自由貿易

「米国との間で、自由貿易協定(FTA)の交渉を促進し、貿易、投資の自由化を進める」──民主党マニフェストより 民主党が“締結”するとか、やっぱり“促進”するとか宣言している日米FTA(Free Trade Agreement)に対して、日本の農民から猛烈な反対運動が巻き起こっている(註1)。この協定が結ばれれば、アメリカからの農作物がますます入ってきて、日本の農家に一層の打撃を与え、さらに食糧自給率を押し下げるからだ。アメリカはコメや乳製品まで例外ではないと言っている。一体どうして、こんなに輸入食品が嫌われ、自給率を上げようという動きが生じている今、その流れに逆行することをやろうとするのか?答は、自動車などの工業製品をアメリカに安く輸出したいからだ。日米FTAを急いでいる主な理由は、韓国がアメリカとFTAを結んだので、アメリカへの輸出で韓国の自動車産業などの製造業よりもよりも日本が不利な立場に置かれるのが許せないからだそうだ(註2)。また自動車のためか!(註3)もちろん自民党は、戦後こういう政策を進めて日本の農業をダメにしてきた張本人だし、今でもオーストラリアとのFTAを進めていて、同じく農民からの猛烈な反対を受けている。今、自由貿易にちゃんと反対できているのは、残念ながら社民党と共産党だけだ。 サパティスタ民族解放軍が94年に蜂起したのも、このFTA(北米自由貿易協定=NAFTA)に対してだった。メキシコ最貧州・チアパスでの先住民によるこの反乱は、今でも世界中から多くの支持を集めている。…

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アルミはどこから来るのか?

日本に住む我々は、一人につき5日に2本のアルミ缶を使い捨てている勘定になる(スチール缶はもっと多い)。けれどもそのアルミニウムは国内ではまったく産出しないので、すべてを輸入に頼っている。日本は世界最大のアルミ輸入国なのだ。アルミと同じくもっともよく使われる金属である鉄も銅も、自給率は0パーセントだ。日本はオイルショック以降、アルミの精製まですべて海外にやらせるために、ODAと称してインドネシアやブラジルに巨大なダムと発電所と精製工場を作り、今も現地の人々と自然環境に多大な負担をかけながら輸入している。それが自販機に並ぶ、あの夥しいアルミ缶になっているのだ。 で、エコポイント(つまりカネ)をあげるから家電を買い替えろ、と?(註)金属や石油といった地下資源が掘り出されて運ばれてくる過程まで考えれば、それらでできた工業製品の買い替え促進が環境にいいなんてことはありえない。資源の自給が無理なら、なるべく使わないように、というよりも「作らせないように」するしかないのだ。──というような記事を、今出ている『オルタ』09年5・6月号に書いた。http://www.parc-jp.org/alter/2009/alter_2009_05-06.html エコポイントは、結局は国が出すカネであり、それはもともと我々の税金だ。 これほど露骨な経済界のための政策の連発をやめさせるためにも、そこと対立できる政党(自分としては社民党あたり)に躍進してほしいと常々思っているが、どれだけ自民党が人気をなくしても、…

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G8と農地収奪と植民地主義

去年G8に反対するために、北海道まで行ってやってきたデモとキャンプの簡単なレポートと、宮下公園のナイキ化について書いた『オルタ』の記事がネットで読めるようになった。http://www.parc-jp.org/alter/2008/alter_2008_09-10_yabasta.html その反対運動が効いたのか、やけに影が薄くなった今年のG8では、貧困国の「農地収奪」に関する懸念が表明された(註1)。「農地収奪」とは何か? ここ2年ほどの間に、世界では、先進国や新興国(註2)が「南」の貧困国(特にアフリカ)の広大な土地を、現地住民の承諾もなしに農地として買収したり借り入れたりする動きが加速しているのだ。これを進めているのは、バイオ燃料の原料供給地が欲しい先進国の大企業、食糧の供給地を確保したい食糧輸入国とその企業、金融危機を受けてより確実な投資先が欲しい投資銀行などだ。こうした土地が、収奪した側へ輸出する農作物の単一栽培地になり、貧しい農民たちが搾取されてより貧しくなることは目に見えているので、「新しい植民地主義」として批判されている(註3)。 G8はこれに懸念を表明しているんだから、一見いいことをやっているように見える。けれども、まさにこういうことを散々やってきたのが先進国系の多国籍企業であって、それらが進出しやすいように環境を整えてきたのがG8だったのだ(註4)。さらにさかのぼれば、こういう農地収奪は今G8を構成しているような西洋列強国による植民地支配から始まっているもので、その頃から…

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自動車産業、経済成長、買い替え

「自動車産業がいかに浪費の上に成り立ってきたか」について、今出ている『オルタ』3・4月号に書いている。 今世界で最も注目されている企業と言える「GM」(ゼネラル・モーターズ)は1920年代から、「毎年のモデル・チェンジ」という販売戦略により、従来の商品を次々と「時代遅れ」と感じさせることで買い替えを促し(註1)、業界トップのフォードを追い抜いたこと。さらにGMは、全米で鉄道会社の株を買い取って鉄道を次々と廃止させ、自動車がなければ生活しづらい環境まで作って、生産台数を伸ばしたこと。 そして、日本では自動車作りが経済成長のための戦略産業に位置づけられ、今では自動車密度や道路密度が世界最高レベルの、平均車齢はアメリカより若い、自動車浪費大国となったこと。──等々を通して、これ以上いらないものを作って生きる人生は虚しいので嫌だ、みたいな主張をしている。 (註1)この「計画的陳腐化」というマーケティング戦略は、服、家電、菓子や飲料、家庭用品、パソコン用ソフトなど様々なジャンルで、今でも我々を巻き込んでいるので、絶対に知っておいたほうがいい。なぜ我々は、一度買ったものを次々と買い替えさせられているのかがよくわかる。 『浪費を作りだす人々 パッカード著作集3』(V・パッカード、ダイヤモンド社、1967年)という本に詳しい。「計画的陳腐化」の(企てる側からの)説明 http://www.mapscom.co.jp/wordplannedobsolecence.html 『オルタ』09年3・4月号 …

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スポーツと不況問題

『オルタ』09年1‐2月号に、「スポーツ」とグローバル経済について書いた。 今世界中で人気の、サッカーなどの近代スポーツは、一体いつごろからどうやって世界に広まり、こんなに我々の生活に浸透したのか? その裏で、アディダスの社長ホルスト・ダスラーや電通がいかに暗躍したか? そのスポーツの国際大会を支えるカネの出どころ、例えば、世界で使われる手縫いのサッカーボールの7~8割を作らされているパキスタン・シアルコットでの搾取のこと、等々。 我々ヒトがどうしても面白がってしまう「スポーツ」というものが、今どんなふうにグローバルなカネ儲けの道具になってしまったかを考える、的な内容になっている。 参考サイト:Play Fair 2008 Japan http://www.playfair.jp/index.php?option=com_content&view=section&layout=blog&id=6&Itemid=55 それにしても、今号でも特集に組まれた「金融危機」は、世界中で失業者を増やしながら、より由々しさを増している。フランスでは1月末にゼネストと全土での250万人(パリだけでも30万人)のデモが行なわれた1)が、こうした大きなデモや騒動はイタリア、ロシア、ギリシア、ブルガリア、中国、メキシコ……等々、世界各地で起きている。 日本でも、金融危機以降の成長率の落ち込みが、本国アメリカやEU圏よりも大きかったわけだから、そういうことが起きても…

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「金融」に翻弄されないために

今、日本だけでなく、世界中が失業問題で大騒ぎになっている原因は一体なんだったのか、よく思い出してみるべきだ。 9月の半ばにアメリカの投資銀行・証券会社が破綻し、買収され、まず「アメリカ金融危機」が起きた。それはヨーロッパから世界中に広がって、「世界金融危機」になった。その後、危機は世界の実体経済に及んで、今は「世界同時不況」などと呼ばれている。この間、大企業を救済するために夥しい我々の公のカネが湯水のように使われて、夥しい数の人々が失業し、その数は来年以降、ますます膨れ上がる(註1)。 これだけの被害を及ぼした当のアメリカの投資銀行・証券会社、あるいはそれらと取引していた金融機関、さらにはそれらを通じてマネーの投機に興じていた連中に、なぜ世界中の怒りが向かわないのか、不思議だ。 それを反省しておかないと、この事態が世界中のより弱い立場の人々の犠牲のうえで回復した後、また奴らは同じことを始めるんじゃないか? 金融危機の背景にあるのは、「新自由主義」(市場原理主義)がグローバルに推し進めた“金融の自由化”と規制緩和による無秩序な“マネー投機”や資本の移動だ(註2)。 数ヶ月前まで世界中で猛威を振るっていた新自由主義は、これまでにも書いてきたように、国家は経済への介入を極力小さくして、カネの供給量の調整だけを行ない、市場の自由競争の原理にすべてを委ねれば上手くいくと主張していた。こうして経済は政治よりも優位に立ち、「小さな政府」が目指され、国はカネのかかる余計な手出しをしないこ…

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『オルタ』と金融危機

『オルタ』08年11・12月号が発売になった。 今回の連載では、中国のジーンズ搾取工場のドキュメンタリー映画『女工哀歌(エレジー)』の公開にちなんで、「ジーンズとグローバル化」について書いた。 戦前には日本はもちろんヨーロッパでもほとんど穿かれていなかったアメリカの作業着が、なぜ世界に広まり、そしてそれは今、どれほどひどい労働環境で作られているのか? そして文化のグローバリゼーションをどう考えたらいいのか、等々について考えている。 『オルタ』 08年11-12月号http://www.parc-jp.org/alter/2008/alter_2008_11-12.html『女工哀歌』HP(もう渋谷、横浜での上映は終わってしまったが)http://www.espace-sarou.co.jp/jokou/index2.html ただ、自分で書いておいてこう言うのもなんだが、もちろんこれはこれで十分に由々しい問題だけれども、今の「金融危機」ほど由々しくはない(大抵の問題はこの「金融危機」ほど由々しくないと思っている)。 この出来事を、何が悪かったのか、誰のせいなのかをうやむやにしたまま、「景気の後退から不況」というまるで自然災害みたいなものに見舞われたかのような形で、このまま終らせていいわけがない。 そのしわ寄せは、世界中のより弱い立場の、より不安定な人々、例えばリストラされた(る)人々に行くのだ。そうやって長い時間をかけて、そのツケを皆で支払うのだ。バブル崩壊のツケを、日本の“ロスト…

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G8(サミット)に反対すべき理由

この国の国会議員も首相も、一応我々国民が選挙で選んだ代表者ではある。彼らは我々の「代理人」にすぎないのだ。 では世界におけるG8(サミット)っていうのはどうか?世界のことを決めるなら、本来であれば65億人の意見を直接聞く必要がある。それがダメなら、その人たちが選んだ代表者がそれを決めるべきだ。そのためにあるのが、一国が平等に一票を持つ国連総会だったはずだ。一方、それよりもよほど「世界政府」みたいな顔をしているG8(サミット)はもともと75年に、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、日本の6カ国で始まった、何の公的な裏づけもない先進国首脳のサロンだ。これにカナダとロシアを加えた現在のG8をなす8カ国の人口は、世界人口の14%に過ぎない。彼らは一応の代理人ですらないわけだ。G8は、今世界で行なわれている「まったく民主主義的でないない決め方」の代表みたいなものだ。 G8は、非公式の会合でありながら、それでも大まかな世界の動向を決めてきた。 70年代の半ば頃から、保護貿易主義は自由貿易主義に取って代わられ、多国籍企業が世界中をマーケットにして活躍する環境が整えられていった。サミットは「資本の自由化」を目的としていたのだ。G8はWTOや世界銀行やIMFと同じように、この「新自由主義グローバリゼーション」という悪夢の推進役になってきた。だから、新自由主義グローバリゼーションに反対するなら、G8にも反対するのは当然のことだ。 もう今日になってしまったが(しかも雨だが)、29日に東京・新…

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自動販売機というムダ

「缶コーヒーを飲用する習慣は、日本特有のものといえると思いますが、自動販売機の存在なしではここまで市場として成長しなかったのではないでしょうか。清涼飲料、特に缶コーヒーの自販機もまた海外ではほとんど見られない日本だけの販売手段です。じつは、缶コーヒーの7割は自販機で購入されています。日本の缶コーヒー市場は、日本独特の自販機という販売手段があったからこそ、これだけ大きくなったのだと思います」  缶コーヒーを飲む習慣が日本にしかなかったのにも驚くし、その中身や容器の原材料であるコーヒー豆やアルミニウムや鉄がどこでどんなふうに作られ採られて、はるばる運ばれ、ここでひとつの缶コーヒーになっているのかを思うと、そのムダさ加減に気が遠くなるようだが、とりあえずその問題は置いておく。 より嫌なのは、その缶コーヒーの存在基盤となっているらしい「自動販売機」だ。地球環境のことに言及するまでもなく、わざわざ飲み物やタバコを売っている店の前に並んでいるのを見ただけでも、ムダに多いことが明らかなこの自販機。一体誰がこんなに増やしたのか? 自動販売機は日本に約508万台もあって、台数ではアメリカに次ぐ数字だ。けれども、25人に一台という割合も年間約5兆円強という売上げも世界一である。5兆円強というと、国内の百貨店全体の売上に迫っているという驚くべき額だ。 しかも、治安の関係でアメリカでは外にある自販機は少ない。つまり、こんなに街頭に自販機が置いてあるのは日本だけなのだ。 なかでも飲料の自販機は260万台と…

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日本人はなぜパンを食べるのか?

「いまになって、日本では『米を見直す』キャンペーンを始めていることは承知しています。しかし、すでに小麦は日本人、特に若い層の胃袋に確実に定着したものと私たちは理解しています。今後も消費は増えることはあっても減ることはないでしょう。私たちの関心は、とっくに他のアジア諸国に移っています。日本の経験で得た市場開拓のノウハウを生かして、この巨大な潜在市場に第二・第三の日本を作ってゆくのが今後の任務です。日本のケースは私たちに大きな確信をあたえてくれました。それは米食民族の食習慣を米から小麦に変えてゆくことは可能なのだということです」 1) これはアメリカ西部小麦連合会の会長の、つい最近ではなく、70年代の終わり頃の発言だ。 日本人は第二次大戦の終戦まで、一般にパンを主食にした「洋食」を食べる習慣はなかった。戦前まではご飯に味噌汁、漬物あたりを基本にした食事が普通で、こうしたコメ中心の食事を何千年もかけて、ゆっくりと作り上げてきたはずだった。2) それがほんの数十年の間でここまで劇的に変わってしまったのは、なぜなんだろうか? 1950年代、アメリカは余った小麦の輸出先を探していて、都合のいいことに日本は食糧難で困っていた。敗戦のショックで、自分の文化にも自信を失ってたことだろう。そこでアメリカ西部小麦連合会の主導で、日本にパン食を定着させ、末長く小麦輸出の得意先にするべく「小麦戦略」が始まったのだ。 まずは学校給食をパンと脱脂粉乳にし、アメリカの農務省が資金を出した「キッチンカー」という栄養…

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マクドナルドはなぜダメなのか?

ある調査によると、日本人が一年間に外食する回数は、ひとりあたり198回で、アメリカを抜いて世界一多かった。1)  世界一自分の食事を自分で作らない国民というのもマズイが、同じくマズイことに世界最大の外食チェーンであるマクドナルドの店舗数では、日本は本国アメリカに次いで第2位で、3位以下を大きく引き離してしまっている。つまり日本は世界最大のマクドナルドの輸入国になっているわけだ。2) もともとハンバーガーはどこの国の伝統料理でもないが、パンに焼いた牛肉をはさむという日本の伝統料理からはほど遠い(もちろんほぼ全ての材料を輸入に頼っている)この料理が、なぜ、いつから我々日本人の腹に詰め込まれるようになったのか? 日本のマクドナルド1号店ができたのは1971年で、その前年にはケンタッキー・フライド・チキンの、翌72年にはモスバーガーとロッテリアの1号店もオープンしている。 70年はその業界では「外食元年」と呼ばれる年で、69年の「第2次資本自由化」によって、レストラン事業の外国資本の参入が100%自由化された影響が大きかった。3) ここから日本人は少しずつ、外食を、それもファストフード店で外食をするようになっていった。それ以前はこういうものがなくても、人々は普通に生きていたわけだ。 この後日本の企業も、牛丼や回転寿司なども含め、マクドナルドを真似た営業形態、チェーン展開等々を始めるようなり、「飲食店のマクドナルド化」が進んでいく。3) マクドナルドはレストランとは言っても、皿もナイフ…

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なぜタバコの輸入が増えるのか?

日本は世界最大の、(製品としての)タバコ輸入国だ*)。 タバコの消費量も世界3位**)、喫煙率も世界5位***)という、世界でも特によくタバコを吸う国民でもある。 街のタバコ自販機を見ると、おびただしい数のブランド品が、各々「ライト」「スーパーライト」「エクストラ」「スリム」「ロング」だのと、際限なくシリーズ化されて売られている。あの種類の多さは確かに異常だ。 では、日本に輸入タバコが入ってきて、あんなに種類が増えたのはいつからなのかというと、そんなに古い話ではない。1984年以前には、輸入タバコのシェアは3%未満であり、ほとんどなかったとさえ言える。 日本は明治時代にタバコの国による専売制をしいて以来、世界で猛威をふるうグローバル・タバコ企業を退けてきた。 けれども1985年に、当時の中曽根内閣はタバコ市場の自由化をアメリカに求められて、専売公社を民営化し、「日本たばこ産業(株)=JT」を設立***)、90%だった関税も87年までには0%にしてしまった。この87年には、アメリカは紙巻タバコの全輸出量の94%を日本に向けているのだ。 これ以来、日本国内の農業における葉タバコの生産も、衰退の一途をたどり、今では輸入タバコの国内のシェアは3分の1を越えている。 グローバル経済のもたらす弊害が、ここに典型的に表れている。 またJTまでもが、今や海外のタバコ企業を買収する世界でも3番目に大きいグローバル・タバコ企業と化してしまっているのだ。 そもそも世界中のヒトが、タバコとい…

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水は私有できるのか?

ヒトは成人で1日約2.5リットルの水を吸収し、排出している。ヒトが生きている限り、これだけの水は絶対に必要になるのだから、この水を商品として売ることができたら、どんなに安定した需要のある巨大なマーケットになることだろう。 我々のまわりにボトル入りの水があふれだしたここ20年ほどの間に、この夢は世界的に現実のものとなってきている。 まずグローバル企業は、安全に水が飲めない地域へボトル入りの水を売り込むようになった。その結果、貧富の差が安全な水の入手を左右するようになり、またコカコーラ社などは、インドの工場で地下水を汲み上げすぎたために、近隣の井戸が干上がってしまい、住民から訴訟を起こされ、一度は商品の製造販売の禁止を命じられている。 またグローバル企業は、同じ時期に世界に広まった新自由主義政策の下で、水道事業の民営化(=私営化)という形で水を商品にしはじめている。水道民営化が実施された国は「北」「南」を問わず、世界で100カ国以上におよび、特にフランスの大手2社(スエズ、ヴィヴェンディ)が、その給水人口の70%以上を独占している。 このスエズ社のCEO(最高経営責任者)の言葉が振るっている。 「水ほど効率のいい商品はない。普通はただで手に入るが、わが社はそれを売っている。何しろ、この製品は生命にとってなくてはならぬものだから」*) けれども、こうした水企業の謳い文句どおりに水道料金が安くなった事例は乏しい。南米ボリビアのコチャバンバ市では、民営化の結果水道料金が3倍に…

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いつから水を買うようになったのか?

「水を買う」──水に恵まれ、水道水も安全に飲め、その味の評判もいいこの国で、なぜこんな習慣が広まっているのか? 例えば、エビアンやボルヴィックといった銘柄の水(ミネラルウォーター)を飲む場合、わざわざフランスから水を輸入して飲んでいることになる。こんなものを飲むのをやめて水道水を飲むだけで、どれだけの自分のカネと、ペットボトルの原材料になり輸送にも使われる石油と、労働力の節約になるか知れない(水道水なら、5リットル飲んでも1円にも満たないほどの料金である)。だというのにこの国は、06年には約55万キロリットル、1リットルのペットボトルにして5億本以上の水を輸入してしまっている。 一般の日本人が水を買って飲むという習慣は、83年より前にはなかった。なぜ83年なのかというと、その年に初の一般向けミネラルウォーター『六甲のおいしい水』がハウス食品から、カレーを食べる時に飲む水用に発売されたからだ(確かに以前は、日本人もカレーの時は珍しく食事中に水を飲むと言われていたように思う)。*) 89~90年には、ミネラルウォーター市場にサントリーやキリンの子会社が参入し、一般向けの水の消費量は、ようやく業務用を上回る。 また90年代にはエビアンのボトルを首からぶら下げる“ボトルホルダー”なんてものまで注目されてしまい、若者が街でミネラルウォーターを飲むのがカッコイイかのような宣伝がなされ、輸入水のシェアが大きく伸びてしまう。 こうしてミネラルウォーターは着実に生産量を伸ばし、今では年間2…

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毎日のエコロジー=反<灰色>

カネを使わず、モノを買わない生活を目指していたことがある。 全然大したことをしてたわけじゃないので偉そうに言えたものでもないが、例えばどんなことをしてたのか書いてみると…… ●極力外食をせず、簡単な弁当を作っていく。●自分で作れる程度の野菜は作る。●買う肉は全部、魚の粗(あら)●電車に乗らないで済むところは、自転車や徒歩で行く(電車代は結構高い)。●CDや本や雑誌、ビデオやDVDも、図書館で借りて済ませる。●旅行に行くより地元をよく見る。●近所の人と物々交換する。●イベントや講演などは地域で無料でやっているものに行く。●細々とした生活用品は作る(例えば、タオル掛をそこらの木の棒と紐で作ったりする)。●生ゴミは肥料にする。●タダの自然物を見て楽しむ。●冷暖房は最小限に止める。等々。 実によくある「地球のためにあなたができること」集みたいだけれども、なぜかモノを買わないようにするとそういうことになっていくのだ。 あまり無理をしすぎると苦しくなり、長続きしないんだが、何事も今あるもので間に合わせる工夫をしたり、自分のいる地域や自然に目が向くようになってはきた。 小沢健二の『うさぎ!』の連載が始まったのは、そんなことを始めた頃だったかと思う。 この話に出てくる最大の悪者(と言っても人ではない)<灰色>は、「すべてのひとのするすべてのことを、急いで『大きなお金の塊』につなげてしまおうと」する。確かにこうしてあらためて見てみると、我々は自分でできることまでカネで人にやっ…

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経済のせいで自殺が増える時代

最近、自殺の原因を、その人の「心の弱さ」のせいにしなくなってきたのはいいことだ。 少なくとも自分が10~20代だった頃は、自殺をした人やしたい人(特に若者)に対して、「自殺は心の弱い者のすることだ」「もっと強く生きろ!」「尊い命を粗末にするな」「生きていることは素晴らしいんだ」「死ぬ気になれば何でもできる」「死ぬな!」……、といった説教が、世間一般からも教育・精神医学方面からも浴びせかけられていた(最近のいじめ自殺に対してこんなことが言えるだろうか?)。 自殺をはなから「いけないこと」と決めつけて、道徳的に自殺者を叱るようなことも普通に行われていた。 要するに自殺した/したい人の苦しさなんか、世間はわかっちゃいなかったんだと思う。 そんななかで「自殺は悪くない」「なんで自殺しちゃいけないんだ」と言うことは、そういう見方に反対することであり、「死にたいほど苦しいことがある」と訴えることでもあった(そういえば、そもそもそれを言い出すことですら、とんでもないタブーだったんだった)。 その甲斐あってかどうかは知らないが、今では自殺についても「生きづらさの問題」なんてことが頻繁に言われるようになった。2006年にできた自殺対策基本法でも、冒頭で「自殺を個人的問題としてのみとらえるべきものではなく、その背景に様々な社会的要因があると位置づけ」ている。 どうやら、一応の理解は得られたらしい。 けれども「生きやすい社会を作れ!」という掛け声どおりの努力がなされているかというと…

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グローバル企業は種も独占する

「金儲けをするのは簡単だ。衣食住という、生きていくのに欠かせないものを売ればいいのだから」          ──モンサント社・シャピロ前社長 どんな植物でも殺してしまう農薬・除草剤が世界的に売れている。バイオ・グローバル企業であるモンサント社の主力商品「ラウンドアップ」がそれだ。 すべての植物を殺すということは、肝心の農作物まで殺してしまうのだから、農薬としては使えないはずなんだが、この会社は同時に遺伝子組み換えでこのラウンドアップに耐性のある大豆、菜種、トウモロコシ、綿花……、といった多くの新種を開発していて、農薬とセットで農家に売っているのだ。 そしてこの新種の特許を取って、農家が種を自分で採っておいて次の年に蒔くのを禁止している。 今では例えば、アメリカで作られる大豆の85%はこのラウンドアップ耐性のある新種の大豆なのだ。 こうしてモンサント社は今や世界最大の“種子企業”になっている。 よくこういう商売を思いつくな、と感心する。 さらにモンサント社は遺伝子組み換えによって、不稔性の種子、つまり採った種を次の年に蒔いても育たない品種まで開発して(ターミネーター技術という)、わざわざ農家に毎年種を買わせるようにしむけているのだ。 (遺伝子組み換えというのはもっとまともな技術なのかと思っていたが、アメリカの遺伝子組み換え品種の71%は、除草剤耐性のために作られてるそうだ。) まったくバカバカしい話で、モンサント社が世界中の農民の反対を押し切ってこういう経済…

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スポーツ用品はクールなのか?

なぜ我々(特に男)は、スポーツをやるわけでもない人まで、日常的にバカ高いスポーツシューズやスポーツウェアを身につけることになってるんだろうか? もともと「日常的なスポーツシューズ」の火付け役になったのはナイキとリーボックだった。 ナイキは90年代には若者、特に貧困層の若者をターゲットにして、「クールなもの」というイメージ戦略でバスケットシューズの売り込みに成功、スポーツ用品メーカとしてだけでなくアパレル(服飾)企業としても世界一となったのだった。 またナイキはいち早く、自社の製造部門を切り捨てて、賃金が安くて済み、労働者の権利も十分に認められていない地域(特にアジアの国々)の工場を使うという戦略を打ち出したことでも知られる。 そして会社としては、膨大な広告費を注ぎ込んで自らのブランドの宣伝ばかりを行うようになり、「グローバル企業の見本」となったのだった。 しかし同じく90年代には、女性や子どもに違法で非人間的な搾取労働を強いていたこともわかったため、本国アメリカやアジアで大々的な抗議・不買運動が巻き起こり、世界各国で大きく報じられた(が、異常なナイキブームに湧く日本ではほとんど知られなかった)。 それ以降ナイキは、「企業の社会的責任(CSR)」に取り組む風を装いだしている。 こうして、「貧しい国」では自分が身につけるわけでもないスポーツウェアやシューズを安い賃金で人々が作り、「豊かな国」の若者がそれを高い金を払って買わされる、というシステムが出来上がっているのだ。 これ…

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カネが稼げない人間には価値がないのか?

この社会では、働いてカネが稼げない人(特に男)はダメであるという価値観がまかり通ってるが、そんなことでいいのか? 資本主義経済のダメなところは、直接生産やカネに結びつかないことを、時間の無駄とか価値の低いことと見なすことだ。例えば、掃除・洗濯なんかの家事、育児、家族の介護、家の修理……といった「再生産労働」と呼ばれるもの。 これらは昔から今に至るまで不可欠な仕事なのに、「経済活動」に換算されないというだけで、その仕事だけでなくそれをやっている人まで軽んじられている。 (これらも専門の職業にしてカネを取るようになると、地味ながらも「ちゃんとした仕事をしている」と見なされるところがまたやっかいで、なんでもかんでもカネで専門の人に任せる「分業化」みたいな傾向を生んでしまう。) こうして、生産やカネのやり取りといった経済活動に偏った社会ができあがる。 こうした価値観は、実は我々のなかにも深く根ざしてしまっているはずで、「片づけ」がこんなに面倒臭いのも、ある程度はそれが「無駄なこと」のように思えてるからかもしれない。 しかし、当然のことながら、我々の身体も自然界も、半分はこうした「元に戻す作業」があるからこそ、うまく循環しながらやっていけているのだ。生物界における菌類の「分解・還元」という役割がまさにそれだ(そして菌類もまた、生物学において”日陰者”扱いされてきた)。 自然界がそうであるなら、その一部分でしかない人間界だって、ましてやモノなどあり余っている今の時代には、「再生産労働…

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資本主義の「精神」が嫌だ

 「時は貨幣であるということを忘れてはいけない。一日の労働で10シリングもうけられる者が散歩のためだとか室内で懶惰にすごすために半日費やすとすれば、たとい娯楽のためには6ペンスしか支払わなかったとしても、それだけを勘定に入れるべきではなく、そのほかにもなお5シリングの貨幣を支出、というよりは放棄したのだということを考えなければならない。」 これが大社会学者マックス・ウェーバーが“資本主義の精神”と呼んだベンジャミン・フランクリンの人生訓だ。他にも、 「信用は貨幣であることを忘れてはいけない。」 「貨幣は生来繁殖力と結実力とをもつものであることを忘れてはいけない。」 「勤勉と質素とを別にすれば、すべての仕事で時間の正確と公平を守ることほど、青年が世の中で成功するために必要なものはない。」 等々、色々ある。それにしても、なんと嫌な精神であることか。 フランクリンはアメリカ独立宣言の起草者の一人で、「代表的アメリカ人」とまで呼ばれる人物だが、これを見ればある意味でそれもうなずける。 ウェーバーによれば、資本主義は近代以前にも世界のいたるところにあった。が、近代(つまり今の)資本主義は、こういう生活上の倫理観と結びついているところが特別なのだ。 近代資本主義は、フランクリン以降も今に至るまで拡大を続けてきたが、ならばこの「精神」だって同じように拡大していてもおかしくない。それどころかこのマネーゲームの時代には、より切実な人生訓になってるんじゃないか? 特にビジネスマンみた…

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