贈与には見返りを求めてはならない、か?
『アナキズムを読む』という本に、人間関係とか贈り物とお返しなんかについて、短い文を書いたので(それだけではないけど)、ちょっとそれに関連して。「贈与にはお返しがあってはならない」「無償の贈与でなければ…」などと非常に頻繁に言われることについて。
くにたち0円ショップをはじめて、もう9年になった。ここではもちろん道行く人に自分の物をあげるのが基本なのだが、参加者どうしでもさんざん、「これいらない?」などと物のやり取りや貸し借りをしている。もちろんお土産や差し入れも飛び交っている。それを9年もやっているのだから、贈与とお返しについては、相当経験を積んだ自覚はある。
その経験から思うのは、ギフト・「エコノミー」などと言われるが、贈与とお返しも実は人間関係の一部というか、下部構造でしかないなということ。人間関係では、常に誰かに気づかってもらったり、それに対するお礼の気持ちが湧いたりを繰り返している。その気持ちが言葉になったり、世話という無形の何かになったりする。そしてある時は、物やお金という形のある物になり、それが贈与とお返しと呼ばれるだけだ。
贈与は経済ではないということだ。
それを経済と見る見方は、人間関係と物のやり取りが売り買いによって完全に切り離されてしまった今の世の中の視点で、昔からずっと続いているものを見てしまっている。そういう過ちを犯しているように思える。もともと贈与に限らず、経済だって人間関係と一体化していた。
贈与を人間関係のほんの一部分と、あるいはひとつになったものと見る…