが行われている証拠として一番わかりやすかったのが、前回の総選挙の半年ほど前に国の依頼を受けてあるPR会社が税金で作った、かの有名な『郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略』の企画資料(↓)だろう。

http://tetsu-chan.com/05-0622yuusei_rijikai2.pdf

この資料は、隅々までいちいち興味深いんだが、それはこの国が陰でやってる重大なことの氷山の一角が、ここに見えてしまってるからなんじゃないか?

ここで“B層“というのは、主婦や子供やシルバー層、「具体的なことはわからないが、小泉首相のキャラクターを指示する層、内閣閣僚を指示する層」とされていて、「最も重要な点は、郵政の現状サービスへの満足度が極めて高いこと」(!)だそうだ。そして「B層にフォーカスした、(郵政民営化合意のための)徹底したラーニングプロモーションが必要と考える。」らしく、そのプロモーション戦略もあれこれ考えられている。

そもそも「民営化」というのは、公営だったものを資本主義経済のフィールドに放り出して、国の負担を減らし、自由競争にさらすという、新自由主義(ネオリベラリズム)の基本中の基本政策で、結果的に損をするのは大勢の一般の人たちのほうだ。しかもその人たちが現状に極めて満足してるっていうのに、こういうことを考えるとは……。

このB層を「IQが低い」と位置づけたことがことさら話題になったけれども、それはまるで悪徳商法に長けた人が、「引っかかるほうがバカなんだ」と言ってるようなもんだ(悪徳商法でも大衆操作でも、だまされた側じゃなくて、だました側を責めるべきだろう)。
こういうことを言う人たちは、エリート意識の塊みたいなものだろうから、エリートに都合のいい政策はどんどん広めたいだろうと思う。

そしてPR(広報)会社なんて言っても、実態は広告代理店とほとんど変わらない。ここで使われているマーケティングとかセールス・プロモーションといったテクニックは、当然のことながら広告代理店が練り上げていったものだ。

広告業界は普段は商品の広告を扱っているが、戦争になったら政治だって扱ってきたし、最近は普通に政党のCMなんかも作っている(やらせとサクラが話題になった小泉前首相のタウン・ミーティングにも電通の社員がかかわっていた)。
こうした広告業界が絡んだ政治的な戦略には、最大限の注意を要すると言っても過言じゃないだろう。
(「エリート気取りの人たち」にも、政界人、財界人、官僚、学者……と色々いると思うが、この広告業界の人というのは、特に見えにくくてタチが悪い存在と言えるかもしれない。)

posted by 鶴見済 at 18:18| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

第2次世界大戦という愚行

大空襲後の東京.jpgヒトという生物種が文明の歴史を持ってから6千年くらいの間で、やらかしてまった数々の愚行のうち、最大の愚行とはなんだろうか?
欧米列強国がやった植民地支配と、それに伴う奴隷貿易や先住民の虐殺だろうか? 2千回以上もやった核実験だろうか? どっちも大失敗ではあった。が、もしアンケートを取ったら1位になりそうなのは、やっぱり「第2次世界大戦」なんじゃないか?

そもそも「戦争」というのがヒトの愚行の筆頭に挙がるというのに、そのスケールの大きさでも第2次大戦はダントツなのだ。範囲はヨーロッパ、アフリカ、アジア、太平洋に及んでいるし、1939年からたった6年間の間に死んだ人の数は、3千万とも5千万とも6千万とも言われている。
決して多く見積もってるわけではなく、死者5千万人としても、その頃の世界の人口が25億人にも満たなかったことを考えれば(それはそれで驚くが)、全人口の2%以上にあたってしまう。

もちろんヒトだけでなく、同時に他の生物も殺してるわけだが、他の生物が同種間で殺し合うことは例外的だとも言われる。だとすると、こういう数字を出してしまったことは、やっぱり何百年たってもヒトの歴史に残るんだろうと思う。

ちなみに、なぜこんなに殺してしまったのかというと、爆弾やそれを運ぶ飛行機などの兵器が飛躍的に発達してしまったため、民間人も攻撃しやすくなったこと、などが挙げられている(昔の戦争は、兵器が大したことなかったので被害も高が知れていたとも言える。だから兵器なんかわざわざ作らなくていいのだ)。


さて、そこでまた日本国憲法の話なんだが。
第2次大戦をやらかしてしまった国は、基本的にドイツ、イタリア、日本の3つだけだが、そのうちアジア・太平洋方面で戦争を仕掛けたのは日本だった。
で、この国の憲法は、その人類史上最悪とも言える失敗の反省というやつからできている。
だから、単に「60年たって古くなったから、そろそろ変えたほうがいい」なんていう意見は、ちょっとどうかと思う。世界遺産にしたほうが全然いい。


写真は大空襲を受けて廃墟になった東京。

関連推薦映像:『映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た』(NHKエンタープライズ)

posted by 鶴見済 at 19:46| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

軍拡が批判されない不思議

fBAERg[.jpgある国が軍隊を海外に送ったり、そのための軍備を拡大したい時に、国民に対して何をするか?
反戦・反グローバリズム知識人の代表であるノーム・チョムスキーの『メディア・コントロール』という本には、こんなことが書かれている。

国民は普通平和主義に傾いてしまうものなので、そういう時には、国が敵国の脅威をマスメディアを通じて大々的に宣伝・広告し、国民を怯えさせ、世論を好戦的な方向へ操作して、その政策を後押しさせるのだ。
この方法は、アメリカが第一次大戦に参戦しようとした時に初めて使われたもので、敵国・ドイツの恐ろしさを宣伝することによって、平和主義一色だった世論をわずか半年足らずで、ヒステリックな戦争賛成論に変えたそうだ。
その後この方法は、ユダヤ人を仮想敵としたナチス・ドイツをはじめ、多くの国で採用されて、今に至っているという。
確かにそういう例は、戦時中の日本でも、911以降のアメリカでも、いくらでも思いあたる。もはや常套手段と言ってもいい。

今の我々も、ある程度そういう国策のなかにいるんじゃないだろうか?
この国では、軍備拡大の(あるいは軍隊を持ち、海外へ送る)ために、北朝鮮や中国への敵国感情をあおるような、メディアを通した宣伝が行われていないだろうか?
国がNHKに対して、北朝鮮拉致問題の放送命令を出したことも、その一例とも見れるし。

憲法“改正”の最大の目的は、言うまでもなく、戦力(軍隊)の保持だ(それ以外にも見落とせない点はたくさんあるが)。憲法が“改正”されたら、この国が軍拡に向かうことは間違いない。
なのに、国民投票法が勝手に作られたりして、“改正“は着々と進んでいても、国民の多くがただその経過を眺めているのはなぜなんだろうか。それによって増大する軍事費を、自分たちが負担させられるっていうのに、なぜか世論が普通に平和主義の方向ではなくて、好戦的なほうに傾いてしまう。
もしかしたらその国策は、すでにある程度成功してしまっているのかもしれない。


しかし、都知事選に続いて国民投票法案の強行採決と、まったくもって政治的に最悪の状況が続いていることだ。

posted by 鶴見済 at 14:24| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

選挙には行こう

ベネズエラの民衆デモ.jpg最終的に一握りの“競争好き”の人しか得をしないような経済政策を政府が取る、というのはどこかおかしい。
いわゆる“ネオリベラリズム(新自由主義)”経済と、貧富の格差の問題なんだが。
民主主義社会である以上、そういう政策は多数決で決まってるはずだが、それによって大多数の人が損をするだなんて、民主主義がちゃんと機能していないんじゃないか? ちゃんと知らされてないというか。

例えば──。
“アメリカの裏庭”と呼ばれてしまったラテンアメリカの国々は、この“ネオリベラリズム”の実験場となってしまい、市場の自由競争化、海外資本の導入、公共事業の民営化なんかが進められた結果、富は海外に流れ出し、国内の貧富の差が極端になった。

南米大陸の北にあるベネズエラでは、人口の1割にも満たない人が富を独占してしまい、首都カラカスでは6割を越える人々がスラムの不法住宅に住むようになった。
一応民主主義の体裁は取っていたこの国で、こういうことも起きるということに驚かされる。
そこに登場したのが、今や世界の反米の星、ウゴ・チャベス大統領で、社会福祉政策を推し進めて(南米はこういう方向に向かっている)、貧困層から絶大な支持を集めている。
そして、それまでの政治を「偽りの民主主義」と呼んで批判してるのだ。

そして、日本でこのネオリベラリズムの政策を大々的に推し進めたのが小泉前首相であり、今もそれは続いている。
日本の格差の拡大は、すでにある程度実証済みのこととも言える。

あるいはこれも、別の形の「偽りの民主主義」なのかもしれない。

こうなったら、どの政策が自分の得になるのか考えたうえで、選挙に行って、投票しないとヤバイ。ちゃんと民主主義をやれば、ベネズエラのようにうまくいくはずなのだ。

posted by 鶴見済 at 11:43| 人間界の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする