集団に入るべきなのか問題(仲間が多いのは力が強いことである)

「人間関係を結ぶかどうか」とはまた別に、「集団に入るかどうか」の問題がある。集団に入るべきかどうかについては、新刊のなかでも言っていなかった。 ちなみに社会学で言う社会集団の定義とは、まずその集団に所属している自覚のある複数人から成っていること。そして持続的に、たがいに活動をしあっていることが条件だ。つまり満員電車に乗り合わせている人たちは、たがいに活動していないし持続的でもないので集団ではない。「不適応者の居場所」も集団ではないと思っている。規模については、自分がイメージしているのは、クラス、〇〇校生、✕✕部、サークル、職場、町内会など、そこそこ大きいものだ。 自分が挙げている人間関係のメリットには、「人から肯定される」とか「思っていることの共有」なんかがある。そして言いたいのは、これらは「今日は〇〇さんと話す」「来週は✕✕さんと一緒に行く」といった「個別の人間関係」ですべて満たすことができるということ。 つまり「集団に入らなくてもいい」ということだ。自分は集団に入ってしまうこともあったし、まったく入っていない時期もたくさんあった(今は入っていない)。それを振り返れば、そういう結論になる。 どの学校、どのクラス、どの部活なんてことがその人の肩書きのようになってしまう環境にいると、集団に入っていないと大変なことになるのではないかと感じる。けれども外れてみれば、それは関係なかった。 ただし集団に入ることにも、何かメリットがあるはずだ。それは「力」の感覚なのではないかと思う。自分…

続きを読む

涼しくなった公園での居場所

やっと涼しくなった公園での居場所、また35人以上の人が来ていた。予備のシート1枚を忘れてきたので、まずいかなと思ったらやはり狭くなってしまい、別に持ってきた人が広げてくれた。 今回で一番印象に残ったのは、16歳の通信高校生と話せたこと。通信高校の話など、色々学ぶことだらけだったのだが、アニメ、ボカロP、歌い手、Vチューバ―の話なんかは、やっぱり一般的に盛り上がるなと感じる。 そして別の人と4年くらい前に身近にあった、集まることの盛り上がり?のようなものを振り返れたのも面白かった。一日店長をやったり、シェアハウスで何か催したり、居場所みたいな人を集める会を開いたり、カフェを作ったり、レンタルされる稼業が広まったり。民泊や地方に行って場所づくり、お金を持っている人から投資を受けるとか、色々な動きがあった。シェアのブームとも連動していた。それらはコロナにぶち当たって、大体低迷を強いられた。1年くらいならしかたない、と思っていたのが、2年、3年と長引くうちにダメージは大きくなった。この居場所も屋内でできる場所がなくて、気が滅入ってしまう。 17時を過ぎたあたりから、スズムシの声がうるさいくらい大きくなった。これがまたいいなあと思っていた。

続きを読む

秋の居場所はまた昼に

涼しくなってきたので、9月はまた昼の公園で「不適応者の居場所」をやりたいです。最近は新刊のインタビューを受ける機会が多く、たいていのインタビューではこの居場所のことを話している。初めて知る人も多いと思うので言っておくと、この居場所はつながりをなくしがちな人がつながりを作るためのもの。とは言え、参加資格はそんなに厳密ではない。やることは花見のように座って、近くの人と会話をするだけ。途中に一度自己紹介の時間だけは作っている。嫌ならパスしてもいいし、短くてもいい。参加者は公園では30人くらいで、中心は30~40代?。男女比は2:1。初めての人は4分の1くらい。否定されるような場ではなく、肯定される場を作りたいと思ってやっている。そんなところかな。ひまつぶしに来てください。 *****************************日時:9月17日(土)14時~18時 (雨の場合は翌日)場所:代々木公園の三本きのこの休憩舎の向こう(図の青丸)(あるいは池のそば)。正確な場所は、当日決まり次第Twitterの鶴見アカウントで発表します。持ち物:各自の食べ物、飲み物(酒OK)。おいしい手作りの食べ物は、カンパ制でおそらくそこそこあります。    対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっちなど、様々な理由でつながりをなくしがちな人。注意:・参加者へのハラスメントや攻撃などはやめてください。攻撃を行う人の参加はできません。支援活動ではないので、おたがい様の気持ちで相手を思いやる姿勢がな…

続きを読む

8月の居場所はスズムシの声のなか

8月の「不適応者の居場所」は、また夜の代々木公園だった。参加者は35人くらいと野外では最大規模。初めての人がいつもよりは多めだった。自分がこの居場所の話をあちこちのメディアでしているので、今は増えているのだろう。 始まった17時にはまだ直射日光がきついので、木の下に場所を取った。けれども19時を過ぎるともう周囲は真っ暗。いつの間にかスズムシのものすごい声が反響していて、話し声が聞こえづらいと思うこともあった。隣の人が「上からの声が大きい」と言っていた。木の下に陣取ったので、確かに上から響いてくる。木の枝にたくさんいるのだろう。スズムシの声に包まれているようだった。 スズムシの声に気を奪われる居場所もなかなかおつなものだから、まあいいかと思えた。 この居場所、もちろん最初はずっと屋内のスペースでやっていたのだが、もう屋内時代を知っている人のほうが少なくなってしまった。屋内でできなくて困った困ったとばかり思っていたが、色々いい面もあったのだった。もうすぐ屋内に戻れるだろうが、ずっと屋内よりむしろよかったのかもしれない。あれはダメだったと思っていたことも、そうでもなかったりする。 ※写真がちょっと怖く写ってしまうけれども、実際はこんなに暗くない。

続きを読む

「不適応者の居場所」8月も夜の公園で

8月の居場所はまたしても、夜の公園でやりたいです。 この居場所は、今の日本のつながり喪失の問題を由々しく思い、その解消を目指してやっているものです。ーーなんて当たり前と思えることも言っておいたほうがいいのかもしれない。 新刊のインタビューに答えるのでも、孤立の問題を解決しなければ、なんて言ったりしたほうがよかったりして。 そんなふうに、いかにもソーシャルグッドですと振る舞わないと、新聞のような大きなところでは取り上げてもらえなくて、損をするような。 こんな居場所ができる(集客が簡単ではないけれども)ことが広まって、そこここで居場所作りがたちあがって、孤立問題が解消したらいいのにと思っていることは本当です。********************************日時:8月27日(土)17時~21時 (雨の場合は翌日)場所:代々木公園の中央門より南側の「桜の園」のあたり(図の赤印)。正確な場所は、当日決まり次第Twitterの鶴見アカウントで発表します。持ち物:各自の食べ物、飲み物(酒OK)。おいしい食べ物は、カンパ制でおそらくそこそこあります。    夜は暗いので、ランタンのような明かりがそこそこあると便利。対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっちなど、様々な理由でつながりをなくしがちな人。注意:・参加者へのハラスメントや攻撃などはやめてください。攻撃を行う人の参加はできません。支援活動ではないので、おたがい様の気持ちで相手を思いやる姿勢がないと成り立ちま…

続きを読む

まだ問題認定されてない問題を言う。兄弟姉妹の加害など。

最近新刊『人間関係を半分降りる』のインタビューを受けていて、このブログに書くのにちょうどいい話になったので書いておきたい。 「まだ問題であると世の中に認定されていない問題を取り上げるのはやりがいがある」という話だ。例えばセクシャルマイノリティ(LGBTQIA)の問題が日本で広く認知されたのは、5年くらい前のことだったと思う。発達障害もHSPもここ5年以内のことだろう。それらの問題は、もちろんその前からあった。それがブレイクする瞬間を、皆が目撃したわけだ。 もちろん問題認定された問題については騒いだほうがいい。けれども、我々が直面している悩みなんて、問題として社会に認定されているもののほうが少ないのではないか。それに日の目を当てるのは、とてもやりがいがある。 新刊に書いたような人間関係の問題には、まだ問題認定されていないものが多い。例えばママ友いじめのような、大人のいじめ。そして、大人になった親子間のDV。あるいは恋愛感情と関係ないストーカー行為。地獄にもなり得る問題なのに、これらは特に法律があって取り締まられているわけではない。支援なんかも受けにくい。 いったん問題認定されると、「○○ハラスメント」のようにすごいところまで騒がれるものもあるのに、そうでないとあっさりスルーされるのはなかなかに不思議だ。 そしてそんなうちのひとつが、兄弟姉妹間の加害の問題だ。家庭内暴力、夫婦間ではなく「兄弟間」では規制する法律がない つまり夫婦間、親と未成年の子どもの間ならそれを取り締まる法律があ…

続きを読む

『人間関係を半分降りる』の紹介記事まとめ

発売からほぼ一か月の間に、新刊を紹介していただけた記事をまとめてみた。こまめに自分のツイートなど見ている方には、宣伝宣伝でもう飽き飽きかもしれないのだが、自分で必死に宣伝しないとそうやすやすとは売れる立場にないので。。 この1か月間、もしかしたら盛り上がってるように見えたかもしれないが、実はずっと悲しかった。慣れない仕事ばかりで、どれもこれも思うようにいかない。もちろんなければもっと悲しいのだから、どんどんやりたい。けれども1カ月の間いつもそんな気持ちで、なんか悲しくなっていた。ひどい鬱なんだろうなと思っていた。(海に行ったらかなり回復した)。 結局、人生の悩みの原因は人間関係――「生きづらさ」を抱えた鶴見済が到達した「こまめにあきらめていく」境地(Yahoo!ニュースオリジナル)自分のことをよく知ってくれているライターの宗像氏が、90年代からの変化、自分の人間関係歴、本のテーマまで丁寧にまとめてくれたインタビュー。 『完全自殺マニュアル』著者・鶴見済が提案する“人間関係を半分休む”方法 (Quick Japan Web) この本では理屈っぽい内容はやめたのだが、もちろん自分らしく裏にはたくさんの理屈があり、その部分をうまく辻本氏が聞き取ってくれたインタビュー。 母親の子殺しや虐待のニュースに思う~「母は本能的に子を愛する」という通説への疑問 - 鶴見済|論座 これは自分が「論座」に書いた記事だが、新刊のなかの大事なテーマで、新刊紹介も兼ねている。 「半分降りる」ゆるやかなつながり …

続きを読む

不適応者の居場所@夜の公園の報告

暑いなら、夜やればよかったんだった。16時半くらいに代々木公園に場所を取った時は、まだ少し暑かった。それでももう木陰ならかなり過ごしやすい。取った場所は街灯からも近く、木はあっても鬱蒼としていない開けたところ。18時くらいには、まだ明るくて、なおかつ「秋みたい」と言葉が出るくらい涼しくなった。そして夜になってもこういう場所には、蚊なんか全然出なかった。とても過ごしやすくて、清少納言が「夏は夜」と言った気持ちがわかる。 参加したのは30人くらい。初めての人は5人? 男女比は2:1か。このために福岡から来られた方がいて、最遠記録を更新したかもしれない。 よく知らないのだが、YOASOBIのような夜ボカロP系の楽曲が、ゲスの極み乙女に似ていて、影響があるのではないか、という最近思っていたことが言えてよかった。ピアノが入っているアレンジが特にそうだけど、それだけじゃない気がする(よく知らないで言ってるが)。 もちろんこんな話ばかりしてないが。ただ、ロック、ポップス、ヒップホップの固有名詞多めの話は結構してしまって、誰にでもわかるわけではないのが悪いとは思っている。 ただ有意義な話なんかをするのはもちろん好きなのだが、そういうクソどうでもいい話を、「それある!」みたいにやっている時こそ、命が燃えている気がする、、、 あいみょんの『生きていたんだよな』、「生きていてほしかった」なんて思わず付けてしまいそうになるけど、そうした言葉の寸前で止まっている、そうかと言って、これでいいというニュアンスもな…

続きを読む

7月の居場所は夜の公園で

夏は夜(枕草子)。ということで、7月の不適応者の居場所は夜の公園でやりたいです。夏は暑いから外は難しいと思ってきたけれども、夜にすればいいのではないかと思いつきました。中でやっている時も、夜にやってたわけだし。 日時:7月23日(土)17時~21時 (雨の場合は翌日)場所:代々木公園の中央門より南側の「桜の園」のあたり(図の赤印)。正確な場所は、当日決まり次第Twitterの鶴見アカウントで発表します。持ち物:各自の食べ物、飲み物(酒OK)。おいしい食べ物は、カンパ制でおそらくそこそこあります。対象:ひきこもりがち、フリーランス、労働週4以下、心の病、社内ぼっちなど、様々な理由でつながりをなくしがちな人。注意:・参加者へのハラスメントや攻撃などはやめてください。攻撃を行う人の参加はできません。支援活動ではないので、おたがい様の気持ちで相手を思いやる姿勢がないと成り立ちません。・途中で座る場所を変わったりするのは、こういう集まりでは普通。せっかく来たので、なるべくたくさんの人と話すのもいいです。逆に席を変わられても、がっかりすることはありません。・ずっとは長いので、少しだけいるのも可。・ほとんどの方はひとりで来られてます。 ただしひとつだけ心配なのは「蚊」。木の下など鬱蒼とした場所は選ばないので、多分大丈夫だと思います。が、実地調査をしていないので、確証はできません。(下見に行った日に雨が降ってしまい、確認できず。何日も下見に費やすほど労力はかけたくない)蚊取り線香は持っていきます。一応…

続きを読む

新刊に自分の書きづらいことを書けたわけ

新刊『人間関係を半分降りる』についての大まかなことは、著者インタビューや版元の特設ページに公開されている。特設ページやAmazonでは前書きなどのためし読みもできる。 『QJ』著者インタビュー筑摩書房の本のページamazonのページ さて、それ以外にここで言いたいことは何だろう? この本を書くときに心がけたのは、読みやすいものにすること。これまでのようなデータや分析ではなくて、エッセイや生き方本のように読みやすいものにしたかった。最大の資料になったのは、自分の10代、20代の日記だ。もちろんかなり調べてもいるが、前面には出していない。 本の帯にも書いてある、社交不安障害や兄弟間DVなどの「自分の過去の悲痛な体験」の部分が、一番興味を持ってもらえるところかもしれない。それを書かないと、「人間は醜い」という言葉の意味がわかってもらえないだろう。 これだけ長く物を書いてきたのに、今になってこんなことが言えるようになったのはなぜか?自分より若い物を書く人が、いや物書きでない人も、堂々とそんなことを書いたり言ったりしているのに励まされたからだ。(アセクシャルであることを堂々とテレビで語る若い人にも、胸のすく思いだった)。不適応者の居場所で、こんなことを話せたのも大きかった。 もっとも昔は昔で、他の誰よりも自分の言いづらいことを言うほうだったのだが。いや、もちろんまったく言わなくてもいいのだが。迫られても、嫌なら堂々と言わずにいればいい。 あとは、「気楽になる方法」を最終章にまとめていることか。…

続きを読む