6月の居場所は植物観察など

6月の不適応者の居場所は、また石神井公園での三宝寺池生物群観察+休憩だった。Twitterの石神井公園アカウントが宣伝していた、園内に咲いている「ボタンクサギ」を見に行ったりした。どこにあるかわからなかったのだが、行ってみたらいきなり見つかって、そのくらいのことでも結構感激したり。休憩しながら、不安障害や向精神薬の減薬の話もした。もちろんその手の話が中心の集まりではまったくないのだが、話そうと思えばそんな話も簡単にできるのは気が楽だ。自分としてはそういう環境は、この居場所を始めることで、20年ぶりくらいに戻ってきたものなのだが。 参加者は23人?だったかな。自分的にはそんなふうに穏やかと言えば穏やかな日だった。この植物で鬱蒼とした公園の影響を受けたかも。そんな一日もよかった。※いやでも、シューゲイザーとグランジの話ばっかりしてたタイムもあったか、例によって、、、 【見ごろの生き物】野鳥誘致林でボタンクサギが咲き始めました❣牡丹みたいな美しい花に、葉を触ると仲間のクサギと同じ臭いが発せられ、確かに『牡丹臭木』ですね花は甘い香りだそうですが、周囲に充満してしまった『クサギ臭』に打ち消されました😅先に花を嗅げば良かったです…#石神井公園 pic.twitter.com/YRXMyn1EfQ— 都立石神井公園 (@ParksSyakujii) June 15, 2021

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社会の激動より個人の激動のほうが大きい

「バブル崩壊前は、誰もが明るい未来を信じることができる時代だった」こんな言い方をよく耳にするようになった。明るい未来? 自分と自分のまわりを思い出すにつけ疑問に思うのだが、それ、信じられていただろうか?80年代の頃の一般的な未来像は、ブレードランナーやAKIRAや北斗の拳のような、全面核戦争(やそれクラスの大惨事)後の廃墟と化した世界ばかりだったので、明るい未来のはずはない。米ソ全面核戦争の危機におびえていたのだから。でも、そんなことも関係あったかなと思ってしまう。 では、「バブル崩壊によって未来は絶望的になった」はどうだろう? これについても、少なくとも世相は、そういう感じではなかった。むしろその頃、米ソの冷戦が終わって全面核戦争の恐怖がなくなり、西側陣営だった日本はある程度戦勝気分だった。これこそ世界の大ニュースであり、むしろ未来は明るく見えた時期と言えるかもしれない。けれどもそれですら、個人の未来観を変えるほどのものだったか怪しい。これについてはまた別に改めて書くことにしよう。 ここで言いたいのは、未来が明るいかどうかは、その人個人のやっていることがうまくいっているかどうかの影響がはるかに大きくて、社会の状況はそれほど影響していないのではないかということだ。個人のこととは例えば、人との出会い、別れ、交際、同居、加害・被害、病気、怪我、進学、学習、就職、退職、転職、起業、引っ越し、結婚、出産、留学、家庭環境、不仲、技術を学ぶ、新分野開拓、配属、転職、趣味等々、そういったことだ。 …

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6月の居場所はまた石神井公園で

6月の「不適応者の居場所」はまた石神井公園でやりたいです。石神井公園はアクセスが若干悪いのですが、他の公園にない「生物観察ができる」というメリットがあって、繰り返し使うのに向いている気がしてきました。いきなり座ってもいいのですが、歩かないのもつまらないので、最初に歩いてから休憩にしようと思います。そういうイベント性があったほうがいい気がする。 前回は最初に池を見てから、くつろぎ広場まで戻りましたが、今回は三宝寺池近くの「さくら広場」で休憩しようかと思ってます。 日時:6月26日(土) 14時(集合)~日没 場所:石神井公園(図の右上赤丸印<ボート乗り場付近>に14時集合)。 やること:三宝寺池の天然記念物植物群を観察(40分くらい?)してから、さくら広場(?)で休憩(休憩がメイン)。場所が決まり次第、Twitterで告知します。休憩から参加も可。 必要なもの:飲み物食べ物は、基本的に各自が用意してください。飲酒可。美味しい食べ物はカンパ制で、おそらくそこそこあります。シートは用意します。さくら広場の近くには、コンビニなどあまりありません。 目的:つながりをなくしがちな人がつながる。 対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ニートなど、様々な理由でつながりをなくしがちな人(とは言え、実質的には誰でも可) 注意:支援活動ではないので、各自が相手の気持ちを思いやって成り立ってます。他の人へのハラスメント(嫌がらせ)や攻撃を抑えられない方の参加はできません。   …

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5月の不適応者の居場所は新緑の植物群のなか

5月の不適応者の居場所は、石神井公園を散策して休憩しながら話をした。まだかろうじて新緑の色が残る、鬱蒼とした天然記念物の植物群のなかを歩くのは面白い。 石神井公園にあるふたつの池をひとまわりするのは結構距離があったのだが、そこで、長い距離を歩くのは面白いという話をした。「歩いていれば着く」のが面白いとか。ここまでは歩けないだろうと思っていた距離でも、なんだかんだと歩いていれば着く。そして、その体験が生活の他のことにも及んでくると。 その流れで自分は、何かやるのは面白いとも話した。何かやれば、嫌なことも必ずいくつか起きる。嫌なことを経験したくなければ、「やる」のをやめてしまう手もある。けれどもそのどちらかを選ぶのであれば、「やる」ほうが面白いと。年を取ってきてから、そう思うようになった。(若い頃は「やること」だらけだったので、ちょっと違った)。 参加者は25人?で、うち初めての人が4人だった。今回この公園にした決め手になったのは、木陰になる場所が確実にあることだった(もちろんいい場所を散策できるのも大きいが。大部分の時間は休憩なので)。利用できる場所がどんどん狭めれらている。 いつも使っていた代々木公園は、花見以降、宣言が解除されても立ち入り禁止、飲酒禁止が続いている。中心の立ち入り禁止エリアは、そのまま3万人を集める巨大パブリックビューイング会場になることが判明した。そうだったか。この公園はよく知っているのだが、コロナ前から酒を禁止したかったようにも思える。 人が集まるので、駅前広場…

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5月の「不適応者の居場所」は石神井公園でどうか

5月の「不適応者の居場所」は、石神井公園の散策をざっと散策して長い休憩、ではどうでしょう?石神井公園には、天然記念物に指定されている鬱蒼とした「三宝寺池沼沢植物群落」があります。そこをまた見てから、場所を決めて長い休憩を取るのでは?ハッキリ言って休憩がメインですが、ここの池と植物群を見るのは、会に合っていていい気がしています。 日時:5月29日(土)14時集合。雨天延期。場所:都立石神井公園。集合は公園入口、ボート乗り場・売店付近(図の右上赤丸のところ)。そしてまず三宝寺池まで一気にまわってしまい、場所を決めて、そこで日没まで休憩の予定。休憩場所は多分、石神井池のほうのくつろぎ広場。場所を決めたらTwitterで発表します。 やること:散策と飲食をしながらつながりを作る。シートはこちらで用意しますが、飲食物は基本は各自持参で。美味しい食べ物飲み物が、カンパ制で多少はあると思います。(酒は水筒に入れるなどして、隠しながら飲んだ方がいいかも) 対象:ひきこもちがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっちなど、様々な理由で、つながりをなくしがちな人(とは言いつつ、実際には普通の駄弁り会と言うか。毎回4分の1くらいは初めての人) 注意:・お互い様の気持ちで、相手の気持ちを思いやらないと成り立ちません。ハラスメント、攻撃を抑えられない方の参加はできません。・途中から参加、途中帰り、中抜けして散歩、座る場所の移動など勝手に。・すぐ近くに飲食物買うところはあまりなし。・十分な間隔は取れるようにし…

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春の居場所は林のなかだった

4月の代々木公園での居場所は、参加者も多く、時間を延ばして日没まで続けた。初めての参加者は8人もいた。 この日は漫画や映画の話をたくさんした。林のなかに場所を取ったので、新緑に包まれているようで、上から時々木に咲いている大きな花がボトボトと落ちてきた。森林浴をしているような気持ちよさがある。いつもの噴水のそばが使えなかったおかげで、公園の別のよさを発見した。 代々木公園のなかは、中心の広場を含む、半分くらいの面積が立ち入り禁止になっている。遠くに柵が張り巡らされているのが見える。なぜその向こうが立ち入り禁止なのか、もうわからない人もいる。実はこれは桜が生えている場所で、花見が禁止になったので、花見の時に混みあう場所を閉鎖したのだ。そして、花見のシーズンは終わったのに、代々木公園は、「なんとなく」この締め出しを続けていたのだった。この日は、残されたエリアがピクニックをする人で一杯だった。閉鎖していなければ、あんなに過密にならずに済んだ。それ、何の意味があるんだろう。 今日公園のサイトを見てみると、2時間以下、5人以内で使用しろなどと、この公園だけの独自ルールができていた。 今は「感染防止のため」と言っておけば、何でもできる特殊な状況だ。だからこそ、おかしいものはおかしいと、ふざけんなと思ったら「ふざけんな」と、「我々の生きる歓びだって大事だぞ」と言っていたい。

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「雑草を飾る」という0円の娯楽

「雑草を食べる」でもなく「雑草で酔う」でもなく、「雑草を飾る」のにはまるようになった。以前に花の栽培ばかりやっていたので、花はよく飾るほうだった。机やテーブルの上のような殺風景なところには、こういう「野生のもの」は異様に映える。PCに向かっている時に、こういうものがちらちらと目に入るのがいい。 上段左は、最近特に気に入ったナヨクサフジ。つるものはどうせだめだろうと思って飾ってみたが、光に透かすと素晴らしい。たまたま窓からの光に透ける場所に置くことができるので、思わず見てしまう。夜布団のなかで頭に浮かんで気分がよくなったり、効果が多岐にわたっている。 上段右は、日本で猛烈な勢いで繁殖しているため、注意が呼びかけられているナガミヒナゲシ。道端によく群生して咲いていて、色と形がとてもいい。そのせいで駆除されないのかもしれない。 中段左は、河原なんかによく生えているムラサキツメクサ。形がポンポン触りたくなる”かわいい系”でいい。すごく長持ちするのに驚いた。 その右は、勢いがつくと恐ろしいほど増殖するツルニチニチソウ。この青い色はなかなかかけがえがない。 その下の左はドクダミ。これはとても地味な雑草なのだが、花は結構きれいなのではないかと以前から思っていた。これを飾るとなると、花がいいというより、葉を含めた全体の感じを面白がっていると言える。「雑草の葉っぱだけでも、感じがよければ飾れる」と思えた。ドクダミはこれまで、茶葉や薬草として使ったが、この「見る」という使い方が一番はまる…

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4月の「不適応者の居場所」は再び代々木公園で

再び季節がよくなった4月の居場所は、例年どおり代々木公園でやりたいと思います。噴水見ながら座っているだけでも、この季節は気分がいいと思う。 日時:4月24日(土)13時~17時? (雨天延期)場所:代々木公園噴水池の向こう側(図の赤印のところ)この場所は立ち入り禁止になっていることがわかりました。原宿門近くのどこかに場所を決めて、開始時間までにTwitterで発表します。こんなことは想像もしておらず、すみません。目的:つながりをなくしがちな人がつながる。 必要なもの:食べ物飲み物は基本、各自持参で。良質な食べ物を、カンパ制である程度提供できると思います。シートはこちらで用意します。最寄りのコンビニは原宿駅前。 対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっちなど、様々な理由でつながりをなくしがちな人。(とは言っても実質的には、誰でもOKの交流会オフ会だが、、、。毎回4分の1くらいは初めての人。) 注意:一方的な支援活動ではないので、各自が相手の気持ちを思いやらないと成り立ちません。ハラスメントはやめてください。抑えられない方の参加はできません。途中から参加、途中帰りももちろん可。 ※使わない物を無料放出するコーナー「0円ショップ」を作ります。何かある人は使ってください。 先日、9年くらい毎月友人とやっている「くにたち0円ショップ」に参加して、路上でたくさんの人に会って、特に鬱々としていた気分が改善したのを感じた。この居場所も「今の日本社会に必要なのは絶対にこ…

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自分はこうしたいと言う人/みんなにこうしろと言う人

みんなや他の人にこうしろと訴えている人と、自分がこうしたいと訴えている人がいるのに、ちゃんと区別されてないという話を。 夫婦別姓について反対の人と賛成の人が、同じように扱われているのに不満がある。そこそこ指摘されることだが、夫婦別姓に反対の人は、全員に別姓を選ばせないぞと主張している。そして別姓を選ぶ人がいても、おそらくその人には何の害もない。一方賛成の人は、全員別姓にしろとは言っていない。個人の選択について言っている(ここには個人の選択を尊重するかしないかという、第二のテーマが隠されている)。後者は前者に比べて、はるかにひかえめな訴えをしているのだ。そこのところは、はっきりと意識されるべきだろう。 こういう不公平というか不利な扱い、人生のなかでずいぶんたくさん接してきてしまった。 90年代の若手論壇?に、「大人になれ派/子どものままで何が悪い派」という分類みたいなものがあった。これは一時期、どこかで勝手に名づけられたものなので、大体のイメージみたいなものでしかない。自分はこの両陣営のなかで、もちろん「子どものままで~派」に括られていた。「大人になれ派」の代表は、小林よしのり氏だった。これはこれで、今あらためて検討してみるのも面白いのだが、ここにも不公平がある。こちらは個人の勝手な選択を訴えているのに対して、「大人になれ」とは随分命令的だ。この自分にすら、生き方を指図してきていることになる。 大麻論争にもこうした側面がある。反対と言う場合は、大麻を全員吸うなということ。賛成と言って…

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川原でやった居場所の報告

今年初めてリアルでできた居場所は、多摩川の河川敷だった。予定の二子玉川・兵庫島公園に行ってみれば、すでにピクニックの集まりがそこここに見られる。川が目の前にある場所にシートを広げた時に、またしても爽快感があって、この場所でできるだけで成功だと思った。 参加者は入れ代わりながら計27人(かな? 初めての人は6人?)。巨大シート4枚分の広さで、互いの距離も十分。昼は暑いくらいだったので、川の風が気持ちよかったものの、夕方にはそれが寒くなってしまい、まだ暗くはない17時に終わりにすることになった。 人が集まること。オンラインをしばらく強いられたあとだったので、その価値について考える。 政治家が突然「花見は禁止です」と声明を発表して、公園が立ち入り禁止の柵で覆われる。盆、暮れ、正月の慣行行事、忘年会、新年会、祭もできず、初詣も満足にできない。こうして見ると、人間が大きな楽しみとして育んできた催しは、だいたい人が集まることなのだ。その価値もよく考えずに、ずいぶんあっさりと「禁止にします」ばっかり言ってないか。本当はもっと価値のあることなのだ。尊重が足りないと思っている。 写真はその多摩川河川敷。多摩川は多摩地域民の心のオアシス。毎年台風で増水して河川敷が水没するため、使えない土地が広がっている。都市部にはありえない「NO MAN'S LAND(誰のものでもない場所)」が残っている。それが素晴らしい。自分も子供の頃から、その恩恵にあずかっている。この川からの風の気持ちよさはよく知っている。

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