2011年01月22日

日本でも遺伝子組み換えが認可される

遺伝子組み換え大豆畑.jpg日本でもついに遺伝子組み換え(GM)作物が認可されそうだ。

今回申請されたのは、医薬品系農薬グローバル企業である「バイエルクロップサイエンス社」(註1)の除草剤耐性ダイズで、日本の農水省はこれを認可しようとしているが、その前に一応人々の意見(パブリックコメント)を募っている。

これに対して、『オルタ』を出しているアジア太平洋資料センター(PARC)がサイバーアクションを起こしている(ただし今日まで)。

農林水産省パブリックコメントにあなたのメッセージを! (PARC


GM
作物を作るということは、遺伝子を組み替えていない普通の植物はすべて枯れてしまうほど強力な農薬をぶっかけるということであり、それがぶっかけられた農作物を誰かが食べるということだ。だから農薬メーカーが開発しているのだ(註2)。

これがTPPによる自由化に備えた、日本の農業の立て直しの一環なのかもしれない。完全に間違っているが、間違った方向で一貫しているので手が焼ける(註3)。

(註1)バイエルクロップサイエンス社HP

(註2)参考日記:グローバル企業は種も独占する
(註3)日本はコメの輸入自由化を警戒して、新しい販路を確保しようと、中国にコメを輸出しようとしている。わざわざ輸送に使うエネルギ−を浪費してコメの輸入と輸出を同時に拡大しなくてもいいから、自分たちで作ったコメを自分たちで食べればいい、ということくらいわからないのか!?

農産物の対中輸出拡大へ コメ含め日中が基本合意 (産経)

写真は遺伝子組み換えダイズの畑。これだけの広い面積に他の植物は一切生えない、生物多様性の対極にある場所。
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2011年01月13日

南米では革命が起きているのに

チャベスと民衆 2004年.jpgオリバー・ストーン監督の映画『国境の南』が、日本で公開されないのが痛い。
この映画では、ここ10年の間に、南米大陸で貧困層(というか富裕層でない一般の人々)のための政権が続々と生まれていることを生き生きと伝えている。今や南米では、従来どおりの富裕層優先・親米の政治を貫いている国はコロンビアくらいになっているが(日本はこのコロンビアに似ている)、この重大な事実が日本ではほとんど知られていないのだ。


その革命の先頭を切ったベネズエラでは、99年にチャベス大統領が就任して、最低賃金を引き上げ、貧困層(一般人)に無料で医療や教育を与え、スラムでの居住権を認め、職業訓練などの失業対策を進めた。アメリカとも躊躇なく対立した。国の貧困率は大きく改善し、彼はもう10年以上も人々から圧倒的な支持を得ている。

こういうふうに政治を変えることはできるのだ。社会を豊かにするためには、我々が思い込まされているように、景気を回復させ、消費や輸出を伸ばし、大企業を儲けさせ、皆がそこで雇われるようにする以外にない、なんてことはない。そんなものは”豊か”でもなんでもなく、”大企業の経営者が望む社会”でしかないのだ。


south of the border.jpgチャベスのこの政策に対してベネズエラの富裕層は、自分たちは何も生活に困っていないくせに、全力で反チャベス運動を展開している。そんな彼らの最大の武器は、民放テレビと新聞を中心としたマスメディアである。2002年には、アメリカの力を借りてクーデターも起こしたが、失敗した。この時、2日間だけ大統領の座に就いた首謀者は、軍人でも政治家でもなく、ベネズエラ経団連の会長だった(!)。

少なくともこの国では、一般層のための政治に反対するのが経団連の会長であり、商業的マスメディアが彼らのプロパガンダの道具であることは、どれだけ強調してもしたりない。日本の社会についても、思い当たることがある。


このベネズエラ革命は、南米全土に飛び火している。

このことを日本のメディアがまったく報じないのは、極めて不自然ではあるが、意図的なことなのかどうかはわからない。ただそのせいで、我々が別の選択肢(オルタナティブ)を想像できなくなっていることは間違いない。

参考:勢いを増す南米の左派政権 (知恵蔵2010の解説)
オリバー・ストーン『国境の南』インタビュー (デモクラシー・ナウ・ジャパン)

『国境の南』予告編 (YouTube、英語)
関連日記:選挙には行こう
図上はチャベス大統領とベネズエラ民衆(2004年)。下は『国境の南』のポスター。デザインはやはり黒と赤に星。
posted by 鶴見済 at 00:36| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

まずは企業を儲けさせて、というペテン

大企業の内部留保の推移.jpg「大企業が儲かれば、その儲けが下々に行き渡って、社会全体が豊かになる」という“トリクルダウン(おこぼれ)幻想”に、この社会はいつまでだまされ続けるのか?

日本で最も好景気が長く続いたのはいつだったか? それは60年代でも、80年代でもなく、2002年から07年までの69ヶ月間の間だ。「いざなぎ越え景気」とも呼ばれた。

この時期に景気がいいと実感した人はほとんどいないだろう。この時期にこそ貧富の格差が拡大し、正社員の数も平均給料も減り続け、実質的に企業には減税、個人には増税が行われたからだ(註1)。

好景気だったのだから、上のほうの一部は大々的に儲けた。けれども、おこぼれなんかなかったのだ。


日米欧の労働分配率の推移.pngそして性懲りもなくまた国は、企業に減税、個人に増税しようとしている(註2)。企業に国際競争力をつけさせることで、経済成長を促し、雇用を拡大し、給料を増やし、国民を豊かにするためだという。国民を豊かにしたければ、国民のために税金を使えばいいのだ。いつでも「まずは大企業を儲けさせてから」という話になるのは、それだけが目的だからだ。

経済界(註3)の言うことは聞く。アメリカの言うことも聞く(註4)。そして国民の言うことは聞かない。これが、この国の政府が戦後やってきたことのすべてだ、と思える(註5)。


(註1)参考:国民が「いざなぎ越え」景気を実感できない理由 (森永卓郎)

(註2)参考:法人税率5%引き下げ 個人は計5500億円増税 (朝日)

「思い切って(税率を)5%下げて、投資や雇用を拡大することで働く人の給料を増やして経済成長を促し、デフレを脱却する」との“トリクルダウン幻想”を首相が堂々と語っている。次に来るのは当然、財政危機を理由にした消費税の増税だ。これでは小泉・竹中路線と何も変わらないが、新聞がこれを応援しているのもムカつく。

(註3)経団連と言ってもいい。

(註4)参考:思いやり予算、5年間は総額維持─日米合意 (時事)

(註5)ただし鳩山内閣だけは、やや例外。
関連日記:「経済界優先」という逆コース

図上は、大企業の内部留保の推移。好景気の時期にぐんぐん増えて、今は過去最大である。下は日米欧の労働分配率の推移。労働分配率とは、つまり給料に当てる割合。こんなに給料を下げてるのだから、世界的に大企業の笑いは止まらない。

posted by 鶴見済 at 00:13| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年12月08日

すべては経済界の望むがまま

オックスファムのボトル入りのメッセージ.jpg●今メキシコでやっているCOP16では、日本の代表がどの参加国よりも強く京都議定書の延長に反対して非難を浴びている。つまり、「北」も「南」も含めたすべての国のCO2排出を規制できないなら、いっそのこと規制なんかなくせと言ってるわけだ。
これは自動車、鉄鋼、電気、石油など、CO2をもっと出したい日本の産業界団体の要望そのままだ。こんなものが、我々の総意ということでいいのか?

そもそも「北」の国々が工業化したせいで地球が温暖化しているのだから、こういう態度は今叫ばれている”クライメート・ジャスティス(気候問題における公正)”に真っ向から刃向かうようなものだ。

京都議定書の延長に反対 「公平な枠組みを」 業界9団体が提言(産経)


●三菱重工などの軍需産業が、武器輸出規制を緩和しろと政府に圧力をかけていた。もともとはヨーロッパやNATOに日本と共同で作った武器を売りたいアメリカ(の産業界)の要請だったことが、ウィキリークスのおかげでバレたが、ここでも日米の経済・産業界の儲けの前で道理が引っ込んでいる。

武器輸出三原則の見直し 防衛相が意欲、防衛産業は期待(朝日)


カンクンでのボトルのメッセージ.jpg他にも企業減税(註1)、エコポイント(註2)、TPP参加、エコカー減税(註3)、原発輸出、地デジ移行……と、どれも経済・産業界の上層部の望むがままの、時代に逆行した政策ばかりが推し進められている。

我々は、彼ら(とそれに従う政治家やマスコミ)にもっと怒っていいのだ。彼らが儲けなければ、みんなが生きていけない、なんていうのも向こうのプロパガンダなんだから(註4)。むしろ彼らが富を独占しているせいで、皆にカネが行き渡らなくなっているのだ。


(註1)11年度税制改正:菅首相「法人税5%減」 財務省に「実質減税」指示(毎日)
国にカネがないから消費税などの大衆税を上げるしかないと言いながら、カネ持ちには減税しようとしているのだから、黙っているのもバカバカしい。

(註2)家電エコポイント特需、一部で品薄 納品遅れ長期化も(朝日)
薄型テレビに買い換えることは、何らエコではないが、そんなことはもう誰も気にしていないらしい。ちなみにエコポイントは、世界経済危機でピンチに陥ったはずの家電業界を救うために取られた措置で、ここまで儲けさせるためのものではなかったはずだ。
(註3)
エコカーに買い換えることより、クルマに乗らないようにすることがエコだが、この国ではそんな常識は通用しない。

(註4)「まず富裕層が儲ければそのおこぼれが下層まで行き渡り、社会全体が豊かになる」という「トリクルダウン(おこぼれ)説」は、経済学でもとっくに否定されている。

(参考ニュース)政治資金収支報告 企業・業界団体献金の2千万円超は半減(産経)

「トップは8470万円の日本自動車工業会で8年連続。2位は日本鉄鋼連盟、日本電機工業会、石油連盟が8000万円で並び、トヨタ自動車、キヤノンと続いた。」
これらの政治献金上位団体は、軒並み京都議定書延長に反対している。
若干関連日記:反自動車産業、反経済成長、反買い替え

写真はCOP16会場のカンクンで、フェアトレード団体・オックスファムがやった、ボトル入りのメッセージ・アクション。

posted by 鶴見済 at 13:17| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

消費から降りるための9原則

「消費のエスカレーターから降りるための9つの原則」を、ハーバード大学教授のジュリエット・ショアは、著書『浪費するアメリカ人─なぜ要らないものまで欲しがるか』(註1)のなかで提唱している。

1.欲望をコントロールする

2.新しい消費のシンボルを作り出す──高級品をかっこ悪いものにする

3.自分自身をコントロールする──競争消費に対する自発的な抵抗

bnd2010-black.jpg4.共同利用を学ぶ──借り手になったり貸し手になったり

5.商業システムを解剖する──賢い消費者になる

6.「買い物療法」を避ける──消費は中毒である

7.祝い事を脱商業化する

8.時間を作る──働きすぎと浪費の悪循環に陥っていないか

9.政府介入で消費の歪みを調整する

 

自分ならここに、「買わずに自分で作る」「消費をあおる連中を止める」「マスメディアに踊らされない」(註2)「商品がどこから来てどこに行くのか想像する」等々を加えたい(「賢い消費者になる」という言い方にも違和感を感じる)。

11月27日(土)は、一年に一度、どうしても必要なもの以外は買わずに過ごしてみようというBuy Nothing Dayだ。どうしても必要と思っていたものでも、買わずにいると、そうでもなかったことに気づく。ちなみに自分は、一週間のうち半分以上がバイ・ナッシング・デイだが。


(註1)この本で著者は、消費が減り経済が成長しなくなることは、経済の崩壊につながらないと結論づけている。

(註2)マスメディアは、広告欄に限らず、経済・産業界のための宣伝の道具だ。例えばこんなニュースがあった。

原発受注、タイでも期待高まる 日本原電が技術協力協定(朝日)

「日本原電が協力者に選ばれたことで、ベトナムに次ぐ日本勢の原発受注にも期待が高まっている。」

この「期待が高まっている」の主語は誰か? 原発の輸出を期待する人がそうそういるはずはない。これは、例えば東芝や日立の上層部など、原発で儲けている一部の人間のことでしかない。けれども、新聞はこれが一般の感覚だと思って記事にしてしまっている。彼らにはそんな狭い世界しか見えていないのだ。

関連サイト:Buy Nothing Day Japan

関連日記: 服を買わせる戦略  毎日のエコロジー=反<灰色>

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2010年11月17日

トウモロコシができすぎるアメリカの事情

キング・コーン.jpg日本に住む我々が食べるトウモロコシは、90%以上がアメリカからの輸入だ。トウモロコシそのものを食べていなくても、それはスナック菓子や油など様々な加工品になって、我々の口に入っている。
けれども、そのトウモロコシがどんなふうに育てられているのかはわからない。それを教えてくれる映画が『キング・コーン』だ。

小農家を潰してできた、はるか彼方まで続く大農園で、化学肥料、遺伝子組み換え種、農薬を使って、トウモロコシは育つ。
アメリカでは70年代からトウモロコシの増産を促したため、国内で生産が過剰になった。日本の市場を完全に制覇し、メキシコの伝統的な農業を崩壊させたアメリカ産トウモロコシが、なぜこれほど世界中に輸出されるのか、という向こうの事情もよくわかる(註)。

映画『キング・コーン』公式サイト (大規模な牛の畜産現場もすごい) 


(註)現在世界中で輸出されるトウモロコシの70%以上がアメリカ産である。

類似傑作映画:『いのちの食べかた』 (最近の肉や野菜が、どんな異常な環境で育っているのかを伝えるドキュメンタリー)

写真の映画主人公たちの後ろにあるのは、トウモロコシ粒の山。自分は図書館で借りて観た。

posted by 鶴見済 at 20:00| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年10月29日

APECとTPPが日本の農村をぶち壊す

韓国反APEC2005.jpg宮下公園ではナイキ化工事が進められていて、まだまだ事態は由々しいが、APECTPPもまた由々しい。

11月に行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の最大の狙いは、アジア・太平洋地域の貿易と投資をもっとやりやすくすることだ。そして今話題のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、環太平洋地域のいくつかの国が、参加国間の関税をゼロにしようとする集まりで、アメリカが主導的立場にいる。菅直人はAPECの場でTPPへの参加表明をしたくてしょうがないのだが、農民や漁民の反対にあって足踏みしている。


では、もう貿易は十分すぎるほどやっているのに、なぜこんなものを必死になって進めようとするのか? 競争力のある大企業は海外に進出して、モノを売ったり安い労働力のある場所に工場を移したい。日本の自動車や機械産業、アメリカの穀物・食品産業などはその例だ。彼らが国に、もっと自由に世界を動き回れるようにしろと迫るのだ。

一方進出される側の産業、例えば日本の農業などは、壊滅的な打撃を受ける(註2)。


韓国反APECデモ.jpg強い者が勝つんだからいいじゃないか、と思う人がいるかもしれない。

けれども、こんな貿易自由化を戦後ずっと進めてきた日本で、何が起きたか? 食べものや木材がどんどん輸入品になって(現在木材の8割は輸入)、「農林水産業では食べていけない」と、地方ではその代わりの土木建設工事がやめられなくなった。さらには「地方では食べていけない」と、都市に人々が出ていき、限界集落と耕作放棄地が増えつづけている。一方、東京は今や世界一の人口を抱える都市になっているが、上京しても仕事がなくなった人は野宿者にならざるをえない(註3)。これと同じ現象は世界的に起きている(註4)。

こういう負の側面はなかったことにして、「黒船が来た」「開国だ」と、大企業を儲けさせるためにバカ騒ぎしているのだ。


11月13日(土)には、横浜のAPEC会場のすぐ側を通る反対のデモがある。 ⇒いらない!APEC

警察は、ありもしない「APEC粉砕を主張する過激派(!)」の幻に怯えて、空前の警戒態勢をしいている(註5)。「反グローバリズム」のテロリスト・過激派扱いも見過ごせない。


(註1)日本の農作物の平均関税は、すでにアジアで最低の12%にまで下がっている。工業化が進んでいる国は農業が廃れているということはなく、アメリカやヨーロッパは農業が盛んで食料自給率も高い。自給率はフランスが133%、アメリカが119%、ドイツが91%、イギリスが74%(02年)、日本は40%。

(註2)ちなみにメキシコではNAFTA(北米自由貿易協定)発効により、アメリカから輸入トウモロコシが流れ込んできたため、伝統的なトウモロコシ生産者のうち200万人(!)もが離農せざるをえなくなり、サパティスタ民族解放軍の蜂起を招いた。

(註3)参照:のじれんHP 「野宿を強いられている人の多くは、北海道、東北、沖縄などの地方から若い時に親元を離れて出稼ぎに来ていた人々です」

(註4)輸入農産物が入ってきたり、農業が大規模化したために、農村にいられなくなった人々が、都市に出てスラムに住みつく傾向は、特に「南」の国々で著しい。都市への人口集中の原因のすべてが貿易の自由化にあるわけではないが、「南」の国々には、巨大なスラムを抱えたメガシティが次々と生まれ、地球は「スラムの惑星」と化している。

(註5)参考:2010年APECの成功に向けて(警察庁)

APECの危機をあおるために、警視庁は目茶苦茶なアンケート結果まで発表している。都民の6割が知らないと答えたAPECについてのアンケートで、なぜ5割が危機感を覚えていることになるのか?

APEC開催 都民の6割知らずSankeiBiz

APECテロ、5割が危機感=都民にアンケート−警視庁(時事)(「国際テロ組織や反グローバリズム団体などが国内でテロや激しい抗議活動を起こす可能性」について質問してやがる。いい加減にしろ。) ⇒反グローバリズムの「犯罪化」は絶対に容認できない 
関連日記:日本の農業がほぼ終わっている
写真は05年に韓国・釜山で、農民、労働者、学生ら1万5000人を集めて行われた反APECデモ。

posted by 鶴見済 at 13:24| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

7イレブンが捨てる食品は毎日約2億円分である

セブンイレブンで1日に捨てられる弁当、おにぎり、パン、惣菜類の合計は、呆れ返ることに“1億8千万円分”にのぼる(註1)。1個500円の弁当にすると、36万個分に当たる(1店舗につき、大体弁当30個分だそうだ)。

“1年に”ではなく“1日に”というのにも驚くが、“日本で”でなく“セブンイレブンで”というのにも驚く(註2)。


食品廃棄物の年間発生量.gifなぜこんなことになるのかというと、セブンイレブンでは、各加盟店が大量に仕入れて大量に捨ててくれたほうが、本部が儲かる会計方法を取り入れているからだ(ローソンやサークルKサンクスも同じ)。売れ残った食品の負担は、各店に押し付けられるので、当然各店は見切り値下げ販売をして、食品を売り切りたいのだが、本部は儲けが減るのでそれを禁止してきた(註3)。


日本には食べ物の輸入が不可欠だ、などと言って、わざわざ遠くの国から膨大なエネルギーを使って運んできた食べ物を、こんなふうに捨てることで、特定の企業が儲ける。そのすぐ側で、食べるもののない野宿者のための炊き出しがボランティアで行なわれている。

経済学の父・アダム・スミスは、個人が勝手に利益を追求していけば、それが社会全体の利益につながると考えた。バカかと言いたい。


(註1)08年現在の数字。

(註2)コンビニからは年間500万トン、日本全体では2000万トンの食べ物が捨てられる。世界の食料援助の総量は年間850万トンにすぎない。
(註3)09年には、セブンイレブン本部の見切り販売の禁止に裁判所から独占禁止法違反の判決が出た。本部はこれを受けて、廃棄分の15パーセントを負担することにしたが、これも「加盟店が廃棄を怖れないようにするため」らしい。また、その時に言われたように見切り販売が広がってきているとも思えない。

ただし、ブランドイメージを守るために、安売りするくらいなら捨てる、という習慣なら、服をはじめとする多くの業界に行き渡っていると思う。

参考図書:『セブン‐イレブンの正体』 古川琢也+週刊金曜日取材班、2008年

       『NHK 地球データマップ』 NHK「地球データマップ」製作班、2008年
参考映像:コンビニエンスのお弁当ができるまで (サイエンスチャンネル。こうした労働も、捨てられた分だけムダになっている。このシリーズThe Makingは、身の周りのありとあらゆる工業製品ができるまでを紹介していて、必見である。)

図は、業界別の食品廃棄物量の推移。外食産業、製造業は小売業よりたくさん捨てている。
そして、関係ないが、参院選はみんなの党ではなく、社民か共産に入れるべきだ。
posted by 鶴見済 at 21:51| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年06月28日

こんなに肉を食べなくてもいい

魚の“あら(粗)”は時々買って食べているが、肉(牛肉、豚肉、鶏肉)はまったく買わなくなった。肉を滅多に食べなくなって思うのは、「それまでと何も変わらない」ということだ(註1)。

農林水産省がはじき出した、「国内で日本人の平均的な必要カロリー量を供給した場合のメニュー」を見ると、そっちのほうが普通なのかもしれない、と思えてくる。
国内生産のみで2020kcal供給する場合の一日の食事のメニュー例 


一見すると、驚くべき粗食に見える。けれども、カロリーはこれでおおむね足りている。また、右下に書かれているPFCバランス(たんぱく質、脂肪、炭水化物のバランス)を見ると、今の食事とたんぱく質の比率はほとんど変わらず、脂肪は大きく減っていて、今よりもむしろバランスがいいことがわかる。

つまり国内で、必要な食べ物を調達することは、一応可能なのだ。


世界の肉消費量の動向.gifまあ、問題は自給の方向に向けることであって、すぐにこれに移行しなければならないわけではない。ここで注目すべきなのは、今の我々の食生活と大きく隔たっている部分だ。
特に肉は、9日に1回100g程度しか食べられないが(卵や牛乳、油脂の少なさにも驚くが)、もともと今が肉を食べすぎなのだ。
牛肉1kgを作るには、エサとして穀物が7〜11kg、豚肉1kgには穀物4〜7kg、鶏肉1kgには穀物3〜4kgが必要になってしまう。こうしたエサ用穀物の増大が、生産量としては足りている食糧が、世界の全員に行き渡らない大きな原因になっている。たんぱく質は自分の体のなかで合成できるのだから(註2)、皆がこれらの穀物を直接食べるようにすればいいのだ。

それなのに、世界の食肉量は増加の一途をたどり(特に中国の伸びが著しい)、売られている弁当は肉と油ばかりに見え、肉を食べずにいることのほうが難しくなっているのだから、どうかと思う。


(註1)調子がよくなった、と言えればいいのだが、そのようにも感じないので。ちなみに、自分の知り合いには、牛乳や卵も含めて動物性のものは一切摂らない完全菜食主義(ヴィーガン)の人もいるが、もちろん健康に生きている。仏教の僧侶なども昔から、多くがヴィーガンだ。

(註2)それでも豆類など、植物性たんぱく質はなるべく摂るようにしているが。

参考:国内の農業だけで生産を行なった場合の供給可能量 (農水省)

『穀物をめぐる大きな矛盾』 佐久間智子 2010年

図は国連食糧農業機関(FAO)による、世界の肉消費の動向。60年代初頭に比べると、40年後の2000年代初頭には、4倍近い消費量になっている。
追加参考映像:映画『いのちの食べかた』予告編(trailer) 
           (たくさん肉を食べようとするから、こんな作り方しかできなくなるのだ)

posted by 鶴見済 at 14:35| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

アメリカに侵略されている

日本の大規模な米軍基地.jpg沖縄の基地をめぐる驚くべき展開はまだ続いている。この問題は終わっていないだなんて、沖縄の人にとっては当たり前のことなんだが、こういう事態に直面すると、我々はアメリカに半ば侵略されているんじゃないか、と考え込まざるを得ない。

その一番わかりやすい例は、もちろん米軍基地だ。しかも我々は、アメリカのアジアへの軍事拠点を提供しているばかりか、「思いやり予算」などという巨額のカネまで毎年支払わされているのだ(註1)。

アメリカが侵略に使っているのは、武力だけではない。

我々が戦後パンを食べるようになったのも、アメリカが小麦を日本に売り込むためだったのは定説になっている(註2)。アメリカの歴代の農務長官、農務次官は「世界支配の近道は、世界の人々の胃袋を支配することだ」と主張してきたのだ(註3)。

マクドナルドやケンタッキー・フライドチキン、コカ・コーラ、フィリップモリスなどのアメリカ発のグローバル企業も、アメリカという国と別々に動いているわけではない。まずアメリカがレストラン資本、コーラ飲料、タバコ等の自由化を迫り、日本が受け入れて環境が整ったところに侵入してくるのだ。

日本に対してこんなことをやってきた国は、他にない。

アメリカはこういう“ソフトな(経済の)侵略”も世界中で行なっている。例えば、エジプトのムバラク政権がアメリカの操り人形になったのも、主食の小麦をアメリカからの輸入に頼ってしまったからだ(註4)。どうして、我々だけは例外だと言えるだろうか?

これを、映画や音楽、ファッションなど文化全般にまで広げて考えると空恐ろしくなるが、一応それも侵略なんじゃないかと疑ってみることはできるし、完全に切り離して考えるのも難しい。少なくとも、今までが無頓着すぎたとは言えるだろう。

明日宮下公園で、米軍のヘリ発着場建設に反対している沖縄・高江の映画上映会とトークが行なわれる(註5)。別に相手がアメリカの代表的なグローバル企業・ナイキでなくても、トヨタでも東芝でも、一企業が公園を私物化(プライバタイズ)するのはとんでもないことなのだが、このイベントをそういう視点で見てみるのもいいかもしれない。

こちらが対等の国同士だと思っていても、向こうがそう思っているとは限らない。

(註1)アメリカの侵略については、今回の基地移設に関する雁谷哲氏のブログ記事がとてもためになる。毎年アメリカが、自分たちに都合のいい“ビジネス環境”などを整えるために突きつけてくる「年次改革要望書」についても解説している。⇒雁谷哲の美味しんぼ日記
参考:日本政府への米国政府要望書 (2004年、冒頭で小泉構造改革を絶賛している)

(註2)参考日記:日本人はなぜパンを食べるのか?

(註3)参考:『穀物をめぐる大きな矛盾』 佐久間智子著、2010年

(註4)参考:『世界の半分が飢えるのはなぜ?』 ジャン・ジグレール著、2003年

(註5)宮下公園野外上映会vol. (『心〜くくる〜UAやんばるライヴ』他、A.I.RのHPより)

図の赤い部分は、日本にある大規模な米軍基地。沖縄だけが真っ赤に染まっている。ここに書かれていないより規模の小さいものも含めれば、日本に米軍基地・施設は135もあり、その7割以上は沖縄に集中している。

posted by 鶴見済 at 13:12| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

「借金」は植民地支配の道具である

live8 bob geldof.jpg05年にボブ・ゲルドフ(註1)は、イギリスで開かれるG8に対して、アフリカ(註2)の債務帳消しを要求する“ライヴ8(エイト)”というコンサートを、G8主催国の8カ国で同時に開いた(註3)。この上なく豪華な出演者たちのライヴが、インターネットで世界同時生中継されるのを驚きながら見た。

けれどもこれは、彼が85年に開催した“ライヴ・エイド”(註4)のようなチャリティー・コンサートではなかった。このイベントで集めたのは、カネではなく署名だったのだ。

なぜなら、ライヴ・エイドで集めた募金280億円は、当時アフリカが返済している借金のほんの1週間分でしかなかったからだ(註5)。どれだけアフリカにカネを渡しても、それは借金の返済として、あっという間に「北」の国々に戻ってしまう。アフリカの借金を無くさなければ貧困は解決しないという、構造の問題に一歩迫ったのだ。

今や世界的に、カネは「北」から「南」に流れているのでない。その逆だ。「南」は資源や換金作物の輸出でせっかく稼いだカネを、巨額の利子とともに「北」に返しているのだ(註6)。

そして世界でも最も“貧しく”、借金の多い国に一番カネを貸しているのは日本だ。


live8 berlin.jpgではなぜアフリカをはじめ、「南」の国々は、借金漬けになったのか? 

第二次大戦後、アジアやアフリカでは多くの植民地が政治的に独立した。国は企業や個人と違って、破産できないことになっている。そこで、「北」の国々、「北」の民間銀行、IMF・世界銀行などの国際機関が、返せるかどうかも二の次にカネを貸しまくった。

60年代には、ヨーロッパの銀行に溢れていたドル(ユーロ・ダラー)が、70年代には石油の値上げ(「北」から見れば“オイル・ショック”)で産油国が儲けたカネ(オイル・ダラー)が、「北」の銀行に預けられ、「南」の国々に貸し付けられた。またオイル・ショックで不況になった「北」の国々の産業が、国内での需要が見込めなくなり、「南」に進出しようとして、援助と称して行なった貸し付けも大きかった。

こうして80年代には、「南」の国々全体で借金が返せなくなる「債務危機」が起き、90年代にはアフリカでまた同じ危機が起きた(註7)。


けれどもこれらの借金は、ほとんど「南」の人々のためにはならなかった。その巨額のカネで道路、ダム、発電所、鉄道、等々を作ったとしても、それらは資源を掘り出して世界市場へ送り出すためのものか、あるいはほとんど役に立たない大規模工事で、工事を受注した「北」の大企業を儲けさせた。あるいは単に、国の権力者の懐に入っただけのカネも多かった。

それなのに、医療費、教育費などの社会福祉を削られながら、借金の返済をさせられるのは、もちろん「南」の人々なのだ。


live8 bono.jpgそれにしてもどうして、貸しすぎになるほど北の国々はカネを貸すのか? チャリティー精神からか?

「援助」「投資」などと言うと聞こえはいいが、当面は使わないカネを利子をつけて貸し出し、カネにカネを稼がせるのは、基本的なカネ儲けの手段だからだ。カネ貸しを生業にしている銀行などは、カネを貸す相手を探しまくり、「カネを貸すのははいいことだ」と吹聴している。

結局こうした“借金”は、“武力”で「南」を支配できなくなった「北」の国々が、植民地支配を続ける道具になっている(註8)。


そしてさらに気になるのは、個人も企業も国も、借金がある限りカネを稼ぎ続けなければならないことだ。これが、無意味な経済成長をやめられない原因になっているかもしれない。

「南」の人々が「北」の奴隷だと言えるなら、ヒトは今や「借金」の奴隷だとも言える。


(註1)元・ブームタウン・ラッツ。アフリカ貧困救済の活動を積極的にやっている。

(註2)ここで言う「アフリカ」とは、サハラ砂漠以南の国々を指す。

(註3)ポール・マッカートニー、U2、スティング、マドンナ(以上イギリス)、スティービー・ワンダー(アメリカ)、グリーン・デイ(イタリア)、ビョーク(日本)等々が出演したが、有名ミュージシャンの名前は挙げていたら切りがない(が、セレブ色も濃かった)。⇒ライヴ8HP

(註4)ロック史上最大のチャリティー・コンサート。イギリスとアメリカの二会場から、これもまた当時あまりにも有名なロック・ミュージシャンが出演し、テレビで世界同時生中継された。

(註5)今なら4日分にしかならない。つまり、アフリカの返済金額は、ますます増えている。ただし、ここで重要なのは、借金の額そのものの大きさよりも、その国のGDPや収入(つまり、返済能力)に対して、返済金額が大きすぎることである。

(註6)アフリカは70年から02年までに、5400億ドルを借りて、元本を超える5500億ドルを返したが、まだ300億ドルの借金が残っている。

(註7)借金が返せなくなると、IMFが出てきて資金援助と政策提言をするが、それは、それでもなお借金を返させるためのものなのだ。

(註8)今でもこの経済的支配は、様々な形で続けられ、最近の流行は、北の企業が請け負って「南」に原発を作らせることだ。 ⇒ 政府、ベトナム原発に低利融資 (日本経済新聞)

参考:280億円はたったの4日分にすぎない(アジア太平洋資料センターの出したパンフレットだが、ネット上で読める)

『世界の貧困をなくすための50の質問』(ダミアン・ミレー他著、つげ書房新社、他

写真上は、ライヴ8で拳を突き上げボブ・ゲルドフ。中はベルリン会場。ここにいる人々も、一応みんな反G8だ。下はイベント開催の中心人物の一人、U2のボノ。

posted by 鶴見済 at 18:21| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

バブル崩壊はなぜ起きるのか?

アジア通貨危機に見舞われた国々.png金融だの投資だのマネーゲームだののことなど本来なら考えたくもないが、どうやらこれをなんとかしないと、我々の生きやすい社会もまたないことになってるらしい。

例えば97年にタイに始まり、マレーシア、インドネシア、フィリピン、韓国などの国々の通貨が次々に暴落して、経済を破綻させる「アジア通貨危機」という大事件があった。そのきっかけを作ったのが、ジョージ・ソロスという世界一有名な投機家のファンドをはじめとするヘッジファンド(註1)だった。

これらのヘッジファンドは、97年の5月にタイ通貨・バーツに一斉に“売り”を浴びせ、暴落したところで買い戻して利ざやを荒稼ぎする“空売り”(註2)を仕掛けたのだ。その結果タイ、インドネシア、韓国では財政が破綻してIMFからカネを借り入れるハメになった。タイの首相とインドネシアの大統領は失脚し、マレーシアの首相は名指しでジョージ・ソロスを非難した。この通貨危機は98年以降ロシアから、ブラジル、トルコ、アルゼンチンにまで及んだ。

ただし投機家の力だけでは、こんな大きな事態を引き起こせるものではない。彼らはその引き金を引いただけだ。

これらの東南アジア諸国は、この頃バブルの状態にあった。それは金融の自由化政策によって海外から投資マネー(註3)が流入した(つまり海外からカネを借りまくった)ことがら始まった。マネーが流れ込んでいると、貿易が赤字でも見かけ上は、経済が順調に行っているように見える。そして投資家(投機家)がもうそろそろバブルがはじけると見込んだ時、このマネーを一気に引き上げ(つまりカネを貸すのをやめ)、経済は破綻し、倒産、リストラ、失業が相次いだわけだ。この後、経済建て直しのために、IMFの構造調整プログラム(小泉・竹中の構造改革みたいなもの)を受け入れた国では、更なる規制緩和と社会福祉などの財政の切り詰め政策が取られた(註4)。
このおびただしいマネーの流入と流出こそが、80年代以降世界で頻発した経済危機の主な原因なのだ(註5)。

タイ・バンコクの建設放棄ビル.jpgまったくややこしい話で、勝手にやってろと言いたくなるが、これは残念ながら我々の人生に直接関係していることなのだ。

日本の80年代半ばの金融自由化→バブル経済(マネーの流入)→その崩壊(マネーの流出)→それに続くさらなる自由化(規制緩和・構造改革)という流れも、このサイクルに当てはまる。要するに今日本でフリーターが増加して貧富の格差が拡大している原因も、結局は我々の知らないうちに流れ込んでは去っていったマネーのせいでもあるわけだ。

そしてリーマンショックから発生した世界金融危機の原因の一端も、日本のバブル崩壊とアジア通貨危機で引き上げられたマネーがアメリカに流れ込んで、住宅バブルにつながったことにあるのだ(註6)。


つまり金融の自由化=グローバル化によって、世界中を投資マネーが儲けを求めて駆け巡るようになった結果、世界の経済はすぐにバブルを起こしては崩壊するという不安定な状態を強いられている。

金融危機後は、さすがにこのマネーの流れを規制しようという風潮が芽生えてはいるが(註7)、有効な策が取られているわけではなく(日本などはまだまだ金融自由化を進めようとしている)、今このマネーは性懲りもなく中国へ、中国へと向かっているようだ。
「自由化=グローバル化」(註8)はモノとカネの動きを自由にするが、この過剰なカネの動きは、モノの動き=貿易よりもタチの悪い影響を我々に及ぼすと言える。

では、こんなマネーゲームの被害者である大多数の我々には何ができるんだろうか? 自分はやらない、地域通貨を使うようにする(註9)、なんてことだけでは防ぎようがないこういう問題には、やはり「反対する」のが一番だと思う(註10)。


(註1)投資家から私的に資金を集めて、その巨額のマネーを為替や株に運用し、増やして返すことを目的とする会社。

(註2)株でも通貨でも、普通の儲けの手口は、安い時に買って後で高くなった時に売るものだが、これはあらかじめ安くなることを見越して、高い時に売っておいて、安くなった時に買い戻すという、下がる局面を利用した儲け方。

(註3)ここでは、普通にモノやサービスのやり取りに使われるるカネと区別するため、利ざやを稼ぐために貸したり、右から左に移したりされるカネを「マネー」と呼ぶ。

(註4)ここでどの国でも一様に、「失われた10年」のようなものを経験する。ここで失業や就職難に見舞われた人々の人生がボロボロになったりする。

(註5)そしてまた潮時を見計らってマネーが流入してくる、というサイクルを繰り返すことになる。こうしてアルゼンチンは、80年代と00年代の2度にわたって経済破綻した。

(註6)参考:『金融大崩壊』(水野和夫、NHK出版、08年)

(註7)財政破綻寸前まで追い込まれたギリシャの首相も、その原因に“投機筋の金融取引”を挙げている。⇒ギリシャ首相:米国務長官と会見 金融規制改革を求める(毎日)

(註8)言葉を変えれば、「新自由主義的グローバリゼーション」。

(註9)ただ、今のような時には特に、自分のカネがどこに行くのかを考えるのは大事。ここには儲かってほしいと思う店で、集中的にカネを使うべき。

(註10)attacという世界的な組織が呼びかける「トービン税」「国際連帯税」の導入は、その最も具体的な提案。⇒トービン税ってなに? attac京都

参考&推薦文献:『悪夢のサイクルーーネオリベラリズム循環』(内橋克人、文藝春秋、06年)、他

図上:アジア経済危機に見舞われた地域。図下:タイの首都・バンコクでは、建設中にアジア通貨危機に見舞われ、そのまま放置された高層ビルが今も建ち並んでいる。

ちなみに宮下公園では、勝手に着工させないための監視が引き続き行なわれている。これだけ多くの人が真剣に訴えてるんだから、ナイキも渋谷区もせめて真面目に耳を傾けてもらいたい。

posted by 鶴見済 at 23:24| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

経済学はいかにデタラメであるか

スリランカの茶のプランテーション.jpg「たいていのパパラギが、その職業ですることのほかは、何もできない。頭は知恵にあふれ、腕は力に満ちている最高の酋長が、自分の寝むしろを横木にかけることもできなかったり、自分の食器が洗えなかったりする。」
「一日に一回、いやもっと何回でも、小川へ水を汲みに行くのは楽しいことだ。しかし日の出から夜まで、毎日毎時汲み続けねばならないとしたら(…)、最後には自分のからだの手かせ足かせにむほんを起こし、彼は怒りのなかで爆発するだろう。まったく、同じくり返しの仕事ほど、人間にとってつらいことはないのだから」 ──サモアの酋長・ツイアビ(註1)


「どんな(劣った)国でも比較的に生産性の高い産業に特化して、それを輸出し、他のものをそのカネで輸入すれば豊かになる」。これが経済学で最も重要な命題のひとつとも言われる「比較優位(比較生産費)説」(註2)だ。この19世紀の前半にイギリスの投資家が考えた説が、今でも自由貿易を世界が推し進める論拠になっている。

ではそのとおりに、例えばコーヒーの生産に特化した「南」の国々は豊かになっているか? なっているわけがない。
理論がどうだか知らないが、現実にはコーヒー豆の相場は大きく変わるし(基本的には常に安く買い叩かれている)、輸入する食料の値段も高騰する。コーヒー豆で思うように稼げなかった年には、その国の農民は食料が買えずに餓死してしまったり、農地を後にして都市に出てスラムに住むしかなくなってしまっている。これはコーヒーだけでなく、カカオ、綿花、ゴム、ココナッツ…といった換金作物の輸出に特化した多くの「南」の国に見られることだ。豊かになるどころか、この“モノカルチャー経済”こそが飢餓の大きな原因になっている(註3)。
だというのに、世界ではこの比較優位説に則った換金作物の単一栽培が、IMFなどによって債務国に押しつけられ、ますます事態を悪化させているのだ。

カリブ海のプランテーションで働く奴隷.jpgこの比較優位説と前回書いたGDPの話は、深く関係している。
こういった分業をどんどん進めようという考えは、国と国との貿易に限らず、アダム・スミスから始まる経済学の考えの根の部分にある。つまり個人についても、得意なことだけやって、あとは他の専門の人にやってもらえば、全体が豊かになると考えられていて、やはりそのとおりに我々の社会は変わってきている(註4)。この経済の仕組みは、各個人まで”モノカルチャー化”するのだ。
けれどもそのせいで、ひとつの国がそうであるように、ある人が仕事を失ってしまったら、まったく生きるすべがなくなったり、何の役にも立ってない人扱いされるようになってしまってるんじゃないか?
今強調すべきなのは分業のメリットではなく、行き過ぎた分業を見直して、より多様で自給自足的な方向に戻すことだ。
我々は別に、社会の生産性を上げるために生きてるわけじゃないのだ。


(註1)『パパラギ』(立風書房)より。パパラギとは白人のことで、この本は初めてヨーロッパ社会を見たサモア諸島の酋長・ツイアビが、その“異常さ”を語り、世界中で読まれた演説集。
(註2)D.リカードという、アダム・スミスと並ぶ古典派経済学の大物が唱えた説。
(註3)また単一栽培は、天候不順や病害虫の発生で、全滅してしまう危険性が高いため、それを避けるためにも、多様な農作物を育てる必要性が叫ばれている。自動車をはじめとする工業製品の輸出に特化してきたこの国も、もし自動車が突然売れなくなったら、食べるものが買えるのかどうか。
(註4)今の経済学の言う「豊かさ」というのは、資本家の豊かさのことを言っているような気がしてならない。
参考比較優位全面肯定論:「超」整理日記 野口悠紀雄
関連日記:「生きるのに
必要なこと」とは何だったか?
図上はスリランカの茶のプランテーション。19世紀初頭にイギリスの植民地となったスリランカでは(その前はポルトガル、オランダの植民地だった)、輸出用の茶(紅茶)の大規模栽培を押しつけられ、今でもモノカルチャー経済から脱却できていない。
図下は、19世紀カリブ海、イギリス植民地のサトウキビ・プランテーションで働かされる黒人奴隷。

追加参考映像:カカオの真実 (カカオに限らない一次産品と搾取の話がわかりやすくまとめてある)
posted by 鶴見済 at 15:16| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

日本人が豊かになれない理由

各国のGDPの推移.jpg我々日本に住む者が“豊か”であるとされる根拠は、GDP(国内総生産)が世界で2位だということだ(註1)。豊かさを測るほとんど唯一絶対の基準がこのGDPであり、経済成長とは、単にこの値が増えることでしかない。

GDPとは「ある年に国内で生産されたモノやサービスの付加価値(儲け)を足したもの」だ。経済学でも当たり前に、「GDPが大きくなる=いいこと」と見なされてきた。

では奇跡の経済成長を遂げたはずの我々は、なぜこれほど“豊かさ”からほど遠いのか? 


GDPは簡単に言えば、我々がカネを使うほど大きくなる。

ありもので弁当を作っていくよりも、500円のランチを食べたほうが、500円のランチよりも1000円のランチのほうが、GDPは増える。

引越しをする時に友人に手伝ってもらっても、仮にその友人に謝礼金を払ったとしても、そのやり取りは市場を介していないので、GDPには加算されない。ただしこれを引越し業者に頼めば、GDPは増える。

すべての家事は、カネに換算できないのでGDPには含まれないが、子どもを自分で育てずに保育園に預ければ、老人を家庭から施設に移せば、GDPは増える。

皆が水道水を飲むのをやめてボトル入りの水を買うようにすれば、GDPは増える。公園で遊ぶのをやめて、遊園地に行けばGDPは増える。自分で服を繕わず、捨てて新しく買えば、CDの友人との貸し借りをやめて、一人一人が買えば、自転車はやめてタクシーに乗れば、野菜は作らずに買えば、カネがなければ借金をして買えば……、いずれもGDPは増えるのだ。


つまりこういうことだ。我々がカネを使わずに、自分自身で、家庭のなかで、友人と、あるいは隣近所といった共同体でやっていたことを、カネを払って誰かにやってもらうほど、それもよりたくさんのカネを使うほどGDPは増える(註2)。
DIYや自給自足や共有や相互扶助を進めることは(それどころか単なる節約までもが!)、GDPを減らし経済を縮小させるのだ。

経済学者はもちろん、カネが回れば回るほど儲かる資本家も、それらと結びついた政治家も、経済成長を「いいこと」として疑わない。特に日本人は、言われるがままにこのGDP(かつてはGNPだった)を「信仰」してきてしまった。そして我々の生きる環境は、見てのとおり徹底的に経済市場に食い荒らされたのだ。


世界中で近代化の過程を通して、共同体や自給自足圏をどんどん市場が侵食していき、人と人との繋がりを失わせて、カネを通した繋がりに変えていくことで、資本主義経済は成長してきた。それなら「経済成長するほど、我々は貧しくなっている」と言うことだってできるはずだ。(続く)


(註1)ただし一人あたりのGDPでは、日本は世界で19位(07年)なのだから、取り立てて“豊か”だと騒ぐ必要もないんだが。

(註2)そのために、よりたくさん賃労働をして、よりたくさん生産し、よりたくさんのカネを稼がなければならなくなるのだが。経済学では、支出と生産と所得はイコールということになっている。

図は各国のGDPの推移(単位:100万USドル)。今や日本と同じほど“豊か”になっている中国も、ダントツで1位のアメリカも、あまり羨ましくないのはなぜなのか?

posted by 鶴見済 at 20:56| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年02月05日

キャピタリズムへの反乱が起きている

キャピタリズム マイケル・ムーア.jpg1%の最富裕層が、貧しいほうの95%よりもたくさんの富を持っている国・アメリカで、ついに金融界や富裕層に対して、貧困層だけでなく政治家も含めた国中が怒りをぶつけはじめた。マイケル・ムーアの金融危機実録映画『キャピタリズム──マネーは踊る』にはその様子が描かれていて、元気が出る。
こういうことは、まだ日本では起きていない。バブル崩壊で就職氷河期になっても、97〜98年の山一證券や長銀の破綻による日本の金融危機以降、自殺者が3万人になっても、世界金融危機でこの有様でも、被害を受けた側の怒りは、投機家や金融・証券業界には向かわないし、国が規制しろという話にもなかなかならない。
ハッキリしているのは、このままマネーゲーム(というか資本主義)を野放しにしておくと、また必ず同じことを繰り返すということだ。

『キャピタリズム──マネーは踊る』HP

マイケル・ムーア監督インタビューDemocracy Now! Japan

posted by 鶴見済 at 23:09| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

日本の農業がほぼ終わっている

羽のないGMニワトリ.jpg我々は自分の国の農業のことを、いつの間にか忘れていないか?

今や、日本で主に農業による収入で生活している人の平均年齢は、64.2歳にもなる。普通の企業なら、もう定年退職している年齢なのだ。06年に農業を継いだ人は、医者になった人6300人よりも少ない、5000人未満だった。このままでは、10年後には日本の農業は終わってしまうと警告されている(註1)。
なぜこんなことになるのかというと、もちろん輸入農作物が入りすぎているからだ。それで食べていけないのなら、当然就業する人もいなくなる。

例えば大豆なら、関税を撤廃した70年頃から、自給率は大体5%くらいまで下がっている。今の最大の敵は、アメリカのモンサント社が作った遺伝子組み換え(GM)大豆だ。
モンサント社は、有毒化学物質PCBと枯葉剤を作った化学会社として知られるが、今では強力な除草剤とそれに耐性のあるGM作物を作って、セットで世界中に売りまくっていることで悪名が高い(註2)。
こういうやり方と政府からの巨額の補助金で安くなった大豆が、日本が自動車などの輸出を有利にしたいがためやっている果てしない関税引き下げと相まって、流れ込んできている(註3)。「遺伝組み換えでない」大豆による味噌、醤油、豆腐、納豆を選んでいても、植物油、マーガリン、マヨネーズ等々の「油」として、モンサントのGM大豆は我々の口にも入っているはずだ(註4)。

デトロイトでは、自動車工場が海外に移転して人がいなくなった跡地を無断で耕してしまう、“ゲットー・ガ−デン”が広がっている(註5)。自動車産業なき後、自分たちで食べ物を作ることにしか未来はない、という気持ちからだという。
自分も去年、友人が空地を開墾して作った畑で、大豆を大量に作って食べた。面白かった。自分たちが食べるものを自分たちで作るのは、当たり前のことなんだろうが、とても面白い(註6)。

こういう実感を奪われてもなお、我々はアメリカやアジアに売る自動車を作りたいのか? 自分の食べ物の作り方も知らない国民でいいのか? それは我々の生きる実感を奪ってないか!?

──といった風な記事を、今出ている『オルタ』09年11‐12月号に書いている。

「もうたくさんだ! vol9 大豆と日本の農業の未来」(諸事情により連載は今回で終了です)



94年にメキシコ先住民のサパティスタ民族解放軍が蜂起したより直接的な原因は、北米自由貿易協定によって、安いトウモロコシがアメリカから流れ込んでくることだった。トウモロコシの原産地に生きてきた「トウモロコシの民」である彼らは、これでは死刑宣告を受けたも同然だったのだ(註7)。

それなら主食の米に、味噌や醤油で味付けした副食を食べてきた「米と大豆の民」である我々も、黙っていることはないと思う。置かれているいる境遇は同じだ。


(註1)山下惣一「グローバリゼーションと日本農業の道筋」(『儲かればそれでいいのか』所収)他

(註2)しかもモンサントはGM種の特許権まで取って、農家が自ら種を採って翌年に蒔くことを「特許権の侵害」として禁止し、毎年膨大な量の種を買わせている。

(註3)相手の関税を下げさせるためには、当然自らの関税も下げなければならない。日本の農作物の平均関税率は12%で、アジアでは最低、世界でも最も低い部類に入る。ちなみに韓国は62%、EUは20%。日本の農業は甘やかされすぎている、などと言われるが、事実はその逆だ。

(註4)日本でも大豆の75%は搾油用に使われ、搾りかすは家畜の飼料に使われる。もったいないと思う。

(註5)参考:デトロイト/貧困救う空き地農業(日本農業新聞)、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ+辻信一 『いよいよローカルの時代』 (大月書店)、他

(註6)ちなみに、ガンガンサツマイモを抜いて、ガンガン火を焚いて、片っ端から焼芋にして食べたのも面白かった。⇒VEGEしょくどう日誌
(註7)参考:『VOL lexicon』(以文社)

関連日記:グローバル企業は種も独占する

写真は、イスラエルで遺伝子組み換えによって生まれた、羽のない食用ニワトリ「モンスター」。このほうが羽を剥く手間が省けていいのだそうだが、どうかと思う。

posted by 鶴見済 at 23:08| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

誰にでもわかる資本主義の定義

make capitalism history.jpg資本主義とは何か? 平凡社の『世界大百科事典』には、次のようにわかりやすく書いてある。

「資本主義とは利潤の獲得を第一の目的とした経済活動のことをいう。」

「貨幣が元手として投下され、もうけ(利潤)とともに回収されたとき、貨幣は利潤を生み出す資本として用いられたことになる。」

「資本主義経済においては、生産活動も生産の必要そのもののためになされるのではなく、利潤の獲得のためになされる。」

「利潤の獲得はさまざまの機会をねらって行われる。ある品物を安く買ってきて別のところで高く売ることによって、また、なにか品物を作ってそれにもうけをつけて売ることによって、さらには貨幣を人に貸しつけて利息をとることによっても、利潤は獲得される。」


つまり、例えば資本家がシャンプーを売る時、「10人いるから3本くらいあれば足りるだろう」ということは問題ではない。問題は「1本につき10円のもうけがあるから、3本なら30円のもうけだが、ひとりに1本ずつ売れば100円のもうけ、ひとりに2本ずつ売れば200円のもうけになる。なんとか2本ずつ売れないものか?」といったことなのだ(註1)。
それはシャンプーという品物でなくても、服でも自動車でも缶ジュースでも、何でもいいし、また製造業でなくてもいい。「こっちで買ってあっちで売れば一個につき10円のもうけになるから、10個売って100円のもうけにしたい」といった商業でも(註2)、「5%の利率で100円貸せば5円のもうけになるから、10人に1000円ずつ貸して500円もうけたい」といった金融業でも何でもいいのだ。

今、実際にこれらは一体化してしまっている。


もうけを大きくする方法は大量に売りつけることばかりではない。元手に使うカネ(コスト)をもっと安く済ませることでも、もうけは大きくなる。こうして、労働者の人件費は削られ、原材料が安く買い叩かれるのだ(註3)。

もうけを増やすために資本家は、より安い資源や労働力、たくさんの購買者やカネを借りる人(投資先)を求めて、世界を隅々まであさり続けている。

こんな視点で経済活動を続けられたら、モノとゴミは無限に増えつづけ、貿易は無限に拡大し、世界の負債も無限に増えていく(実際には無限になんて不可能なのだが)。
こうして環境破壊とエネルギーの浪費と格差が世界中で広がる。
我々にも資本家の仕事を手伝ってもうけをわけてもらうことしか、生きるすべがなくなってくる。

問題の中心はこのグローバルな資本主義なのだ、ということは確認しておきたい。


(註1)我々が豊かさを追求したために、モノの溢れた社会になったかのように言われるが、単に売る側のもうけ追及の結果にすぎないのかもしれない。
(註2)株や通貨を、安い時に買って高い時に売るのも同じこと。

(註3)金融の場合も、より安い利率で借り入れたカネを貸し出せば、もうけは大きくなる。金利ゼロで資金を集められるなんて、銀行にとっては願ってもないことであるはずだ。

図の”make capitalism history”とは「資本主義を終わらせろ」の意味で、今のグローバル資本主義に反対するムーブメントにおける重要なスローガン。

posted by 鶴見済 at 16:45| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

我々はアジアにゴミを輸出している

中国・貴嶼でのケーブル処理.jpg廃品回収車が無料で引き取った製品の多くが、アジア諸国へ輸出されると見られているとは知らなかった(註1)。

日本ではペットボトルも、500ミリリットルの容器(約30グラム)にして年間200億本分(!)も作られているが、廃ペットボトルの半分近くが中国へと輸出されているのも知らなかった(註2)。

我々が新商品を見たり作ったりするのと同じ熱心さで、ゴミのことも見ていれば、大量生産・大量消費を肯定するなんてことにはならないはずなのだ。


例えば、中国の香港に近い沿海部に貴嶼(グイユ)という町がある。

ここは世界最大の電子電気ゴミ(E‐waste)の処分場になっていて、手作業でテレビやパソコンや携帯電話が分解され、カネ目の金属や部品が取り出されて、残骸は野焼き・野積みされることも多い。環境と健康への害は深刻で、検査を受けたここの子どもの8割以上が鉛中毒になっていた。


貴嶼でのキーボードの処理.jpgさらに日本ではほとんど知られていないが、日本はフィリピンなどの東南アジア諸国とEPA(経済協力協定)を結んで、有害ゴミの輸出関税を削減・撤廃しようとして、各地で猛烈な反対運動を巻き起こしている(註3)。

つまり、アジア諸国から資源や製品を輸入し、ゴミを送り返すというとんでもないことをやっているのだ、この国は(日本とアジア諸国の関係は、世界の「北」と「南」の関係に置きかえてもいいかもしれない)。

それなのに地デジ移行で最大6400万台のテレビが捨てられることを(註4)、国も経済界も奨励しているのだ。文句を言わないほうがどうかしている。

もちろんリサイクルも大事だが、もっと根本的な解決策は、こういう自分たちの儲けのために大量に作っては売り込んでいる側を止めることだ!

──とかいう記事を、今出ている『オルタ』9・10月号に書いた。

『オルタ』09年9・10月号 「もうたくさんだ!vol8 ゴミはどこへ行くか?」


貴嶼での電子基盤処理.jpg日本(あるいは「北」の国々)に住む我々には、「大量生産 ⇒ 大量消費」としか見えないプロセスも、本当は「(資源の)大量採取 ⇒ 大量生産 ⇒ 大量消費 ⇒ (ゴミの)大量廃棄」という一連の流れなのだ。

この流れも始まりと終わりを見れば、ちゃんと自然界に含まれていることがわかる(我々の身のまわりにある人工物も、すべて元は自然界から採ってきたもので、かつ簡単に自然界には還らない)。そのことがわかっていれば、こんなことはいつまでも続けられないのは明らかだ(註5)。
またこの始まりと終わりは、「南」の国々に押しつけられることが多く、そこで環境破壊や健康被害や搾取が起きているが、それも同時に見えなくなっている(最近では「大量生産」の過程までもが「南」の国々に輸出されて、我々に見えているのは「大量販売 ⇒ 大量消費」のみになりつつあるとも言える)。

そして、これを推し進めているのが「グローバリゼーション」というやつだ。

 

貴嶼での携帯電話の処理.jpgちなみに、中古品のやり取りは生産活動を伴わないことになっているので、GDPには算入されない。けれども、それをすべて壊し、膨大なエネルギーを使ってリサイクルすれば、GDPに算入され経済は成長する(註6)。
これを見ただけでも、「GDPの増加や経済成長がいい」だなんて言えないことは明らかだ。まずはこの“神話”をなんとかすることだ。


(註1)廃家電、アジアむしばむ(朝日)

(註2)中国に流れる廃ペットボトル 日本のリサイクル危機に(産経)
(註3)本当に一番押し付けたいのは、“放射性廃棄物”だろうと思う。

(註4)地デジ移行で最大6400万台のアナログテレビが処分―JEITAが予測(ただしこの団体は電子工業の業界団体)
(註5)参考:『現代社会の理論』(見田宗介、岩波新書、1996)

(註6)メーカーは新品が売れなくなるので、中古市場が発達して商品のライフサイクルが伸びることに不快感を示している。

参考映像:「中国、インドでのe-waste解体労働者の現状」(グリーンピース・チャイナ作。ページの下のほうにある。英語だが映像だけでも見ごたえがある)

写真はすべて中国・貴嶼のもの。上から順に、ケーブル、キーボード、電子基盤、携帯電話が手作業で処分されている。

追加必見映像:The Story of Stuff(モノの話)日本語版 (”採種”から”廃棄”までの物質経済の流れを、裏の仕組みとともに解説した世界的な話題作。環境面から見た批判が多いが、10分目あたりから始まる”消費”の説明では、計画的陳腐化、心理的陳腐化についても解説している。)

posted by 鶴見済 at 17:44| 人間界の経済 | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

2%の人々が世界の富の半分を独占している

世界の所得の配分.gif国連大学の調査で以下のことがわかった(註1)。

●世界の家計資産の半分以上は、最も裕福なわずか2%の人々が独占している。
●同じく、1%の人々が40%の資産を独占している(2000年)。

●貧しい半分の人々が所有する資産は、世界の家計資産の1%にすぎない。
高所得国でも純資産がマイナス(負債)で、世界の最貧困層にランクされている人が数多くいる。

日本が世界で見たら裕福な国であるとは言っても、
厚生労働省の調査では、日本の貧困率は15.7%、つまり6〜7人に一人が貧困という、98年以降最悪の数字だった。こんな貧困率の高さはOECD加盟国のなかでは、メキシコ、トルコ、アメリカに次いで第4位なのだ(註2)。


最富裕層1%の国別割合.gif普通に異常事態だと思う。こういう状況をそのままにしておいて、この世界で起きている「カネがない」とか「仕事が大変だ」といった問題をどうにかしようとしても、結局どうにもならないんじゃないか?

「無意味でも、これをやらないと皆が食っていけない」なんて言いながら、無駄な新製品やダムを作ってさらなるカネを稼ごうとするより、今ある富をより公平に分配するほうが先じゃないのか?

そして半分以上の富を独占されている98%の我々が、この一人が平等に一票を持っている民主主義の世界で、なぜこんな状況に甘んじているのかも知りたいところだ(富裕層による何らかのギミックが使われてるはずだ)(註3)。


(註1)最も裕福な2%が世界の富の半分を所有(国連大学、2006年)

http://www.unu.edu/HQ/japanese/news/news2006/mrj44-06.pdf
(註2)貧困率:日本15.7% 先進国で際立つ高水準(毎日)(ただしここで言っているのは、あくまでも「相対的貧困率」のことだが)

http://mainichi.jp/life/money/news/20091020k0000e040071000c.html
(註3)日本でもアメリカでもイギリスでも、70年代後半以降、富裕層への減税が進んだ。日本では83年まで75%だった所得税の最高税率が、08年には40%まで下がっている。多数決の社会でなぜこんなことが起きるのか?

参考:09年世界の億万長者トップ20(AFP通信)(1位はマイクロソフトの社長.だが、11以下に並ぶウォルマート社一家4人の合計資産はそれをはるかに上回っている)

http://www.afpbb.com/article/economy/2580956/3906177

フォーブス長者番付・億万長者ランキング(日本の富豪40人)2009年(1位はユニクロの社長)

http://memorva.jp/ranking/forbes/200902_japan_richest40.php

図上は、「シャンパングラス」と呼ばれる所得の配分の偏りを示す図(2割の人が8割以上の富を独占している。92年)。下は、世界の最富裕層1%の人々の国別の割合(国連大学)。

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2009年10月11日

電通のPR戦略を分析する

ソフトバンク 09年夏モデル19種.png「買うことだ。どんなものでも」――アイゼンハワー元米大統領(1950年代後半の大恐慌以来の不況時に、景気回復のため国民は何をするべきか、と聞かれて)


60年代に電通PRセンター社長が著書で公にした、以下の「わが社の戦略十訓」(註1)が我々を戦慄させるのは、まるでアイゼンハワーの景気対策のように、それが今も変わらずこの社会に生きているからだ。
ただし念のために言うと、これはひとつの企業やPRの世界だけが使っている戦略ではない。売るという行為があれば、どこにでも潜んでいる手口なのだ。


1.もっと使用させろ 2.捨てさせ忘れさせろ 3.むだ使いさせろ 4.季節を忘れさせろ(註2) 5.贈り物をさせろ(註3) 6.コンビナートで使わせろ 7.キッカケを投じろ 8.流行遅れにさせろ 9.気安く買わせろ 10.混乱をつくりだせ


これらの元になったとされる、アメリカの社会学者V・パッカードがまとめた「浪費をつくり出す戦略」(註4)もあわせて読むと、よりわかりやすい。こちらは50年代のアメリカで使われた販売戦略をまとめたもので、ここではその7つの枠組みに自分なりの解説や今風の事例も含めた(註5)。


1.もっと買わせる戦略

 共有から、一部屋にひとつ、一人にひとつ、さらには一人に複数へ(註6)。例:男性用・女性用別の整髪剤、朝にもシャンプー。

2.捨てさせる戦略

 使い捨て化して、使うたびに買わせる。例:紙製の食器、使い捨て容器、使い捨て傘、使い捨てカメラ、使い捨てコンタクトレンズ、使い捨てカートリッジ……。

3.計画的廃物(陳腐)化の戦略 

 a)物理的陳腐化 丈夫・頑丈には作らない。

 b)機能的陳腐化 今持っているものは機能的に劣っていると感じさせる(実際には、新製品に余計な機能が増えているだけにすぎなくても)。

 c)心理的陳腐化 最も重要。今持っているものが流行遅れだと感じさせる。例:年に何度も発表される携帯電話のニューモデル。

使い捨てデジタルカメラ.jpg4.混乱をつくり出す戦略

 価値の判断を鈍らせる。例:「3個で○○円」、無料サービス品の添付、通話料金の割引制度、ファストフード店のセットメニュー。

5.月賦販売による戦略

 クレジットと分割払いで、現金がなくても、今買えるように。

6.快楽主義を植えつける戦略

 a)浪費の正当化──「消費は美徳」という価値観の植えつけ。

 b)浪費の口実を与える──本日限り、期間限定価格、記念日などの活用。例:「イースターは新しい靴で」「バレンタインデーには男性からもチョコを」。

 c)便利さの提供──すぐに作れる、すぐに使える、すぐに届けられる(気安く買わせる)。例:ファストフード、ネット販売。

7.人口増加を利用する戦略

 大勢の人は単に大きな市場と見なす(若者・子ども市場には“将来の顧客”も含まれているので特に大事)。例:団塊ジュニアへのマーケティング、中国・インドへの進出など。

細かくやっていると切りがないので、あとはパッカードの本を図書館で読むなどして、自分で今風の事例を探してみてほしい(この本は今でも身に覚えのある事例で溢れかえっているが)。こんな戦略の宝庫である家電用品店、コンビニ、ドラッグストア、服屋、レコード屋、スーパー、デパート等々もこういう視点で見て回れば、楽しめる場所になるかもしれない。

では、これらの戦略によってムダになっているものは何か? もちろん資源もエネルギーもムダになっているが、一番取り返しがつかないのは、これら全てに費やされている「我々の労働」なんじゃないか。

買わされている側はもちろん、買わせている側も反乱を起こすべきだ。「こんなくだらないこと、やってられるか!」と。


(註1)参考:『PR戦略』(永田久光、東洋経済新報社、1963年)他
(註2)スーパーの食料品売場は、いつが旬なのかわからなくなった果物や野菜で溢れている。

(註3)ただし、商売に乗せられているのでなければ、贈り物自体は悪いことではない。
(註4)参考:V.パッカード『浪費をつくり出す人びと』ダイヤモンド社(原著:The Waste Makers 1960, “waste”は「浪費」だけでなく「ゴミ」の意味でもあることは重要)

(註5)『ごみ問題の総合的理解のために』(松藤敏彦、技報堂出版、2007)という本によるまとめも参考にした。

(註6)50年代のアメリカでは、すべての家庭用品の売上げ倍増を狙って、「一家族にふたつの家を」という宣伝までもが行なわれた(!)。「共有すること」は、こういう戦略に対する強烈な反対行動なのだ。

図上は、ソフトバンクが発売した19種類の09年夏モデル携帯電話。下はついに発売された使い捨てデジタルカメラ、その名も「ECO digi MODE(エコデジモード)」(どういうエコなんだ!) 

参考:「使い切りデジカメ」先行販売

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0808/13/news031.html

関連日記:テレビのアナログ放送終了に反対する

http://tsurumitext.seesaa.net/article/40379344.html

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